ベルドガルトからの来訪者 その3
街灯へのライトの付与。ステラは初日以来、特にやりたいとは言い出さなかったが、クラウスがやるのを見てやりたくなったという事だろう。
シャルルはチラッとステラを見ると、『めんどくさい』という表情で顔をしかめる。彼女にそれをやらせるには肩車をしてやらなければならないが、一度乗るとなかなか降りてくれないのだ。
さて、どう諦めさせようか。
シャルルはそんな事を考えていたが、ステラの自分もやるという発言を聞いてクラウスは興味深そうにシャルルに聞いた。
「この子は魔術を使えるんですか?」
「ええ、まあ。素養はあるので修練はさせています」
「ほほう」
関心の目を向けられ得意そうなステラ。今の彼女には期待に応えたいというやる気みたいなものがみなぎっているように見える。
これはやらせないとうるさそうだな……。
シャルルは軽くため息をつきつつしゃがむと言った。
「一回だけだぞ」
「やったー」
そしてステラはシルフィに手伝ってもらいながらシャルルに肩車してもらう。
「シルフィ。ステラが落ちないようサポートを頼む」
「おまかせください、ごしゅじんさま」
そして特に何の問題もなくステラが街灯を灯すとクラウスは感心してステラをほめた。
「おお、こんな小さな子が……すごいですね」
「えへへ」
ほめられ得意になったステラはまだ明かりのついていない街灯を指して言う。
「しゃるー、つぎあれー。あれもすてらがやるー」
「駄目だ。降りなさい」
そう言ってシャルルはしゃがむがステラは下りようとしない。
「すてらまだできるよ?」
まあ、こうなるよな。
予想通りの展開に、シャルルは軽くため息をつく。
だが彼はふとある事を思い出し意地悪っぽく笑う。
「一回だけという約束だっただろ?」
「でも、すてらやりたい」
「そうか……ステラが約束を守らないのなら、私もジュースを買ってやるという約束は守らない事にしよう」
シャルルがそう言うとステラはあっさりとシャルルから降りる。
その様子を見てクラウスは笑っていた。
その後シャルルは商店街でステラにジュースを買ってやったり、話しかけてきた人にクラウスを紹介したりしながら街灯を灯して行く。
そして特に問題なく街灯を灯し終えヘルマンの屋敷に戻った。
日がほとんど落ち薄暗い時刻。屋敷に戻ったシャルルたちをいつも通りネリーとプリムが出迎え、ステラは彼女らとはしゃぎながら屋敷の明かりを灯し始める。
その様子を見てクラウスは少し困惑した表情でシャルルに聞いた。
「街灯を灯す仕事と聞いていたのですが……あれも私が引き継ぐ仕事なのでしょうか?」
「あれ?」
一瞬シャルルはなんの事かわからず首をかしげる。ステラが屋敷の明かりを灯すのを仕事とは認識していなかったからだ。
「ええ、あの子が今やっている……」
「ああ、あれは仕事ではなく修練の一環としてやらせている事です。そもそも仕事を請け負っているのは私であって、あの子ではありませんから」
「そうですか」
クラウスはほっとした表情を見せたがシャルルは少し考える。
確かにあれは仕事ではないのでクラウスはやらなくても良い。そもそも仕事は街灯を灯す事だけだ。
とはいえ今まで得られていた利益が無くなれば、受益者たちは不満を感じるのではないだろうか?
ステラは厨房に水の提供もしているし、シャルルは風呂の湯を提供している。
それらの事はシャルルたちにとってはついででしかないのだが、その恩恵を受けている屋敷の者たちにとってはかなりの利益だろう。
だが、魔術的能力が高いシャルルや修練の一環としてやっているステラならともかく、魔術的能力が低いクラウスがこれらをすべて引き継ぐとなるとその負担はかなり大きい。
当然副業なんてできなくなるし、給料に見合った仕事とは言えなくなる。なので彼がそれを引き継ぐ事は無いだろう。
しかしこれらはシャルルたちが去ることによって一気になくなる。
そうなると、受益者たちの不満が何の落ち度も無いクラウスに向かわないとも限らない。
確かに彼は今日会ったばかりの人物でシャルルにとっては赤の他人。その他人がどう思われようとどうでも良い事と言えなくもないが――自分のせいでそうなるのは気分が悪いし、実害がなかったとしてもうらまれるのは嫌だ。
魔術を使っても体力を消耗したりはしない(集中力などは使うので精神的に消耗はする)が、もうすぐ始まる旅に備えるためとでも言って街灯以外は段階的に減らして行くか……とシャルルは考える。
そして夕食後。シャルルは屋敷の主要な人物(受益者)にその事を伝え、クラウスには仕事ではないが――できればトイレと、入る日には風呂の明かりを灯して欲しいと頼んでおいた。