魔導師の弟子 その3
老紳士いわく魔法的潜在能力を調べるアーティファクトとの事だが、見た感じは普通の眼鏡にしか見えない。
強いて普通じゃないところを上げるとすれば、レンズに度が入っている感じがしないところくらいだ。
いわゆる伊達眼鏡という奴であろうか? かければアナライズみたいにクラスやレベルが見えるのかもしれない。そう考えシャルルはとりあえずかけてみる。
そして眼鏡を通し目の前の二人を見てみると――その上に文字が出た。
老紳士には『クラス3』、メイドには『クラス2』と表示される。
ついでにシルフィを見ると『クラス3』でステラは『クラス5』の表示。つまり対象のクラスがいくつかという事だけわかるという事のようだ。
確認のためシャルルは老紳士とメイドにアナライズを使う。
老紳士は『ウォーロック 52/54』、メイドは『マギアドール 30』
クラス3はレベル41~60でクラス2はレベル21~40。シルフィやステラの方も最大レベルとクラスは合っているので潜在能力が見えると言う老紳士の言葉は間違ってはいないようだ。
「『アナライズ』の劣化版……といったところか」
シャルルのつぶやきに老紳士の眉が少し動く。
「なるほどな。これで見てクラス5だとわかったから思わずつぶやいたと」
「そういう事じゃ。クラス5の魔法的潜在能力を持つ者と言えば、エトワールくらいしか思いつかぬからな」
うんうんと頷く老紳士にシャルルは質問する。
「エトワールをどこで知った?」
「昔、師から聞いたのじゃ。ワシも師と共にいくつもの遺跡に入り調べたし、何より我が師自身が遺跡に眠っていたエスペランスじゃからの」
エスペランス。それはシャルルがマギナベルクの遺跡で聞いたエトワール・ドゥズィエムの話にも出てきた存在。エトワール同様、禁忌の術で潜在能力を高められた魔術師だ。
「師匠の名前を聞いても?」
「我が師の名はロットベルン。五英雄が一人、竜狩りの魔導師と呼ばれたお方よ」
「ほう……」
いくつもの遺跡を調べ、エスペランスである竜狩りの魔導師を師に持つ老人。その話には興味が尽きない。
だが――ずっと抱えられたままだったステラはつまらなそうにシャルルに言う。
「しゃるー。まだー? おはなしまだおわらない?」
「ん、ああ……」
「ふぉっふぉっふぉ。お嬢ちゃん、飽きてしまったかの?」
「うん。つまんない」
そう言うと、ステラは不機嫌そうに口を尖らせ頬を膨らます。
話は長くなりそうだし、こんなところで立ち話もなんだな……菓子でも食べさせていればステラもおとなしくなるだろうし、どこか店にでも入るか?
そんなふうにシャルルが考えていると老紳士が言った。
「互いに聞きたい事もあるじゃろうが、すぐには終わりそうもないのう。どうじゃ、ワシの屋敷にこぬか? 茶ぐらい出すぞ」
素性の知れぬ者の屋敷に行って良いものか、シャルルは少し考える。
だが――
「えー、おちゃー? じゅーすは?」
「ふぉっふぉっふぉ。ジュースもお菓子もあるぞ」
「おおー! しゃるー、おかしだって!」
お菓子があると聞き、ステラは行く気満々だ。
まあ、シルフィがいるから毒や罠はだいたい看破できるだろうし、いざとなれば実力行使でなんとでもなる……か。
そう思ったシャルルは老紳士の提案に乗る事にする。
「では、お言葉に甘えるとしよう」
シャルルはステラの手を引くと、老紳士と共に歩く。
そしてしばらく歩くと、そこにはあまり大きくはないものの、そこそこ豪華に見える箱馬車が停まっていた。
馬車の前には御者であろう紳士風の男がおり、老紳士を見ると丁寧な礼をする。
「旦那様、お戻りですか?」
「ああ、客人を屋敷に迎える」
「承知致しました」
そう言うと男は馬車のドアを開け、老紳士は無言で馬車に乗り込む。
「お客様方もどうぞ」
メイドはそう言うと男の逆側に控え軽く頭をたれた。
シャルルはステラを抱え上げると、促されるままシルフィと共に馬車に乗り込み座席に座る。
それを確認するとメイドも馬車に乗り込み、それを見届けた御者であろう男は静かに馬車のドアを閉じた。
席に着いたシャルルはステラを一人で座らせると、とりあえず馬車の中を観察する。
所々に補強のためか金属が使われているが、そのほとんどが木でできていると思われる馬車。箱型の室内には向かい合うように座席があり、入ってみると決して広くはないのだが、外から見るよりは広く感じる作りになっていた。
座席は革張りで、その下にはクッション性のものが入れられているらしくソファのような弾力性がある。
窓にはカーテンがついていて、張られているガラスの透明度はかなり高い。
これらの事から最初のイメージの『そこそこ』ではなく、この馬車はかなり豪華なものである事がわかった。
大きくはないがマギナベルク城に招かれたときの馬車に匹敵するくらいの馬車だな……とシャルルは思う。
「ねー、しゃるー。このばしゃ、おへやみたいね」
「そうだな」
シルフィを抱えるようにひざに乗せたステラは、旅で乗る馬車との違いに落ち着きなく馬車の中を見回す。
そんな様子を老紳士は微笑みながら見ていた。
馬車は通りを抜け貴族居住区だと思われる壁に囲まれた区画に入って行く。
そしてしばらく走ったあと、特別大きくはないが小さくもない、そこそこといった感じの屋敷の敷地に入って行った。