伯爵令嬢と小さな魔女 その1
帝都を出て約半月。特になんの問題もなく、シャルルたちを乗せた乗合馬車は小都市グリュンバルトに到着した。
もちろんステラがうるさくして同乗者に怒られるなどの些事がなかったわけではないのだが、それらは『特に』に入れるほどの事でもないだろう。
定期的に行き来しているギルドの隊商の場合、毎度の事なので都市への入場審査はある程度簡略化されている。
だが、これは何かあった場合ギルドが責任を持つという約束で成り立っているため乗合馬車の乗客は対象外だ。
乗客たちは入場前に個別に審査を受ける必要があるため、門の前で馬車を降りて審査を待つ列に並ぶ。
もちろんシャルルたちも同様に審査を待つ列に並んだ。
しばらくして順番が回ってくると、シャルルは身分証を見せながらヴォルフに言われた通りに言う。
「どうも。入場の目的は都市の視察。この子は私の家族だ」
「都市の視察……ですか」
都市兵は身分証を確認しながらつぶやく。
そして少し考える仕草をすると――
「すぐ戻ります。少々お待ちください」
そう言ってどこかに行ってしまった。
審査をする者がいなくなれば当然審査は進まない。そのためシャルルは後ろに並ぶ人たちから不満の目を向けられる事になる。
しばし居心地の悪い時間を過ごす事になったシャルルは、私のせいではないと思うんだがな……と苦笑した。
一方、入場審査をしていた都市兵は急いで門を抜け、都市の中に入ると誰かを探すように辺りを見回す。
そして貴族風の男と話している騎士風の男を見つけるとそばにより話しかけた。
「隊長、少々よろしいでしょうか?」
「見てわからんか? 今は伯爵閣下をご案内中だ。あとにしろ」
隊長と呼ばれた男は顔をしかめるが都市兵は続ける。
「伯爵閣下が警備の視察にいらしているのは存じております。ですが私が報告したい事は、閣下のお耳にも入れておいた方が良いかもしれない事なのです」
すると伯爵は隊長と顔を見合わせてから都市兵に言った。
「申してみよ」
「はっ。たった今、特務騎士が都市の視察に来ました。帝都から乗合馬車でやってきたようです」
それを聞き伯爵は首をひねる。
「特務騎士が視察? この都市に?」
「はい。私としても初めての事であるため、隊長の判断を仰ごうかと……」
「ふむ。閣下、いかが致しましょう?」
「そうだな……」
特務騎士は勅命でのみ動く皇帝の私兵。なので皇帝の代わりに都市の視察をするのは別におかしな事ではない。
だが、それは一般的な都市であればの話だ。
グリュンバルトは帝都の付随都市。皇帝の直轄ではないが、帝都を皇帝の本邸とするならここは離れや別荘と言っても良いような場所。そんなところに皇帝の私兵が視察に来るとなると、何かを勘ぐられている可能性も考えられる。
無論、伯爵にやましいところはないのだが――知らない内に不興を買っていたり、何かを誤解されている可能性までは否定できない。
確かに皇帝の人柄を考えれば、ただなんとなく遣したという可能性も十分考えられる。
とはいえ楽観視して扱いを誤れば、何が起きるかわからないのも事実。となると他人任せにはせず自ら直接相手をすべきだろう。
考えがまとまった伯爵は隊長に視察に来た特務騎士を迎える準備を指示し、都市兵にはその特務騎士を門の近くにある都市防衛管理局の応接室に連れてくるよう命じた。
都市防衛管理局。それは入場審査や入場料の管理、城壁の管理や門の警備などを含む都市内の治安維持を行っている役所。
グリュンバルトの場合、門のそばにある三階建ての建物がそれで、都市兵の詰め所や来客用の応接室などもある。
応接室は貴族の屋敷にあるような立派なものではないが、花や絵画などで飾られたそれなりのもの。
その応接室で伯爵がしばらく待っているとノックの音がした。
「どうぞ」
「失礼します」
返事と共に扉が開き、都市兵と共に黒いローブを着た男と黒いワンピースを着た幼女、そして風のエレメンタルが入ってくる。
「伯爵閣下、特務騎士シャルル様とご家族をお連れしました」
「ああ、ご苦労。持ち場に戻ってくれ」
「はっ! では、失礼します」
都市兵は伯爵とシャルル、それぞれに礼をすると応接室を出て行く。
それを見送ってからシャルルは目の前にいる伯爵を見た。
伯爵は短髪黒髪の褐色肌。肌の色や耳の形から魔族である事がわかる。
年齢は人間で言えば30歳前後といったところだが、魔族なので実年齢はたぶんもう少し上だろう。筋骨隆々というわけではないが均整の取れた体つきで、武芸はそれなりといった感じだ。
とはいえフォースは感じられないので、あまり強くはないだろう。
シャルル同様、伯爵もシャルルたちを見る。
ローブを着た男は魔族で、服装から考えるに恐らくは魔術師。連れの幼女も魔女のような格好をしているので魔術の才能があるのかもしれない。
特務騎士は勅命で国中を飛び回る皇帝の私兵。故に通常は身軽さが求められる。なのでエレメンタルはまだしも幼女を連れているという状況ははっきり言って異常だ。
家族との事だが、実は彼女に係わる事こそが本当の任務という事もありうる。 例えば有力貴族の隠し子か何かで、それをどこかに届ける任務など。
だが、仮にそうだとしてもそれを知る必要はない。
知ったところでトラブルに巻き込まれる可能性が増えるだけなので、むしろ知るべきではない事だ。
そして互いに目が合うと、伯爵は右手を差し出しながら言った。
「ようこそグリュンバルトへ。私は皇帝陛下よりこの都市の統治を任されているルドルフ・グリュンバルト伯爵だ」
「お初にお目にかかりますグリュンバルト伯爵閣下。私は帝国特務騎士シャルル。この子たちは私の家族、ステラととシルフィでございます」
シャルルは伯爵の手を握り返しながら名乗り、そしてステラに視線を向ける。
するときょろきょろと辺りを見回していたステラは、シャルルが挨拶を促しているのをなんとなく感じ伯爵に対してぺこりと頭を下げた。
ステラに続きシルフィも頭を下げ、それを見て伯爵は微笑む。
「ところで視察に参られたとの事だが――陛下からはどのようなご指示を?」