灯火(ともしび)の幼女 その3
午後はだいたい2~3時間程度、商店街で情報を収集する。そして一度スージーの家に戻りおやつを食べたあと、日が沈みかける夕方に再び街灯を灯すため商店街に行く。
スージーいわく魔術の基礎は反復。同じ魔術を何度も使う事でイメージが固まってきちんと発動するようになり、一つでも完璧にイメージできるようになると他もイメージしやすくなるらしい。
そこで魔術を使う修練も兼ねて、シャルルは街灯をステラに灯させた。
ただ、高さは当然足りないのでそれを何とかする必要がある。
しかし、さすがのシルフィもステラを持ち上げたまま長距離の移動は負担が大きい。かといっていちいち街灯の前で持ち上げさせるのは面倒だし時間もかかる。なのでシャルルが肩車してそのまま街灯を灯して行く事にしていた。
そんな事を何日か続けていると、町の人たちともだんだんと顔見知りになって行く。そして町の人々はスージーの代わりに街灯を灯すステラを見て、スージーの二つ名である『灯火の魔女』にちなみステラを『灯火の幼女』と噂した。
シャルルたちがこの町に来てから数日が過ぎる。シャルルの予想ではスージーの腰もそろそろよくなっているだろうという時期だ。
実際、スージーが腰を押さえて痛がる事もほとんどなくなったので、シャルルはもう大丈夫だろうとは思っていた。
だが、スージーに「腰はどうだ?」と聞くと彼女は「だいぶ楽になった」とは言うものの、大丈夫だとは決して言わない。結局、治ったかどうかは本人にしかわからないのでシャルルもそれ以上追求はしなかった。
実はシャルルの予想通り既にスージーの腰は治っている。
しかし、彼女は子供や孫が居たらこんな感じだったのかな……そんな事を考え、この心地よい生活を終わらせたくないという思いから言い出せずにいた。
そんなある日、買い物に出かけたスージーはある噂を耳にする。夕刻の町に化け物が出るという噂だ。
その化け物は2メートルを越える大きさで、頭が二つありその頭からは動く角が生えているという。もっとも襲われた者はいないので酔っ払いが何かを見間違えたのだろうとも言われていたが。
情報収集から戻りおやつを食べるシャルルたちにスージーは言う。
「最近、夕刻に化け物が出るって噂だよ。気をつけたほうが良いんじゃないかい?」
「化け物ねぇ……」
大陸最強の怪物で『災害』とさえ呼ばれるドラゴンにも勝てるシャルルだ。正直、化け物なんて怖くない。むしろ怖いのは――
「私は化け物より人の方が怖いがな」
人の世界で生きている以上、基本的に化け物は倒してもとがめられないが、人を傷つけたり殺めたりすれば問題が起きる場合が多い。しかも、それはこちらが望まなくても向こうからやってきたりする。
マギナベルクでそんな経験をしたシャルルにとっては、強い化け物より弱くても傷つけてはならない人の方が厄介で怖い。
「すてらはしゃるーがいっしょならこわくない」
「ごしゅじんさまの手をわずらわせるまでもなく、化けものなんてわたしがやっつけちゃうわ」
そう言って笑うステラとシルフィを見てスージーも微笑む。
「でも……やっぱりちょっと心配だよ」
「まあ、そういうのなら」
化け物は夕刻に出るという事なので、シャルルは少し早めに街灯を灯しに行った。
それから――しばらく時間が経つ。
いつもは家の中で夕食の準備をしつつ待っているスージーだが、今日はどうも落ち着かない。
そろそろ帰ってくる頃じゃないかしら?
そう思った彼女は家の外でシャルルたちを待つ事にする。
そして外に出てしばらく待っていると……沈み行く夕日を背に、頭が二つある化け物の影が近づいてくるのが見えた。
「ひぃっ。ば、化け物!」
思わず悲鳴をあげながら後ずさり、スージーは尻餅をつく。
すると慌てたように化け物の影が彼女に迫ってきた。