宿屋の幼女とおねーちゃん その2
この宿のラウンジは食堂を兼ねていて、夕食と朝食はここで取る事になっている。客室は二階の二人用の部屋が三部屋だけなので、ここにある二人掛けの三つのテーブルをそれぞれの部屋に泊まる客が一つずつ使える形だ。
ここには客室には無いストーブもあるので、受付の女性いわく『今の時期だと寝るまではラウンジで過ごすお客さんが多いですよ』との事。
ちなみにここにはテーブル席の他に三人くらいが座れるソファもある。
シャルルたちがそのラウンジに行くと、テーブル席に向かい合うように座っていた男たちがシャルルたちを見た。
たぶん彼らも客なのだろう。そう思ったシャルルが軽く会釈すると男たちも軽く会釈を返す。
そしてシャルルがソファに腰掛けると、シルフィはその頭の上に乗りステラは隣に座った。
特に用事があって来たわけでもないのでシャルルはぼーっとストーブを眺める。
するとステラもシャルルによりかかるようにしながら同じくストーブを眺めた。
シャルルたちに会話は無いのでラウンジにはテーブル席の男たちの声だけが響く。
そんな中、『そーっと』という擬音でも聞こえてきそうな感じでゆっくりとラウンジの扉が開いた。
そこに居た全員が注目する中、こっそりと(まったくこっそりになっていないが)受付にいた幼女――マーヤが入ってくる。
そして辺りをきょろきょろ見渡すと、ゆっくりソファに近づきそのそばでしゃがんだ。
マーヤの視線が自分に向いているの感じ、シャルルも目だけでマーヤを見る。
だが目が合う事は無い。マーヤが見ているのはシャルルではなくその頭の上だからだ。
シルフィが気になるのか……とシャルルは思ったが、特に興味も無いので視線をストーブに戻す。
男たちも会話を再会し、シルフィも興味を示さない。
だが、ステラだけはシルフィを見つめるマーヤをじーっと見ていた。
ぽかーんと口を半開きにしてシルフィを眺め続けるマーヤ。そんな彼女が気になったステラは話しかけてみる事にする。
「ねーねー、すてらはね、すてらってゆーの。あなたは?」
「えっ!?」
シルフィに集中しすぎて周りが見えてなかったマーヤは、急に視界に入ってきたステラに驚く。
「おなまえは?」
「えっと……あたち、まーや。あのこは?」
マーヤはシルフィを指差す。
「んとね。あのこはね。しるふぃってゆーの。でもね。ゆびさしちゃ、だめなんだよ」
「あっ。ごめんなしゃい……」
ステラの指摘にマーヤは手で口を押さえると、しょんぼりしながら言う。
そんな彼女をステラは笑顔でなでながら言った。
「ちゃんとごめんなさいいえて、えらいねー」
「えへへ」
マーヤはなでられ顔をほころばせる。
するとステラは彼女の手を取り立ち上がらせ、隣に座らせつつ言った。
「しるふぃ、こっちきて」
自分に興味を示す幼女。嫌な予感しかしないシルフィだったが、しぶしぶステラのもとに行く。
するとマーヤは目を輝かせ、シルフィの手足や服を触り始めた。
「ちっちゃい。ちっちゃくてかわいい」
「ちょっ、かってにさわらないで」
「おおー、おおー」
シルフィは嫌がるが、そんなのお構いなしにマーヤは興奮してシルフィを夢中で触る。
そして――
「ごしゅじんさま、たすけて~」
シルフィは飛び上がりシャルルの頭の上に退避した。
「あっ、まってー」
手を伸ばしシルフィを捕まえようとするマーヤ。だが、それを制するようにしつつステラは言う。
「めっ。いやがることしちゃ、めっなの」
「あ。ご、ごめんなしゃい……」
そんな様子を見てシャルルは少し微笑む。
ステラがレティと初めて会ったときに似てるな。あのときはステラがニーナに同じような注意をされてたけど、今は注意する方か……などと思いながら。
その後、ステラはマーヤに自分も叱られた事があると言う話をする。
それはやはりレティと出会ったときにニーナに叱られたという話なのだが――
「ぶはっ」
「……くっ……ぷっ」
ステラが当時は自分も幼かった的なことを言っていたのが聞こえ、シャルルはこらえきれずに噴き出す。
シルフィもシャルルの頭にしがみつき笑いをこらえるが、ステラとマーヤはそんな二人に首をかしげ不思議そうに見ていた。
しばらくするとラウンジの扉が開き、今度は受付に居た女性が入ってくる。
そして彼女は部屋を見渡すと言った。
「お客様。そろそろお夕食にしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
それに対し部屋にいたシャルルや男たちは返事をする。
「ああ、そうしてくれ」
「俺たちも問題ない」
「すてらも!」
「あたちも!」
ステラが手を挙げて返事をすると、マーヤもまねをして手を挙げる。
すると女性はマーヤのもとまで行って言った。
「マーヤはあとでママたちと食べましょうね」
「うんっ」
返事を聞くとマーヤをなで、そしてステラを見て言う。
「この子の相手をしてくれてありがとね。ほら、マーヤもお姉ちゃんにお礼を言いなさい」
「おねーちゃん、ありがと」
「あ、うん……」
このとき自分に向けられた『おねーちゃん』という言葉。それがステラの中の何かを刺激する。
嬉しいやら恥ずかしいやら……ドキドキするけど心地良い。なんだか頭がジーンと痺れるような……そんななんともいえない不思議な気持ち。
女性に抱えられたマーヤが手を振りながら出て行くのを見送りつつ、ステラは心の中でマーヤに言われた『おねーちゃん』という言葉を何度も繰り返した。