魔導師の弟子 その1
年末から年始にかけて降っていた雪も数日前には止み、積もっていた雪もそのほとんどが溶けわずかに残るのみ。そんな街道をシャルルたちを乗せた行商人の馬車が進んでいた。
街道はある程度整地されてはいるものの、舗装されている道ではなく土がむき出しの道。雪が溶ければ水溜りもでき、ぬかるみができたり凍結したりもする。
とはいえそのほとんどは、多少ガタガタ揺れるだけで馬車の走行を阻害するほどのものではない。
だが、まれにある大きなぬかるみにはまってしまった場合は別だ。そうなると馬車は止まり、数人がかりで押すなどしないと動かなくなってしまう。
ガタンという音と共に衝撃が走り馬車が少し傾く。
そして馬はいななき歩みを止めた。
どうやらシャルルたちの乗る馬車が、そのぬかるみにはまったらしい。
「あちゃー、またはまったか……」
御者を務めていた行商人の男は額に手をあてそう言うと、荷車の方に振り返って言う。
「すまん、また車輪がぬかるみにはまっちまったようだ」
「わかった」
シャルルは返事をすると「いってらっしゃーい」と言って手を振るステラとシルフィに手を振り返しつつ馬車を降り、そして――
「よっこらせっと」
魔術を使い馬車を軽くしてぬかるみにはまった車輪を動かした。
馬車に戻ったシャルルに男は言う。
「いやー、助かったよ。しかし魔術師って本当にすごいな」
「まあな」
そんな感じでシャルルがいなかったらどうなっていたかわからないが、旅はおおむね順風満帆に進む。
そして数日後の昼過ぎにヴィアントシティに到着した。
シティは都市と違い入場に身分証は必要ないが、それなりの審査は行う。
行商人は荷物が多く審査に時間がかかるので、シャルルたちはここまで連れて来てくれた彼らと門の前で別れる事にした。
別れ際、シャルルは礼を言いつつ巾着から金貨を2枚取り出す。
「世話になったな。本当に助かったよ。これ、少ないけど……」
だが――
「いやいや、そんなの良いって。こっちだって色々と助けてもらったし、単なる同行者みたいなもんなんだから」
他の行商人たちも『うんうん』と頷いているが、シャルル的にはなんだか借りを作る感じがして気になるので何とか受け取らせようとする。
だが向こうも拒み続けた。
「まあ、そういわず受け取ってくれ」
「いやいや、むしろこっちが世話になったくらいだし」
「まあまあ、そういわず」
「いーや、受け取れぬ」
そんな感じで互いに譲らない。
そしてだんだん意地になりかけた頃――
「まだー?」
ステラのその一言で、シャルルと行商人たちは互いに苦笑い。
そして意地の張り合いを止め協議した結果、折衷案として行商人たちは金貨を1枚受け取り1枚はシャルルに返される事となった。
「それじゃ、私たちはこれで」
そう言うとシャルルはステラの手を引き入場審査に向かう。
「ああ、元気でな」
「ばいばーい」
「さよーならー」
「じゃーなー」
そしてシャルルたちは門の前で入場審査を受けた。
審査は簡単なもので、どこから来たのかとここに来た目的の質問、そして持ち物検査。
さすがにマギナベルクから来たとは言えないのでシャルルは帝国に来て始めて寄った村であるヤーブからという事にして、家族と共に魔術師としての修行と見聞を広めるための旅をしていると答えた。
質問が終わると次は持ち物検査。
シャルルは王国金貨を大量に持っている事を問題視されないかと心配したが、それは杞憂に終わる。
まあ、当然と言えば当然だが、『木箱に大量の金貨が!』とかならいざ知らず、財布の中身をいちいち出して調べたりはしないからだ。
そして審査が終わると要求された入場料を支払い、特に問題なくヴィアントシティに入場した。
さすが準都市だけあって今までの町とは規模も活気も段違い。シャルルはそれを見て、規模は小さいが活気はマギナベルク以上かもしれないな……と思う。
街の作りというのはどこも似たようなものらしく、入り口からしばらく歩くと商店街や倉庫街といったいわゆる商業地区がある。
この感じだと恐らく少し離れた場所に居住地区や工業地区、農業地区などがあるのだろう。
商店街の道の先には広場のようなものが見え、その先にはこの街を囲むのより少し高い壁が見える。
あれは貴族居住区かな。そんな事を考えながらシャルルは歩いていた。
商店街にはたくさんの店が立ち並び、店先には露店のようなものが並ぶ。今まで寄ってきた町レベルで考えるとまるでお祭りをしているかのような感じだ。
そんな街の雰囲気にあてられたのか、ステラは興奮気味に駆け出しシルフィが慌ててそれを追いかける。
そんな様子をシャルルは微笑みながら見ていたが、パタパタと走るステラは危なっかしく今にも転びそうに見えた。
心配した彼は注意する。
「ステラ、走ると転ぶぞ」
「え? なーに? わっ!」
だがそれは逆効果。声にステラは振り返り、道端に立っていた白髪交じりのでソバージュのような黒髪ロングでそこそこ長いあご髭という、まるで魔法使いのような老紳士にぶつかってしまった。
老紳士にぶつかったステラは反動で弾かれる。が――
「っと……あぶない」
追いついたシルフィが支え何とかステラは転ばずに済む。しかしぶつかったせいで老紳士のかけていた眼鏡が地面に落ちた。
眼鏡は老紳士の斜め後ろに控えていた金髪ロングのメイドがすぐさま拾い、丁寧に老紳士に渡す。
そして彼女は何事も無かったかの如く元の位置に戻った。
ステラが転ばなかったので、老紳士もちらりと見ただけで特に気にした様子も見せずに眼鏡をかけなおす。だが、怒られると思ったステラはどうして良いかわからずその場でおろおろしていた。
そこに駆け寄ったシャルルはステラの目線までしゃがむと聞く。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「うん……」
返事を聞き何もなさそうな事に安堵すると、シャルルはすぐさま立ち上がり老紳士に頭を下げた。
「うちの子が申し訳ない。ほら、お前も謝りなさい」
「おじーちゃん、ごめんなさい」
「ふぉっふぉっふぉ。大丈夫じゃよ。嬢ちゃんこそ大丈――」
にこやかに返事をしていた老紳士だったが――ステラを見て驚きの表情を見せつぶやく。
「まさか……『エトワール』なのか?」