旅立ちと、笑顔の別れ その1
ベルドガルトから隊商が来た日の翌日の昼過ぎ。いつも通り部屋で本を読んでいたシャルルはちらりと窓を見て立ち上がり、そして閉じられていた木製の窓を開け庭を見た。
そこではステラたちが遊んでいて、シャルルに気づいたステラが手を振っているのが見える。
シャルルはそれに軽く手を振り返すと窓を閉め、再びイスに座って本を読み始めた。
この動作はステラが勝手に屋敷を出た日の翌日から、彼女が庭で遊んでいるときは30分おきくらいに行われている。
我ながら心配性だなぁ……とシャルルは苦笑するが、どうしても気になってやめられずにいた。
一方、ステラはシャルルが窓から手を振ってくれるのが嬉しくて、遊んでいる最中もそっちが気になって仕方がない。そのため遊びに集中しきれずちょくちょく部屋の方を見ていた。
今もボール遊びの最中だというのにステラは意識をボールではなく部屋に向けてしまう。そのためネリーが投げたボールが無防備なステラに迫っていた。
「あぶないっ!」
余所見しているステラにぶつかりそうになったボールをシルフィが風でそらす。そして怪我がなかった事に安堵すると腰に手をあて頬を膨らませた。
「もー! よそみはダメって言ったでしょ!」
「えへへ、ごめん」
その様子を見ていたプリムはシルフィに尊敬の眼差しを向けながら言う。
「すごい! さすが師匠! それ、どうやるの?」
「ふふふ。これはねぇ――」
ネリーたちがプリムを探しに屋敷を出た日。プリムは今にも襲いかかろうとする野犬を前に、ただネリーと抱きしめ合い震える事しかできなかった。
そんな二人を救ったのはシルフィ。彼女は野犬の前に立ちはだかると、それをエレメンタルの能力であっさりと撃退してみせる。
それを見たプリムはシルフィに尊敬の念を抱き、自分も彼女のように能力を使いこなせるようになりたいと弟子入りを志願した。
「シルフィ! いや、シルフィ師匠! わたしも師匠みたいに強くなってネリーを守れるようになりたいの! おねがい、わたしを弟子にして!」
シルフィも師匠と呼ばれるのは悪い気はしなかったし、ネリーを守れるようになりたいという心意気に応えたいとも思った。
しかし、課金ペットの風の精霊であるシルフィにとって主人であるシャルルは絶対的存在。その彼から与えられた任務はすべてに優先される。
そして現在、彼女はステラの護衛という任務の真っ最中。そのためプリムを弟子にするのをためらった。
「わたしはステラの護衛という、ごしゅじんさまにもらった大切な任務があるから……」
だがそれを聞いていたシャルルは、シルフィの気持ちを察し彼女の頭をなでつつ言う。
「シルフィはちゃんと任務に忠実で偉いな。だが、少しくらいなら指導してやっても良いんじゃないか? 無論、任務に影響の出ない範囲という条件はつくが」
シャルルからの思わぬ援護射撃にプリムは必死で訴える。
「それでいいです! 少しでもいいんでお願いします!」
「まあ、ごしゅじんさまがそう言うのなら……少しだけね」
シルフィが微笑みそう答えると、プリムはシルフィの両手を取り何度も頭を下げた。
「ありがとうございます、シャルルさん、シルフィ師匠!」
こうしてプリムを弟子にしたシルフィは、こんなふうにプリムにちょくちょく能力の使い方を教えている。
プリムの能力は決して低くはない。もちろんシルフィには遠く及ばないが、風のエレメンタルとしては限界に近い能力を保持している。
なのでコツさえつかめばかなりの事ができ、シルフィの指導のもとその能力を開花させていた。
「じゃあ、やってみて」
「はい! 師匠!」
プリムが能力を使いボールをふわふわ浮かせると、ネリーとステラがはしゃぐ。
「プリムすごい!」
「かっこいい!」
「えへへ、師匠ほどじゃないけどね」
自分を立てる事を忘れないプリムに機嫌を良くするシルフィ。彼女はボールを持つと注目している三人に言った。
「じゃあ、次はくんれんもかねて二組にわかれてボール遊びしましょ」
『はーい』
三人の返事が重なるとボール遊びが始まる。
その頃、再び本を開き読み始めていたシャルルのもとにメイドがやってきた。
「どうぞ」
ノックの音に返事をすると、扉が開きメイドは言う。
「失礼します。旦那様が隊商の隊長さんを紹介したいとの事です。応接室までお越しください」
「わかりました」
昨日の今日でもう会えるとは、仕事が早いな……などと思いつつ、もう一度、窓から庭で遊ぶステラたちを見てからシャルルは部屋をあとにした。