おねえちゃん その4
野犬。野で生まれ育った犬や野生化した飼い犬の事で、町中に居る場合、野良犬と呼ばれる事が多い。
犬種や大きさにもよるが、多くの場合、成人であれば女性でも追い払う事くらいはできる程度の強さである。
風のエレメンタル。マナを生きる糧とするマナイーターの一種で、人類の幼児に近い容姿を持つ。
精神年齢は人類の子供程度だが、主に自然豊かな大森林に生息する彼女たちが野犬の対処如きで手間取る事は無い。それは大森林ではないが森で育ち、ニーナと共に旅をしているレティでも同じだ。
だが――例外は存在する。
風のエレメンタルとしては限界に近い能力を持つプリム。その戦闘力は一般的な成人男性と同等以上。したがって能力的には野犬など簡単に追い払えるくらいには強い。
しかし辺境とはいえ比較的安全な人里で生まれ育った彼女には、他のエレメンタルに比べ圧倒的に足りないものがある。
それは経験だ。
そのため能力的には容易く追い払えるはずの野犬を前に、彼女は怯え何もできず震えていた。
「どうしよう……」
涙目で木の下でうなる野犬を見つめる事30分程度。日は傾きかけ少しずつ暗くなってきている。なのに犬はプリムをにらんだまま、まったく動こうとはしない。
プリムは飛べるのだから別に追い払わずとも無視するという方法もある。犬が手出しできない高度を維持し続ければ良いだけだ。
だが恐怖に支配された彼女にそんな事を考える余裕は無いし、それに気づいたとしてもやはり怖くて実行できないだろう。
そんなどうしようもない状況下に救世主現る。
「こらー! プリムをいじめるな!」
そう言うとネリーは石を拾い野犬に投げつけた。
石は当たらなかったが攻撃されたと感じた犬はターゲットを攻撃して来た者――ネリーに変える。
うなりながら近づく野犬。さっきの威勢はどこへやら、恐怖で涙目になったネリーはその場にへたり込む。
そんなネリーのピンチに木の上で震えていたプリムは勇気を振り絞り彼女のもとへ飛んだ。
「ネリーはわたしが……おねえちゃんのわたしが守るんだから!」
だが、恐怖で震えるプリムにできたのはそこまで。
「プリムー」
「ネリー」
二人はお互いの名を呼びながら抱きしめあう。
怯える二人に迫る野犬。その前に両手を広げステラが立ちはだかった。
「こらー! あっちいけー」
だが、ステラができるのもここまで。
確かに魔法は使えるが、彼女が使えるのはライトとウォーターという攻撃に使えないものだけ。したがって彼女もまた、ただの幼女に過ぎず野犬にはとてもかなわない。できる事はただ涙目でにらむだけだ。
野犬はじわじわと近づいてくる。
そして姿勢を低くしてステラに飛びかかろうとしてきた瞬間――犬は悲鳴を上げながら見えない力で吹っ飛ばされた。
「まだやるなら、てかげんしないわよ」
不敵な笑みを浮かべつつ、三人と野犬の前にシルフィが進み出る。
犬は一瞬シルフィをにらんだが、それを彼女がにらみ返すとキャンキャンとほえながら逃げていった。
「しるふぃー!」
「ぐぇ」
ステラに思いっきり抱きしめられ、シルフィは潰されたカエルのような声を上げる。そしてなんとかステラの拘束を抜けると、彼女の手が届かない位置まで上昇した。
そんなシルフィを見上げつつ、ステラは興奮気味に言う。
「しるふぃすごい! つよい! かっこいい!」
「ふふん。わたしはごしゅじんさまのいちのこぶん。これくらいとうぜんよ」
鼻息荒く誇らしげに胸を張るシルフィ。そんな彼女たちの後ろで、ネリーとプリムは抱き合いながら泣いていた。
「プリムごめんね、きらいなんて言ってごめんね」
「ううん。わたしおねえちゃんなのに……ネリーをおねえちゃんとして守るって、テレーゼと約束したのに……なにもできなかった。こんなんじゃやっぱり、シルフィの方がいいよね……」
だが、しょんぼりしているプリムにネリーは言う。
「シルフィはすごいけど……でも、やっぱりプリムが好き。プリムがいい。だって、プリムは――生まれたときからずーっといっしょのかぞくだもん」
ネリーのその言葉にプリムは大粒の涙を流す。
「わたしもネリー大好き! しらないなんて言ってごめんね」
「わたしも森にかえっちゃえなんて言ってごめんね。ずーっと、ずーっといっしょにいて!」
こうしてお互いの気持ちを確かめ合った二人は再び声をあげて泣く。そんな二人を見てステラはもちろんシルフィも、優しい顔で微笑んだ。