灯火(ともしび)の幼女 その4
「ひー!」
「おい、どうした!?」
「すーじー、だいじょーぶ?」
ここまで近づけばさすがに化け物の正体もわかる。それに気づくとスージーは声を出して笑った。
「あ、あはははは。そういう事かい」
そう。化け物は沈み行く夕日に映るシャルルたちの影だったのだ。
2メートルを越えるのはステラを肩車していたからで、頭が二つあるように見えたのはステラのダッフルコートのフードに収まったシルフィのせい。動く角はシルフィの両腕だ。
笑うスージーを見てステラはきょとんとした表情で首をかしげ、シャルルも首をかしげつつスージーに手を差し出す。
スージーはその手をつかみ立ち上がると尻餅をついたお尻をはたいた。
その様子を見てシャルルは尋ねる。
「腰は……大丈夫なのか?」
「ん? ああ、なんとも――」
そこまで言ってスージーは、はっとして口をつぐむ。そして一瞬ごまかそうかとも考えるが、潮時かと思いため息をつくと言った。
「おかえりなさい。晩御飯の準備はできてるわ。それと……御飯のあとに少し話があるから」
そして夕食後、スージーはすべてを告白する。腰はとっくに良くなっていた事。だけど三人の居る生活が楽しくて言い出せなかった事を。
「ごめんなさい」
深々と頭を下げるスージー。ステラとシルフィはしょんぼりとしている彼女に寄り添いシャルルを見る。
「しゃるー……」
「ごしゅじんさま……」
口にこそ出さないが、二人の目はシャルルに許してあげて欲しいと訴えかけていた。
無論、そんな訴えがなくてもシャルルに怒る気はない。
二人を見て軽く頷くと、スージーを真っ直ぐに見て言う。
「腰が治ったのなら良かったし、私たちが居る生活を楽しいと思ってくれたのならそれは嬉しいんだが……やはりここにずっと居るわけにはいかない。それに――」
「雪だね」
「ああ」
馬車の情報を収集してわかった事が二つある。
一つは今の時期は馬車の往来が多いという事。もう一つはその往来も雪が降れば一気に止まり、しばらくはなくなってしまうという事。
雪は年末から年明けにかけて降る事が多いらしいので、ここに長く留まるのでなければそろそろ出発しないとまずい。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど……腰の事はそろそろ言わなきゃならないと思っていたのよ。だから今日は良い機会だと思って……」
「いや、私も今後について話し合う必要があると思っていたが、なんとなく言い出しづらくてな。スージーの方から言ってもらえて助かったよ」
そう言うとシャルルは笑う。
そして、アンシュルツ行きの馬車が見つかり次第シャルルたちはこの町を去る事が決まった。
翌日。元々この時期は馬車の行き来が活発なので、アンシュルツ行きの馬車はあっさりと見つかる。
早速交渉した結果、街灯を灯していた事が幸いし、『灯火の幼女』の噂を知っていた行商人のグループはシャルルたちを信用して同行を了承してくれた。
出発は明後日との事だったので、次の日の昼間はスージーと一緒に買い物に出かけ、夕方には一緒に街灯を灯す。
それから家に戻ると一緒に夕食を作り、ささやかなお別れ会を開いた。
そして旅立ちの日。朝の一連の作業を終え朝食を取ったシャルルたちは、見送りのスージーと共に行商人グループの待つ町の入り口まで行く。
そこで別れ際にスージーはシャルルに二枚のスクロールを渡した。
「これは?」
「世話になったお礼だよ。昔、いつか使えるようになるかもしれないと思って手に入れておいた上級魔術なんだけど……結局、私は使えるようにならなかった。でも、ステラちゃんならいつか使えるようになるかもしれないから、そのときまであんたが預かっておいてあげておくれ」
シャルルは渡されたスクロールを見る。それは確かに魔術のスクロールで、ゲームには無いシャルルの知らない魔法だった。
「ありがとう」
礼を言いつつシャルルは自分のスペルバインダーにそれをしまう。
そしてスージーがステラやシルフィを抱きしめたりして別れを惜しんでいると行商人の一人が言った。
「そろそろ出発しますので馬車に乗ってください」
「わかりました。それじゃ、行くぞ」
シャルルに促され、ステラたちはスージーから離れる。
「みんな元気でね」
「すーじーもげんきでね」
「無理しちゃだめよ」
「それじゃ、世話になったな」
「ふふ。お世話になったのは私の方よ」
馬車に乗り込むと、いつも通りステラはスージーが見えなくなるまで笑顔でぶんぶんと手を振り、スージーもまたステラたちが見えなくなるまでにこやかに手を振り続けた。
その後、家に帰ったスージーは、シャルルたちが残していった熊のぬいぐるみを見てため息をつく。
「寂しくなっちゃったねぇ……」
だが、笑顔で手を振るステラの顔を思い出し――
「でも……楽しかったねぇ」
そうつぶやくと優しい顔で笑った。
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