魔が差す事と差させない事 その2
馬車を探し始めてから約2時間。ほとんどの馬車は完全無視か、向こうに行けといった感じで軽く手を振るだけで話も聞いてくれない。
これはかなり難しそうだな……シャルルはそう思いため息をつく。
だがそれでも根気良く探していると、ついに乗せても良いと言う馬車が現れた。
その馬車は早く走れる感じではないが、力強く健康そうな馬が引く普通の幌馬車。乗っているのは南方にあるフォルマ村から売買のためにこの都市まで来たと言うイオとテオの兄弟。
弟のイオは20代前半くらいでやや狡猾そうな雰囲気だが、悪人に見えるというほどではない。口がうまそうなのでたぶん交渉担当なのだろう。
兄のテオは見た感じ30歳前後。寡黙な雰囲気であまりしゃべらないが、体格は良いし弱いがフォースの力も感じる。こちらは力仕事と護衛担当といったところだろうか。
もちろん交渉に応じてくれたのはイオ。ゼントルタッドまでは行かないが、途中にある宿場町ヤーブまでなら乗せても良いと言う。
ヤーブはベルドガルトから街道を南下すると最初にある町で、そこまでだいたい7~8日くらいらしい。
そしてゼントルタッドはかなり遠いから、いきなりそこまで乗せてくれる馬車を探すのは無理。とりあえずヤーブに行き、そこから更に南下する馬車を探していくつかの町を経由して行くのが現実的だと教えてくれた。
「じゃあ、前金として――」
要求された金額はスバルクでもらった給料の6日分。その半分を前金として支払う事になった。
一応交渉として、魔術師なので水と明かりを提供できると言ってある。なのでこの金額はそれを加味した上でのものだ。
これが安いのか高いのかシャルルにはわからないが、えり好みできる立場でもないため素直に支払う事にした。
そのとき――
「あっ」
「おっと」
シルフィと何やらじゃれていたステラが転びそうになり、それをシャルルが受け止める。そのせいでシャルルの手から巾着が地面に落ちた。
中身がぶちまけられる事はなかったが金貨が少しこぼれる。
「こら、危ないだろ」
「ごめんなさい……」
こぼれた金貨を巾着に戻し、シャルルはイオに前金を支払う。
そのとき馬車の荷車に黙って座っていたテオの目は、巾着に釘付けになっていた。
ベルドガルトを出てしばらく。最初は荷車の中を動き回ったり謎の歌を歌いだしたりと騒がしかったステラも、遅めの昼食を食べてからはシャルルに身を寄せ静かに眠っている。
特にやる事の無いシャルルも暇をもてあまし、幌の隙間から通ってきた道をぼんやりと眺めていた。
そんなシャルルをテオは観察する。
魔術師を自称するこの男。肌の色や耳の形などから上流階級が多いと言われている魔族で間違いないだろう。
身に着けているのは光沢のある布を使った見事なローブで、細部に金糸も使われている。落とした巾着からこぼれたのがすべて金貨だった事を考えると、恐らく中身もすべて金貨。つまりかなりの大金を持ち歩いているという事だ。
魔族で子連れ。上等な服と大金。そして会話からは世間知らずな感じもある。そんな奴が見ず知らずの者の馬車に乗り大都市を目指しているのだから、これは何か訳ありに違いない。
恐らくはその行方を他人に知られないようにした旅。だとすれば、行方不明になっても騒がれる事は無いのではないだろうか。
フォース使いと違い、魔術師の身体能力は一般人と変わらない。それどころか一般人以下である場合が多いと聞く。フォース使いである俺なら、たぶん簡単に勝てるだろう。
世は弱肉強食。俺もかつて野盗に襲われ友を失った事もあるし、自衛のためとはいえ人を殺した事もある。だから――自分が奪う側になっても良いはずだ。
そこまで考えテオは御者を務める弟を見る。
相談すべきだろうか?
あいつは俺の言う事を良く聞く奴だ。なので反対はしないだろうが……顔に出る事があるからな。
やはり――やるなら俺一人でだ。