スバルクでの生活 その3
「あ、こらっ」
イスから飛び降りようとするステラにシャルルは慌てて注意する。大事には至らなかったものの、昨日も同じ事をして転んで泣いたからだ。
昨日の今日でまたやるとは思っていなかったためシャルルはワンテンポ遅れて手を伸ばす。
間に合うか間に合わないか――ギリギリアウトなタイミング。だが転ぶ事はなくステラの体はふわりと宙に浮いた。
「こらー! それやっちゃダメって言われたでしょ」
ステラの体を持ち上げつつ、頬を膨らませシルフィが注意する。
「あ、そーだった。えへへ」
そして、頭をかきながら照れ笑いのようなものを浮かべるステラをシルフィはゆっくりと降ろした。
その様子を見てネリーは驚きの表情を見せる。
「すごい! シルフィすごい!」
「そう?」
不思議そうな顔をするシルフィ。シャルルも何がすごいのかわからず首をかしげプリムに聞く。
「もしかして、プリムにはできないのか?」
「あんまりおもいのは無理よ。わたしはシルフィみたいにちからもちじゃないもん」
「そうなのか……」
シルフィもシャルルを持ち上げるのは無理だが、プリムはステラを持ち上げるのも無理らしい。
プリムは『エアロエレメンタル 10/10』でシルフィは『エアロエレメンタルマスター 32/60』。魔法的な力で持ち上げているであろう事を考えると、これだけのレベル差があればそういう違いもあるのだろう。
「ねーねー、なにしてあそぶ?」
「そうねぇ……」
ステラの問いにネリーは少し考える。
「おへやでお人形であそぶ? それともお外がいい?」
「おそと! すてらおそとがいい!」
「わかったわ。お外であそびましょ」
ステラの返事に頷くと、ネリーはステラの手を取り歩き出す。
「しゃるーおそといってくるね」
シャルルの方を振り返り、ステラは繋いでない方の手を一生懸命に振る。
それに軽く手を振り返しながらシャルルは言った。
「庭から外には出るなよ。シルフィもちゃんと注意しろよ」
「はーい」
「おまかせください、ごしゅじんさま」
シルフィはシャルルに向かって『ビシッ』と敬礼をする。
そしてステラたち四人は食堂をあとにした。
シャルルの仕事は夕方に始まるので、それまでは自由な時間だ。前任の魔術師はこの時間を利用して副業として飲食店に水の供給をしていたらしい。
良ければ店を紹介しようかとヘルマンは言っていたが、特に金を必要としているわけでもないので断った。
とはいえ何もしないのではもったいない。そこでシャルルはこの時間をこの世界の事を知るために本を読む時間にしている。
今日もシャルルはヘルマンに借りた本を読む。彼が今読んでいるのは帝国の歴史の初歩の初歩、建国の始祖、竜狩りの魔導師についての本だ。
五英雄の本はマギナベルク(リベランド)でも読んだ事はあるが、ここは帝国領なので帝国視点で書かれている。
帝国から分離独立したリベランドにとって竜狩りの魔導師は敵だが、この国では建国の英雄。そのため同じ人物であるにもかかわらず扱いが真逆なのが面白い。
リベランドの本だと竜狩りの魔導師は大陸からドラゴンを一掃するのに奮闘した英雄ではあるが、最終的には野望に堕ち魔王になった事になっている。
だが、ここでは再びドラゴンが大陸に現れる事を予見し、それに備え大陸をまとめ上げようと戦った英雄だ。
実際、現在はドラゴンが大陸にいるわけで、竜狩りの魔導師が大陸を統一していたらもっと楽にドラゴン対策ができていたかもしれない。
とはいえ、その前にはやはり統一戦争によってかなりの血が流れる事になったであろう事を考えると、どちらの言い分もそれなりに理解はできる。
まあ、視点の違いという奴だ。
竜狩りの魔導師についてステラにはどういうふうに教えるべきだろうか。視点の違いなどをあの子が理解できるわけないし。
「まあ……適当でいいか」
シャルルはぼそりとつぶやくと窓から外を見る。
庭にはステラとネリー、シルフィとプリム、そしてネリーの母テレーゼがいた。
「しゃるー! しゃるー!」
窓から見ていたシャルルに気づくと、ステラは両手を振ってシャルルを呼ぶ。
そんな彼女に優しい笑みを浮かべつつシャルルは手を振り返した。