宿屋の幼女とおねーちゃん その1
宿場町イグナスに来たシャルルは、早速中都市ブラウニンフェ方面に連れて行ってくれる馬車を探しはじめた。
だが、当然そんなすぐに見つかるはずもない。結局その日には見つからず、夕刻になったので諦めて宿に行く事にした。
向かうのは馬車を探している最中に聞いたお勧めの宿。
宿代はまあまあ安く、豪華ではないが晩と朝の二食つき。別料金だが金を払えば風呂にも入れるらしいので、旅の疲れを取る事ができるだろう。
「いらっしゃいませ」
宿屋の扉を開けるとすぐにカウンターがあり、入ってきたシャルルたちに向かって20代後半くらいの女性が挨拶をする。
カウンターの前には3歳くらいの幼女が居て、その子も同じようにシャルルたちに向かって頭を下げた。
「いらっちゃいましぇー」
「いらっしゃいました」
幼女が頭を下げるのを見ると、なぜかステラも真似をして頭を下げる。
そんな様子に微笑みつつ、シャルルはカウンターの女性に話しかけた。
「大人一人と子供一人。それとエレメンタル一人だが、部屋は空いているか?」
「えっと、エレメンタルと合わせて三人……ですか? うちは二人部屋しかないのですが……」
大陸北部にエレメンタルはあまり居ない。なのでエレメンタルを連れて宿に泊まる者は非常にまれだ。
したがってこの状況はこの女性にとって初めての事態。彼女はどう対応したものかと戸惑いの表情を見せる。
だが逆にシャルルにとっては今まで何度も経験してきた事。彼は軽く微笑むとステラの頭をなでつつ言った。
「エレメンタルは食事も必要ないし、この子と一緒に寝るから二人部屋で問題ない。それから、今までどの宿でもエレメンタルの分を取られた事はないんだが、ここはエレメンタルも宿代が必要か?」
「えっと、うちの料金は――」
この宿の料金は、まず固定の部屋代がある。
そこに人数分の食事代が足されるという形なので、食事が必要ないならエレメンタルの料金は必要ない。
説明を受けシャルルは頷く。
「なるほど。ところで別料金を払えば風呂に入れると聞いたんだが……」
「ああ、お風呂はですね――」
浴場には湯沸し用のかまどがあり、そこにある薪と水を使って自分で湯を沸かし体を拭くだけなら無料。浴槽を使いたい場合は有料で、頼んでおけば浴槽に湯を張っておいてくれる。
風呂はその日に泊まる客で共用なので、浴槽を湯で満たす場合の料金は客単位で取るわけではない。したがって客同士で相談して出し合う事も可能。受付の女性いわく、入る順番で誰がいくら出すかを決める事が多いようですとの事。
シャルルなら魔術で湯を張る事も可能だが、長期滞在するわけでもないのにその分安くしてくれとも言いづらい。かといって湯は自分で出すが料金も払うと言うのでは、相手も良い感情は持たないだろう。
金額は風呂に湯を貯めるだけと考えるとちょっと高かったが、他の客と話し合うのは面倒だと思ったシャルルは全額払う事にした。
「じゃあ、そういう事で」
「わかりました。お風呂はお食事のあとですね」
話がまとまり料金を支払うと、シャルルはステラたちを伴い二階の客室に向かう。受付の女性と共にそれを見送った幼女は、シャルルたちが見えなくなるとカウンターの女性を見上げて言った。
「ままー。あたちよりちっちゃいこいた」
「ちっちゃい子?」
女性は首をかしげる。
今の客が連れていた幼女はどう見てもこの子よりも大きかったからだ。
だが――
「ふわふわしてた!」
その言葉でこの子が言っているのは幼女ではなく、宙に浮いていた風のエレメンタルだと気づく。
ママと呼ばれたこの女性、別にエレメンタルを見るのが初めてというわけではない。
だが、こんなに間近で見るのは初めてだ。
しかしそんな彼女でも、エレメンタルの容姿が死ぬまで変わらないという事くらいは知っている。
なのでそれを踏まえ彼女は言う。
「そうね、ちっちゃかったわね。でもあの子はエレメンタルだから、もしかしたらマーヤよりお姉ちゃんかもしれないわよ?」
「ちっちゃいのに?」
「ええ」
首をかしげるマーヤに女性は微笑み答える。
そしてこうも思った。
もしかしたらあの子……私より年上かもしれないわね。
階段を上ると廊下があり、そこには3つの扉が並んでいる。
そのすべてが客室で、シャルルたちの部屋は一番奥だ。
シャルルは受付で渡されたオイルランプにライトの魔術をかけ、その明かりを頼りに廊下を進む。
そして扉を開けると明かりを掲げ、部屋の中を見渡した。
そこは六畳程度の長方形の部屋で、奥には窓らしきものの前にカーテンがある。
その前にはやや小さめなベッドが二つ並び、入り口のすぐそばには棚があった。
この形状の宿って多いな……いつも安宿だからか?
そんな事を考えつつシャルルは棚にランプと道具袋を置くと、とりあえずベッドに腰掛ける。
すると向かい合うように目の前のベッドにステラも腰掛けシャルルに言った。
「ねーねー、しゃるー。すてらよりちっちゃいこ、いたねー」
「ああ、そうだな」
「でも、しるふぃよりはおっきかったけど」
プププと口に手をあて笑うステラにシルフィは頬を膨らませる。
「わたしはちっちゃくても大人なの!」
人の基準だと見た目はもちろん精神的にも永遠に子供だがな。
シャルルは口には出さないがそう思いつつ微笑む。
するとシルフィは何かを察知したのかシャルルをジト目で見て言った。
「ごしゅじんさまが、なんかすごくしつれーなことかんがえてる気がする」
鋭いな……と思いつつシャルルは話題を変え回避を試みる。
「しかし冷えるな。寒いし一階のラウンジに行かないか? ストーブがあったから、たぶん暖かいぞ」
「うん」
腰掛けてたベッドからぴょんと降りると、ステラは廊下に向かって歩き出す。
それについて行くようにシャルルも部屋を出ようとするとシルフィはつぶやいた。
「なんか、ごまかされた気がする……」