風邪を引いた日 その3
「あー、医者か。なるほど。言われて見れば確かにそうだ」
シャルルはシルフィの提案に頷きすばやく準備する。
そしてステラを毛布でくるむと抱きかかえ、とりあえず一階のカウンターに向かった。
カウンターに到着するとシャルルはそこにいる店員の男に尋ねる。
「子供が熱を出したから医者に連れて行きたい。場所を教えてくれ」
必死なシャルルの形相に少し驚きつつ、店員はあごに手をあて考える仕草をしながら言う。
「医者ですか……この町に医者なんていたかな?」
それを聞きシャルルはあせる。
まさかこの町には医者が居ないのか?
確かにこの世界の文明レベルを考えると、都市はともかく町レベルだとそういう事があっても不思議ではない。
くそっ、どうすれば……シャルルが困り果てていると、通りがかったウェイトレスがステラを見て言った。
「あら、その子どうしたの?」
「熱を出したらしい。医者に連れて行きたいみたいなんだけど……」
カウンターの店員がそう言うと、ウェイトレスはシャルルに聞く。
「風邪かしら?」
「わからん、が……たぶんそうだと思う」
「じゃあ、ペトラさんのところかしらね」
「ペトラさん?」
シャルルが聞き返すとウェイトレスはペトラについて教えてくれた。
ペトラは薬局のオーナーで、昔は医者の助手をしていたという人物。医者ではないが薬師で病気に詳しく簡単な診療ならしてくれるらしい。
この町に医者はいないが重病でもないかぎり彼女に任せれば問題なく、この町の医療を支える存在なのだという。
シャルルは教えてくれたウェイトレスに礼を言うと、早速そのペトラの経営する薬局に向かった。
まだ時間が早いためか雪かきは行われておらず、道には昨日の雪かき後に降った雪が積もり少し歩きづらくなっている。
そんな道をステラを抱えシャルルは歩く。
そして彼らはこの町の医療を支えるという薬局、ペトラアポテーケに到着した。
その店は商店街の外れ近くにある二階建ての建物で、湯気の立つ壷のようなものが描かれた看板を掲げている。
戸も窓も閉まっているので店が開いているのかは不明だが、シャルルはとりあえずノックしてみた。
「はーい」
返事と共に戸が開き、前掛けをつけた若い女性が現れる。彼女はどうみても人間なのでたぶん年齢は見たままだ。
この人がペトラだろうか?
ウェイトレスの話から中年から老年の女性をイメージしていたシャルルは首をかしげる。とはいえ見た目などどうでも良い。
とりあえずここに来た目的を果たすべく、シャルルは彼女に尋ねる事にした。
「あの、子供が熱を出して……」
「あー、最近寒いですもんねー。昨日も子供が――」
そのとき若い女性の声をさえぎり怒声が飛ぶ。
「こらっ! 無駄話してないで働きな!」
声の主は小柄でややふくよかな中年のおばさんといった感じの人。燃えるような赤髪とその体型から、彼女はドワーフなのだろうとシャルルは思う。
「あ、先生。違うんですよー。患者さんの話を聞いてたんですー」
「だから、うちは病院じゃないっていつも言ってるだろ。薬局なんだから患者さんじゃなくてお客さんだ」
「でも――」
二人の様子を見て、ほっとくと長くなりそうだな……と思ったシャルルは女性店員の言葉をさえぎるように赤髪の女性に話しかける。
「あんたが薬師のペトラさんか?」
「そうさ。で、あんたは何しに……って聞くまでもないか。たぶん風邪だと思うけど、ちゃんと見てやるからついてきな」
そう言うとペトラは店の奥に進んで行く。
シャルルがそれについいて行くと、そこは診察室のような場所だった。
「嬢ちゃん、起きてるかい?」
「ほぇ?」
ペトラが軽くステラの頬に触れるとステラは変な返事をする。
「ほれ、口を開けて。あーんだ」
「あーん」
それからペトラは小型の懐中電灯みたいな魔法灯やルーペで喉を見たり、聴診器などを使いステラを診察した。
「まあ、風邪だね。薬を出しておくから栄養のあるものを食べさせてからちゃんと飲ませるんだよ。それから暖かくして安静にしてればすぐ良くなるはずさ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとう」
シャルルが深々と頭を下げるのを見てシルフィも頭を下げる。
「そんなにかしこまるんじゃないよ。こっちはただの仕事なんだから。もし、明日になっても熱が下がらなきゃもう一度連れて来な」
「はい。ありがとうございました」
そして薬を受け取り支払いを済ませたシャルルは、店の入り口でシルフィと共に再びペトラに頭を下げると宿に戻っていった。
宿に戻ったシャルルは一階の食堂でお粥と何かデザートをと料理人に頼む。
そして部屋に戻るとベッドにステラを寝かせ、もう一つのベッドの毛布と布団もかけるとシルフィに言った。
「私はさっき頼んだ食事を持ってくるからお前はステラを見ていてくれ」
「おまかせください、ごしゅじんさま」
「頼んだぞ」
そう言うとシャルルは部屋を出て一階の食堂に行く。そしてさっき頼んでおいたお粥とデザートのゼリーをお盆に載せ、料金を支払いつつカウンターの店員に尋ねた。
「やはり風邪らしいので部屋を暖かくしたいんだが、暖房か何か貸してもらえないだろうか?」
すると店員は頭をかきながら申し訳無さそうに言う。
「さすがにうちみたいな安宿じゃ部屋で使えるような暖房は置いてないよ。毛布くらいなら予備のを貸すけど、してやれるのはそれくらいだ」
「そうか……」
食堂には暖炉があり、暖炉から離れた場所には火鉢が置いてある。なので部屋よりは暖かいのだが、ここだと横になれないし、他人も居るからゆっくり休めないだろう。
熱を発する魔術もあるにはあるが、効果範囲が狭いためカイロ的な使い方ならともかく部屋を温めるのは無理だ。
何か良い方法は……シャルルは思考をめぐらし、そして思い出す。
そういえば、シルフィは暖かい風を出せるな。あれなら部屋を暖められるんじゃないか?
どれくらいマナを消費するのかはわからないが、人類と違いエレメンタルのマナは魔石で回復できる。どうせ暖房の魔法道具だって魔石を消費するのだから、その分をシルフィにやっても良いだろう。
あまり数は持ってないが、前にご褒美用に買ったものがまだ残っているはずだ。
それで行くか……そう考えたシャルルだったが、とりあえず予備の毛布は借りる事にした。