灯火(ともしび)の魔女 その2
「おばーちゃん、おなかいたいの?」
「おなかは痛くないんだけど……腰がね。アイタタタ」
そう言うと老婆は腰を押さえる。その姿を見てステラは心配そうに老婆の腰をなでながらシャルルを見た。
「しゃるー……」
なんとかしてあげて。そう訴えかけてくるステラの目にシャルルはため息をつく。
係わりたくなかったんだがなぁ……とは思うものの、これはもう仕方がない。
「大丈夫か? 良ければ送って行くが」
「おやおや……ご親切に。でも、あたしにはまだ仕事が残っていてね……」
そう言うと老婆は杖をつきつつ立ち上がろうとするが――
「アイタタタ……」
腰を押さえ老婆は再びうずくまった。
「無理するな」
シャルルは慌てて老婆を支えると、彼女の持つ杖が老人用の杖ではない事に気づく。それはスバルクで街灯を灯すときに使っていたものと同じような感じの魔法用の杖だ。
「仕事ってもしかして……街灯を灯す仕事か?」
シャルルがそう言うと老婆は少し笑って言う。
「そうさ。あたしはこの辺じゃ『灯火の魔女』と呼ばれてるくらいのベテランだからね」
「へー」
「おおー!」
シルフィは感心したように、ステラは『すごい!』と言いたげな感じに声を上げる。だがシャルルは苦笑した。
街灯を灯すだけでもベテランになると二つ名がつくのか……。
それに二つ名もむなしく、今の彼女ではとても街灯を灯して回れるようには見えない。
「だが無理なものは無理だろう。一日くらい街灯がつかなくてもどうという事もあるまい」
「そういうわけにはいかないよ。ちゃんとこなせないとなると仕事を任せてもらえなくなる」
「ふむ……」
仕方ない。ならばとりあえず今日だけは私が代わりに……シャルルがそう言おうと考えていると、彼がそれを口にする前にステラは言った。
「じゃー、すてらやる。おばーちゃんはおやすみしてて」
「おやおや。お嬢ちゃんは魔術が使えるとでも言うのかい?」
子供の言う事だといった感じで老婆は笑う。だがステラの次の言葉で彼女は少し驚いた表情をした。
「うん。すてら、がいとーつけたことあるよ」
「え? そうなのかい? お父さんの方じゃなくて?」
そう言って自分の方を見る老婆にシャルルは言う。
「見ての通り私は魔術師なんで当然できるが――確かにその子もできる。私が街灯を灯す仕事をしていたときに少しやらせてやった事もあるからな」
「ほえー、小さいのにすごいわねぇ」
老婆はステラを感心したように見る。だが、いつもと違いほめられて喜ぶ様子も無くステラは頬を膨らませていた。
どうやらシャルルの事をお父さんだと言われたのが気に食わなかったらしい。
「しゃるーはすてらのだんなさんなの! すてらとしゃるーはふーふなの!」
「え?」
老婆は一瞬首をかしげたが、ステラの言う事をお父さんのお嫁さんになる的な事だと解釈し微笑む。
「ああ、そうなのかい。ごめんよ。ステラちゃんはかわいい奥さんだねえ」
「えへへ」
老婆がそう言うとステラは嬉しそうに笑った。
それから四人は簡単な自己紹介などをしたあと、シャルルたちが老婆の代わりに街灯を灯すという事で話はまとまる。もちろん老婆も最初は断ったのだが、ステラが折れそうに無いのを察し了承した。
街灯を灯すのはシャルルではなくステラ。これはもちろんステラがやりたがったというのも理由の一つだが、ほかにもいくつか理由がある。
一つはシャルルが老婆を背負っていたためやりやりづらかったから。
もう一つは最近ステラに魔術を使う鍛錬をさせる機会がなかったので、たまにはやらせた方が良いかなとシャルルが思ったため。
最後の一つは街灯の位置がシャルルが肩車しなければならないほど高くはなかったからだ。
この町の街灯はスバルクのそれに比べてかなり低く、シャルルだったら杖を使わなくても手を軽く上げるだけで届く。とはいえステラでは杖を使ってもかなりきついので、シルフィがステラを少し持ち上げ街灯を灯して行った。
「婆さん、この商店街にある街灯だけで良いんだよな?」
「ええ。この町で街灯があるのはこの通りだけだからね」
老婆はシャルルの問いに答えたあと、少し不機嫌そうに言う。
「でも婆さんじゃないわ。あたしはスージーだってちゃんと教えたでしょ?」
「……そうだったな」
本名はスザンナで愛称はスージー。だからスージーと呼んで欲しいと彼女は言っていた。
「ステラちゃんとシルフィちゃんはもう覚えたわよね?」
「うん。すてら、すーじーのおなまえおぼえた」
「わたしも~」
「二人は賢いねぇ」
ほめられステラとシルフィは嬉しそうに微笑む。
そして街灯を灯し終えると、シャルルたちはスージーを家まで送った。