魔導帝国の皇帝 その1
暖かな春風の吹く3月下旬。さすがにもう真冬の格好では暑いので、シャルルは漆黒のローブとそれに付属する装備に服装を変更した。
具体的に言うと漆黒のローブはそのままに、手袋は黒い指ぬきグローブと黒いブーツ、中はデフォルトのインナーである黒い長袖Tシャツと黒い長ズボンという冬服に着替える前と同じ格好だ。
もちろんステラとシルフィも変更。
ステラもやはり冬服に着替える前と同じで、寝間着に使っていた黒に見えるくらい濃い紫の魔女風ワンピースと茶色いショートブーツ。シルフィはサンタ風の格好から元の風のエレメンタルと同じような格好に戻した。
すっかり春らしい格好に衣替えしたシャルルたちは、魔導帝国始まりの地であり初代皇帝ロットベルンの故郷でもある帝都ロットブルクに到着。小都市エーアスタッドからここまで乗せてくれた荷馬車に別れを告げ入場審査の列に並んだ。
そして帝都を囲む壮大な城壁を眺めながら待つ事数十分。飽きて不満を口にし始めたステラをシルフィと共にあやしていると、ようやく番が回ってきた。
「よろしく」
シャルルが審査の都市兵に軽く片手を上げそう言うと、ステラもぺこりとお辞儀をし、シルフィもそれに続く。
「よろしくおねがいしますっ」
「よろしくね~」
「はい、よろしくお願いします」
挨拶に微笑みつつ答えた都市兵はシャルルたちを見て確認する。
「えっと、大人一人、子供一人、それに風のエレメンタルが一人でよろしいでしょうか?」
「ああ」
シャルルが頷くと都市兵も頷く。
「では、身分証の提示をお願いします」
「身分証……ね」
シャルルは身分証を持っていない。だが『帝都に入るための許可証』と言われ帝国貴族であるヴォルフに渡された手紙がある。
審査で渡せと言われているので、恐らくここで彼に渡せば良いのだろう。
そう思いシャルルは道具袋からそれを取り出し見せた。
「身分証は持ってないが、貴族の知り合いにこれを審査で渡せば帝都に入れると言われた」
「手紙……ですか」
まじまじとそれを見る都市兵。しばらくいぶかしげな表情でそれを見ていたが――何かに気づき、その顔が緊張に強張る。
「こ、これは……とりあえずこちらへ」
「ん? ああ」
促されるまま都市兵について行くと、そこは城壁の中にある簡素な待合室といった感じの部屋。
「こちらでお待ちください」
そう言うと都市兵は、シャルルたちを置いてそそくさと部屋を出て行ってしまった。
部屋にはテーブルといくつかの丸イスがあったので、シャルルはとりあえずそれに腰掛け待つ事にする。
そしてしばらく――待ちくたびれたのかステラが不満を口にしだす。
「ねー、まだー? すてらおなかすいた」
まだかと聞かれても、いつまでかかるかなどシャルルにわかるはずもない。
「んー、もうちょっと待とうな」
そう言うと、何か食べる物あったかな……とシャルルは道具袋をまさぐる。
そんな事をしているとドアがノックされ、騎士のような格好の男が部屋に入ってきた。
「お待たせして申し訳ない。私は帝国魔戦騎士団所属、騎士コンラートと申します」
騎士が丁寧に挨拶をすると、ステラとシルフィは元気良く挨拶を返す。
「すてらはすてら!」
「わたしはシルフィ! ごしゅじんさまのいちのこぶん」
それに対しコンラートは一瞬戸惑いの表情を見せるが、すぐに笑顔で言う。
「ははは、元気でよろしい」
するとステラは胸を張り、シルフィは少し照れた。
「うんっ」
「えへへ……それほどでも」
そんな様子を微笑みつつ見ていたシャルルにコンラートは言う。
「あなたが審査で渡すように言われたという封筒、拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ん? ああ」
シャルルは言われるがままに封筒を渡す。
コンラートはそれを受け取り確認すると緊張気味に言った。
「封を開ける許可をいただきたいのですが……よろしいでしょうか?」
「私は封を開けずに審査で渡すように言われただけで、渡したあとについては特に指示を受けてない。だから審査に必要なら開けてもかまわないと思うぞ」
「では……失礼して」
そう言うとコンラートは封を開け中を見る。そして――
「とりあえずお部屋を移動しましょう。どうぞこちらへ」
そう言うと彼は部屋を出て、同じ城壁の中ではあるが別の区画にある部屋にシャルルたちを案内した。