魔導師の弟子 その2
エトワール――老紳士のそのつぶやきを耳にしたシャルルは、ステラを抱え上げると飛びのき距離を取る。その動きにメイドが反応し、老紳士の前に立って腰に提げた細身の剣の柄を握った。
メイドと老紳士を注意深く観察しながらシャルルは考える。
この爺さんはエトワールを知っているようだ。という事は……マリオンかラーサーが派遣したリベランドからの追っ手という事か?
いや……もしそうならエトワールという単語を不用意に口にはしないだろう。見た感じも追っ手とは思えないし、私やステラを知っている感じでもない。
だが追っ手ではないとしてもこの爺さんはエトワールを知っている。
それはつまりその価値を知っているという事。そして、ステラを見てそう言ったのだから彼女がそれだとばれているという事だ。
こいつらをこのまま放置すれば憂いが残る。
なら、始末するか?
薄褐色の肌に尖り気味の耳。その特徴から、このメイドは魔族の女にしか見えない。だが彼女からは遺跡で戦ったゴーレムに似た気配を感じるので、人ではない可能性もある。
とはいえ感じる力は精々レベル30前後。簡単に片付けられるだろう。
老紳士からは魔法の力を感じるが、フォースの力はまったく感じない。したがって警戒すべきは魔法のみ。
戦闘態勢に入っていないからはっきりとはわからないが、ざっくりと見てレベル30~50といったところだろうか。
魔法を使う者としては今まで出会った中で最強と言っても良い感じだが――やはりこの程度なら私の敵ではない。少なくとも正面から戦うのであれば、二人まとめてもまったく脅威にならないレベルだ。
とはいえこんな往来で戦えば騒ぎになる。
魔法を使われれば無関係の者も巻き込みかねないし、相手が何者かわからない以上、うかつに手を出すのも危険だ。
もし帝国の有力貴族とかだったら、今度は帝国を犯罪者として逃げ回る羽目になる可能性だってある。
では、逃げるか?
恐らくそれが最も問題が起きづらい手段で最も正解に近い。
だが、それだと今後、この老紳士の事をずっと気にし続ける事になる。リベランドの追っ手だけでも気になるというのに、これ以上心労を増やしたくはない。
となればここで解決しておくべきなのだが……さてはて、どうしたものか。
そんなふうにシャルルが色々思考をめぐらせていると、場違いとも思える笑い声が響いた。
「ふぉーふぉっふぉ。驚かせてしまったようですまんのう。控えよリオーネ」
「はっ! 失礼致しました」
老紳士がそう言うと、リオーネと呼ばれたメイドは剣の柄から手を離す。
そして優雅にお辞儀をすると老紳士の斜め後ろに戻った。
それを見てシャルルは再び考える。
少なくとも今現在は敵意無しと見ても良いのかもしれない。
ならばこの爺さんが何者なのか、そしてエトワールについてどこまで知っているのかを聞くべきだ。
その上で、逃げるか、始末するか、それとも別の手段を取るべきか……それを決めれば良い。
「爺さん、少し質問するが……良いか?」
「ふむ。良かろう」
シャルルは老紳士が頷きつつそう言うのを見て続ける。
「では聞くが――エトワールとはなんだ?」
「エトワールとは、古代魔族の遺跡に眠ると言われている最高レベルの魔術的潜在能力を持つ者の事じゃな」
「なら、なぜこの子を見てそうつぶやいた?」
「実はな――」
老紳士は眼鏡を外しシャルルに見せながら言う。
「大きな声では言えんのじゃが……この眼鏡、魔法的潜在能力を調べるアーティファクト、マギアクラスチェッカーなんじゃ。ワシはこれで才能のある魔術師や秘術師を探し、スカウトしておるんじゃよ」
「アーティファクト……ね。見せてもらっても?」
「かまわんよ」
軽く頷くと老紳士は眼鏡を外し差し出した。
だが、シャルルと老紳士の距離は2メートル以上。手を伸ばせば届くという距離ではない。
とはいえシャルルはいまだステラを抱えたままで、近づくのもためらわれる。そこでシャルルはシルフィをちらりと見て言った。
「持ってきてくれ」
「はーい」
元気良く返事したシルフィが近づくと、老紳士は彼女に眼鏡を渡す。
「ほれ、落とさぬよう気をつけてな」
「わっかりましたー」
そしてシルフィはシャルルの元に戻りそれを渡した。
「ごしゅじんさま! 持ってきました!」
「ああ、ご苦労」
「おつかれー」
シャルルたちに労いの言葉をかけられシルフィは誇らしげに胸を張る。
そんな彼女を横目にシャルルは受け取った眼鏡を観察した。