宿屋の幼女とおねーちゃん その3
イグナスに来て三日目。乗せてくれる馬車が見つかり、シャルルたちは明日この町を発つ事が決まる。
馬車の持ち主はこの町と小都市エーアスタッドを定期的に行き来して荷物を運んでいる運送屋で、中年親父と若い息子の二人組みだ。
実は一日目の時点でエーアスタッド行きの馬車は簡単に見つける事ができた。
交渉はしなかったので乗せてもらえたかはわからないが、数件見つかったのでどれかはいけただろう。
だが、入れない小都市を経由したくなかったシャルルは、中都市ブラウニンフェ方面から行く事にこだわった。
ブラウニンフェ方面から行こうとするのが無謀だと知ったのは二日目の事。その日もまったく見つからず、宿に戻ったシャルルはラウンジに居たほかの宿泊客になんとなく聞いた。
「ブラウニンフェ方面に行く馬車って少ないのか?」
「そりゃそうさ。そもそもこの町は――」
そして詳しい話を聞いたシャルルは納得する。
なるほど。ブラウニンフェ方面から行くのはかなり難しそうだな……と。
まずこの町は、交易都市ゼントルタッドとその付随都市であるエーアスタッドの中継地として発展してきたという歴史がある。
そのためエーアスタッドやゼントルタッドへの往来は多々あるが、それらより距離のあるブラウニンフェに行く者は非常に少ないらしい。
一方、ブラウニンフェは帝都ロットブルクの付随都市。なので帝都との往来は多いが、やはり距離のあるゼントルタッド方面に行く者は少ないのだと言う。
そのためイグナスとブラウニンフェは街道で繋がってはいるものの、交通量が少ないので途中には宿場町も無いらしい。
この途中に宿場町が無いという事実はシャルルの計画を根底から覆す。
なにしろ仮にブラウニンフェ方面の馬車を見つけたとしても、宿場町が無いとなれば途中で馬車を乗り換え帝都に行くのはかなり難しいからだ。
となると入れないブラウニンフェまで行ってから、門の前で帝都行きを捜すという事になってしまう。それならエーアスタッドの門の前で帝都行きを探した方が遥かにましだ。
そういうわけでシャルルはエーアスタッド経由で帝都を目指す事を決め、そして明日この町を発つ事になった。
宿屋のラウンジにあるテーブル席。そこに座っていたシャルルはソファでマーヤとじゃれているステラを見ながらぼんやりと考える。
今日でここともお別れか……。
イグナスに来てからの三日間。特にたいした事は起きていないが、いくつかのちょっとした出来事があった。
例えばゴロツキに絡まれ撃退したり、シルフィがスリを捕まえたり……だが一番の出来事はステラがこの宿の娘マーヤと仲良くなり、おねーちゃん風を吹かせるようになった事だろう。
昼間の数時間は馬車探しにステラを連れて行ったが、それ以外の時間、シャルルはラウンジでぼんやりしている事が多かった。
シャルルがラウンジに居るのだから、当然ステラもラウンジに居る。
そしてこの宿で一番暖かいそこにはやはりマーヤも居る事が多い。
マーヤは初日こそシルフィにご執心だったが、そっけない彼女よりかまってくれるステラを『おねーちゃん』と呼び懐いた。
ステラは『おねーちゃん』と呼ばれるのが嬉しくてしょうがないらしく、甲斐甲斐しくマーヤの世話を焼く。
遊んでやるのはもちろんの事、シャルルと出かけた先で買ってもらったお菓子をその場で食べず、持ち帰ってマーヤと一緒に食べたりしていた。
おねーちゃんであろうとするのはマーヤの前だけではない。
出掛けにいつも通りシャルルがコートを着せようとするとそれを拒み「すてら、じぶんできられる」と言って自分で着ようとしたりした。(まあ、これはこっそりシルフィがコートを持ち上げ手伝ったり、ボタンがずれていたのでシャルルがこっそり直したりしたが)
シャルルが「いつもはやってもらうのにどうしてだ?」と聞くと「すてら、おねーちゃんだから」と言う。
そんな(マーヤに)見えないところでも努力するステラにシャルルは成長を感じ微笑んだ。
今も遊び疲れて眠るマーヤを優しくなでているステラを見てシャルルは思う。
この旅を始めてから精神的にもそうだが、体も少し成長して大きくなった気がする。子供の成長は早いと言うし、たぶんそうなんだろうな。
四日目の朝。宿屋の夫婦と娘のマーヤに見送られ、シャルルたちは宿を出る。
マーヤは小さいしステラとかなり仲良くなっていたから大泣きしそうだな……とシャルルは思っていたのだが――宿屋の子だから別れには慣れているのか、それとも期間が短かったからなのか、マーヤは両親と共に笑顔でステラを見送っていた。
ちなみにステラも特に泣いたり寂しがったりしてなかったので、やはり期間が短いからだろうとシャルルは思う。
そして運送屋の馬車に揺られる事、数日。シャルルたちは特に問題もなくエーアスタッドに到着した。
門の前で別れ、シャルルは早速帝都行きの馬車を探し始める。
だが予想通り簡単には見つからず、二日ほど門の前で野宿する事になった。まあ、その程度で見つかったのだからまだましだと言えるのかもしれないが。
こうして道中、小さな出来事はいくつかあったが、特に問題もなくシャルルたちは帝都に到着する。
ヴィアントシティを出て約二ヶ月。出発時は寒さの厳しい冬だったが、もうすっかり暖かい風の吹く春になっていた。
『エピソード8 安住の地を求めて』はここまで。
いかがでしたでしょうか? 良いと思った部分、悪いと思った部分などございましたら、一言でも良いので『感想』の方にお書きください。
『ブックマーク』『評価』『いいね』などが増えるとやる気が増します。
第二章はまだしばらく続きますので、よろしければ応援してください。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。