伯爵令嬢と小さな魔女 その4
付き従っていた執事が扉を開けると伯爵は中に入る。そして彼は振り向き言った。
「どうぞ」
そこは簡単なパーティくらいなら開けそうなほど広い応接室。絵画や装飾品に彩られ、透明度の高いガラス窓の外には庭園が見える。
そんな見事な部屋に感心しているシャルルたちを、シンプルながら美しいドレスに身を包んだ気品のある細身の女性と、女性に良く似た幼い少女が出迎えた。
女性はウェーブのかかった長い金髪で肌の色は薄褐色。耳が見えていないので断言はできないが恐らく魔族だろう。
見た目は人間で言うと20代半ばくらいなので、魔族だとしたら実年齢はたぶんもう少し上だ。
少女もウェーブのかかった長い金髪で薄褐色の肌。こちらは肌の色や耳の形から魔族で間違いない。歳は10歳くらいだろうか。
「妻のユリアーネと娘のナスターシャだ」
「お初にお目にかかります。どうぞお見知りおきを」
「ご、ごきげんよう」
伯爵の紹介を受けユリアーネは優雅に、ナスターシャは少しだけぎこちなくお辞儀をする。
それに礼を返しながらシャルルは言った。
「ご丁寧にありがとうございます。私は帝国特務騎士シャルル。この子たちは――」
「すてら! すてらはすてらってゆーの」
「わたしはシルフィ。ごしゅじんさまのいちのこぶんよ」
そう言うと二人は誇らしげに胸を張るが――場違いな挨拶にシャルルや伯爵、夫人たちはもちろんの事、それを見ていた使用人たちも一瞬固まる。
そういえば二人にこういうときの挨拶を教えてなかったな……シャルルが苦笑しつつ頭をかくと伯爵は言った。
「まあ、立ち話もなんですし、おかけください」
「では、お言葉に甘えて」
伯爵に促されシャルルたちはソファに腰掛ける。
そしてメイドたちによりお茶の準備が着々と進む中、ナスターシャは立ち上がってステラに聞いた。
「ねえ、あなたいくつ?」
「えっと、すてらは……じゅっさい!」
ステラは少し首をかしげたあと、両手の平を開いてナスターシャに向ける。
するとシャルルとシルフィを除くそれが聞こえた人たち――つまり伯爵や夫人、ナスターシャはもちろん、お茶の準備をしていたメイドたちや伯爵の後ろに控えていた執事までが驚きの表情でステラを見た。
そして皆、同じような事を思う。
え? 10歳? いいとこ7歳くらいにしか見えないんだけど……。
みんなの気持ちを代弁するようにナスターシャは聞く。
「本当に10歳なの?」
するとステラは再び首をかしげ「わかんない」と言って笑った。
そんなやり取りを見てシャルルは少し考える。
そういえば、ステラって本当は何歳なんだ?
出会ったのが去年の7月で今は4月。既に9ヶ月近く経っているのでその頃より年齢は一つ上がっているかもしれない。
出会った頃は5~6歳くらいに見えたが、今は順調に成長して6~7歳くらいに見える。
では7歳なのかと問われれば、そうだと自信を持って言えるというわけでもない。なのでステラの年齢を尋ねられるととても困る。
今相手にしている人たちは、さすがに「さあ?」で済まされる相手ではない。
もう7歳って事で良いかな? などとシャルルは考えていたのだが、ナスターシャは年齢にはあまり興味がなかったらしく次の質問に移った。
「ふーん。ところであなたって魔女なの?」
「まじょ?」
「そう魔女。だってあなたの格好って、どう見ても魔女でしょ?」
「……しゃるー」
どう答えて良いかわからず、ステラは困ったような顔でシャルルを見る。
「魔術を使える女という意味でしたらそうです。この子には魔術の素養がありますので」
シャルルがそう答えると、ナスターシャはステラに近づきその手を取って興奮気味に言う。
「ちっちゃいのにすごいわ! まるで星の魔女ね」
「星の魔女?」
どこかで聞いたような……そう思いシャルルは首をかしげると――
「子供向けの本ですわ」
「小さな魔女が冒険するお話よ」
夫人が説明しナスターシャは補足する。
そしてそれを聞いたステラは嬉しそうに言った。
「すてらそれしってる! ねりーとよんだ」
ステラの発言を聞きシャルルは思い出す。
そういえばステラに読み聞かせた本の中にもそんなのがあったな……と。
それは星の魔女と呼ばれる小さな女の子が旅をする話。
内容は悪人を懲らしめたり魔物を退治したりといったありきたりなものから、事件を解決したり商売をしたり友情物語だったりと多種多様だ。
「まあ、この子が使える魔術は初歩の初歩なので……」
過度な期待をされても……と思いシャルルは言うが――
「でも、すてら、しゃるーとずっーとたびしてきたから、ほしのまじょといっしょだよ?」
ステラはそう言って笑う。
「すごいわ! あなたもいっぱい旅をしてきたのね! どんなところに行ったの? 星の魔女みたいに冒険した?」
我を忘れはしゃぐナスターシャに夫人は軽く咳払い。
「コホン。ターシャ、お客様の前ですよ。はしたない」
夫人の言葉に固まると、ナスターシャは口を閉じ愛想笑いを浮かべつつソファに座った。
子供たちも静かになり、自己紹介からの流れで続いた雑談も一段落がつく。
そして本来話し合われるべき本題、視察についての打ち合わせが始まった。
状況から考えてシャルルに視察をしないという選択肢は無い。
確かにこの世界の事を知る良い機会と言えなくもないが、基本的には無駄な事なので可能な限り簡単に済ませたいところ。
そのため許可なく見られるような場所を適当に回ろうとシャルルは考えていた。
だが、しかし――
「丁度、私も都市の中を少し視察して回りたいと考えていたところだ。案内もかねて同行しよう」
伯爵にそう言われ普通に視察して回る事に決まる。
そして共に視察をするのだからと、シャルルの想定通り滞在場所は伯爵が用意してくれる事になった。