魔が差す事と差させない事 その3
日もすっかり落ちた夕刻。適当な場所で野宿をする事になった一行は、夕食を終えると明日に備え早々に休む事にした。
イオとテオは交代で見張りをするため焚き火のそば、シャルルたちは荷車の中で寝る事に決まる。
既に秋も終わり冬が始まるという季節。夜は冷え込むためシャルルはステラを自分のローブに包み込むようにして眠っていた。
そして就寝から数時間。すっかり夜も更けた頃、迫り来る殺気にシャルルは目を覚ます。
シルフィも気づいたらしくシャルルにそっと耳打ちする。
「ごしゅじんさま……なにかが……」
シャルルはシルフィの口に人差し指をあて静かにするように促す。
彼女はそれを受け黙って頷いた。
それから間もなく――そっと幌がめくられる。
月明かりに浮かぶ人物、殺気を放ち近づいてきたのはテオ。シャルルは寝ているステラを起こさぬようにしつつ、瞬時に動けるよう気を張りテオに話しかけた。
「何かあったか?」
「うぉっ。起きてたのか……」
「ああ、良く寝つけなくてな」
話し声のせいかそれともシャルルが少し動いたからかステラが目を覚ます。
「しゃぅ?」
「なんでもない。寝なさい」
「ふぁい……」
ステラはすぐにまた寝息を立て始め、それを確認したシャルルは小声で話を続ける。
「で、何かあったのか?」
「いや……ちょっと見回りをしてただけだ。問題ない」
「そうか。ご苦労さん」
「ああ……」
そしてテオは静かに去って行く。そのときにはもう殺気は感じられなくなっていた。
静かになった荷車の中で、ステラの寝息を聞きながらシャルルは考える。
殺気を放っていたが……刺客か? いや、それにしては弱すぎる。それにあれだけあからさまな殺気を放っていた事を考えると、その道のプロとも考えられない。と、いう事は――
彼は体格も良くフォースも使える。当然ハンターなどと比べれば雑魚なのだが、一般人にしてはかなり強い。だから自分の力にある程度の自信があるのだろう。
そのせいで魔が差し強盗に来たといったところではないだろうか。
もちろんシャルルにしてみればあの程度なら脅威にもならない。
だが、下手に返り討ちにでもしたら馬車を降ろされるのは必至。かといって馬車を奪えばこちらが強盗だ。ここは知らん振りをしておくのが良いだろう。
一方テオは――今日は間が悪かったが、旅はまだ始まったばかり。そのうち機会もあるはずだ。そんなふうに考えていた。
ベルドガルトを出て二日目。昨日の事もありステラとなるべく離れないようにするなどシャルルは一応警戒する。人質に取られた場合、穏便に済ませられる自信が無いからだ。
普段は意識してかまいすぎないようにしているシャルルが何かとかまうので、ステラは不思議に思いながらも喜んでいた。
昼間は特に何もなく、そして夜になる。
昨日同様イオとテオは焚き火の前、シャルルたちは荷車の中で寝たが何もおきなかった。なので昨日のは勘違いかちょっとした気の迷いだったのだろうとシャルルは思う。
だが三日目の夜。再び寝ているときにテオが殺気を放ちながら近づいてきた。
一昨日と同じように目を覚ましたシャルルは、やはり同じく目を覚ましたシルフィに人差し指を立て『静かに』というジェスチャーをする。
そして――
この前と同じように話しかけると強硬手段に出ないとも限らない。出ばなをくじくか……と考え一計を案じる事にした。
まず、シャルルは抱え込んでいるステラを軽く揺らして起こす。
「しゃう?」
「おしっこか?」
寝ぼけていたステラはシャルルにそう言われるとそうだった気がしてしまう。
「うん?」
そして、なにかへんだなぁと首をかしげつつシャルルと共に荷車から降りた。
「見回りご苦労さん」
シャルルが明かりも持たずに馬車に近づいていたテオに声をかけると、彼は驚きつつ返事をする。
「あ、ああ……こんな時間にどうした?」
「この子のトイレにちょっとな」
「そ、そうか……」
シャルルの作戦は成功した。
覚悟を決めて馬車に向かっていたテオ。しかしシャルルたちが馬車から出てきて、しかも向こうから声をかけてくるという予想外の事態に驚き気をそがれる。
結局こういう事になれているわけではないテオは、再び覚悟を決める事ができず今日の決行は諦める事となった。