親離れ、子離れ その3
部屋で本を読んでいたシャルルは、ふと、棚の時計を見た。
時刻はもうすぐ午後11時といった時刻。この屋敷に泊まるようになってからは、遅くともこのくらいの時間には寝ている。
切りの良いところまで読んだら寝るか……そう考え再び本に目を向けたシャルルだったが、あわてて飛び込んできたシルフィを見て本を閉じた。
「ご、ごしゅじんさま~」
「どうした?」
「たいへん。ステラがたいへんなの!」
「なにっ!」
「あ、まってー。ごしゅじんさまー」
ただならぬ様子に詳しい話も聞かずシャルルは部屋を飛び出し、それをシルフィはあわてて追いかける。
そして三階にあるネリーの部屋に行くと――
「うぇ、しゃるー、ひっく、しゃるー、しゃるー」
「シャルルさんはすぐ来るからね」
「しゃるー、しゃるー」
そこにはシャルルを呼びながら泣くステラ、なんとか慰めようとしているテレーゼ、それを涙目で見ながらおろおろしているネリーとプリムがいた。
「どうした!?」
シャルルの問いかけにそこにいた全員が彼を見る。
そして――
「うぁーん、しゃるー! しゃるー! しゃるー!」
「よしよし……私はここにいるぞ」
「しゃるー」
ステラは大声で泣きながらシャルルに抱きつく。それを優しく抱きとめるとシャルルはステラの頭をなでた。
「何があったんですか?」
とりあえず、シャルルは今ここにいるシャルル以外で唯一の大人であるテレーゼに尋ねる。
「それが――」
そして事情を聞きシャルルは苦笑した。
なんの事はない。ネリーと共に寝ていたステラは目を覚ましシャルルを呼んだ。それに同じく目を覚ましたネリーがシャルルはいないと言ったら泣き出したのだと言う。
「しゃるー……」
シャルルに抱きしめられ安心したのかステラはすっかりおとなしくなっていた。
そんな彼女を見て親離れはまだまだ先のようだな……とシャルルは微笑む。
そしてシャルルはステラを抱きかかえたまま立ち上がると、テレーゼやネリー、そしてプリムに向かって頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ない……」
「いえいえ。何事もなくてよかったわ」
そう言うとテレーゼは微笑み、プリムは安心したように笑い、ネリーはテレーゼのスカートをつかみながら黙って頷く。
さて……どうしたものか。シャルルは考える。
状況から考えてステラを再びネリーと寝かせるのは無理だろう。
となるとやはり――
「今日は一緒に寝ようか」
シャルルがそう言うとステラはゆっくりと頷く。
「では、私はこの子を連れて部屋に戻ります。皆さんおやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみ」
シャルルがおやすみの挨拶をすると、テレーゼとプリムも挨拶を返し、いまだテレーゼのスカートをつかんだままのネリーは黙って頷いていた。
そしてシャルルはシルフィを伴い廊下を進み、階段を下りて行く。
その様子をうらやましそうに見ていたネリーにテレーゼは言う。
「ネリーも今日は私と一緒に寝ましょうか」
するとネリーもステラがシャルルにしていたように、テレーゼに抱きつき黙って頷いた。
部屋に戻ったシャルルはステラをベッドに寝かせると、この部屋の光源であるテーブルの上にあるライトを付与したランプに布をかける。
かけた布はさほど厚いものではないため淡い光が漏れ、丁度常夜灯のようになった。
そしてベッドに行きシャルルはステラの隣で横になる。
薄明かりの中、隣にいるシャルルの顔を見ながらステラは言った。
「しゃるー。しゃるーはずっとすてらといっしょ?」
「ああ。ステラがそうしたいと思うなら、私はずっと一緒にいるぞ」
「じゃー、ずーっと、ずーっといっしょ」
そう言うとステラはシャルルに抱きつき、そして安心したように微笑むとすぐに寝息を立て始める。
シャルルはそんな彼女をいとおしく思った。
最近、精神的な成長を見せ始めたステラ。その事に喜びつつも、親離れというやつが始まったのかなとシャルルは少し寂しくも思っていた。
だが今日の事を考えると、それはまだまだ先の事だろう。
しかしそれにほっとしている自分がいる。
これはステラの親離れの事より、自分が子離れできるかを心配した方が良いのかもしれないな。
そんな事を考えシャルルは苦笑する。
そして翌朝――
昨晩トイレに行かなかったステラはベッドに見事な地図を書いた。
「うぁーん、ごえ、ごえんなしゃい」
「はいはい、次からは気をつけような」
「ごえ、ごえんなしゃい」
声をあげ泣くステラをあやしつつシャルルは思う。
泣きたいのは私の方なんだがなぁ。