辺境の町と街灯 その1
辺境の町スバルク。2メートルを越える木の壁に囲まれたこの町は、大まかに商業地区、居住地区、農業地区の三つの地区に別れている。
面積だけを見れば農業地区が一番広いが、主に近隣の町村や小都市ベルドガルトとの交易で成り立つこの町の中核は商業地区だ。
商業地区は商店や飲食店、問屋などが並ぶ商店街と呼ばれる中央通りを中心に、小道にそれれば買い付けた商品などを保管する倉庫などがある。
居住地区はその名の通り住宅街。大通りと呼ばれる幅広の道の左右に住宅が立ち並び、商店が自宅を兼ねる者などを除いて町の住人のほとんどがここに住居を構えている。
そして農業地区。農業地区と言ってもそのほとんどを果樹園が占め、穀物や野菜を育てている土地は少ない。場所は町の奥で商業地区の中央通りか居住地区の大通りを抜けた先にあり、遠くから見るとちょっとした森のように見える。
街灯用の柱が設置されているのは商業地区の中央通りと居住地区の大通りだけで、農業地区や小道などには無い。これは単純に効率の問題で、基本的に夜に農業地区に行く事はないし、小道は切がないという理由からだ。
中央通りの街灯は約100メートルおき、大通りの街灯は約150メートルおきに道の左右にジグザグに設置され、以前はそれが夜の町を照らしていた。
魔術師がいなくなってからは大通りに明かりは無く、中央通りは数箇所に設置されたかがり火が夜の商店街を照らしている。
だがそれは街灯に比べ暗くコストもかかり、火を大掛かりに使うため監視の人手も必要で、町にとって大きな負担となっていた。
町長宅の応接室。そこで屋敷の主人へルマンは、向かいのソファに座るシャルルに対し仕事内容を説明する。
黙って耳を傾けていたシャルルは一通り説明を聞いたあと、自分の理解が正しいか確認した。
「大通りと中央通り――つまり住宅街と商店街に設置された街灯を暗くなる前に一度だけ、すべて灯せば良いと」
「ええ。かかる時間は1時間半前後といったところで、今の時期だと午後4時か遅くとも4時半には始める感じですな」
「なるほど」
頷きつつシャルルは思う。
年中無休とはいえ実働1時間半で一般労働者の一日分に近い給料がもらえ、余った時間には副業も可能……か。ライトの魔術なんかステラでも使える(全部の街灯を灯すのは無理だろうが)事を考えると、魔術や秘術の才能はあるだけで食いっぱぐれる事の無い神から与えられたギフトだな。
「では、早速今日からお願いします。初日という事で今日は私も説明がてら同行しますが……まだ時間が早いので、とりあえず屋敷の中を案内しましょう」
そう言うとヘルマンは立ち上がる。
続いてシャルルも立ち上がると、じゃれあっていたステラたちが二人のもとにやってきた。
「おじいさま、わたしもいっしょに行くわ」
「おお、そうかい。じゃあ一緒に行こう」
そう言うとヘルマンがネリーの頭をなでる。
それを見てステラもシャルルに言った。
「すてらも! すてらもいく!」
「ん、ああ」
お前は最初から一緒に行くメンバーに入っているだろ……とシャルルは思う。
だが、たぶんこの子は頭をなでて欲しくてそう言ったのだろうな……と考えなでてやる。
すると彼女は嬉しそうに笑った。
「えへへ」
「あ、ごしゅじんさま。わたしも、わたしも行きます!」
「ん、ああ……」
お前もか……そう思いつつシャルルはステラをなでる手とは逆の手でシルフィをなでる。
するとやはり彼女も嬉しそうに笑った。
一通り案内が終わるとヘルマンは途中の仕事があるので時間になったら迎えに行くと言って書斎に行き、シャルルたちは借りる事になった部屋に行く。
部屋はだいたい十畳くらいと結構広く、庭側の壁には木の窓のほかにはめ殺しだが採光用のガラス窓があって明るい。まあ、ガラスと言っても透明度が低いので見通せず、多少色が着いているものではあるが。
家具は二つのベッドにテーブルと二脚のイス、そして棚とクローゼットがあり、棚の上には時計が置いてあった。
シャルルはベッドの一つに横になると、キャッキャと奇声を発しながらネリーたちとじゃれあっているステラを眺めつつ屋敷の事を頭の中で整理する。
この屋敷は三階建てで、三階にはヘルマンとその妻の寝室、ヘルマンの息子夫婦の寝室、そしてネリーとプリムの部屋があり、空き部屋もいくつかあるらしい。
特に何かない限りシャルルに縁の無い階だ。
二階には使用人や客人のための部屋とヘルマンの書斎、そして三階同様に空き部屋がいくつかある。
ちなみに今シャルルが居るこの部屋は客用の部屋だ。
そして一階。ここにはシャルルが最初に通された応接室のほかに、食堂と厨房、洗面所やトイレ、そして風呂があり、風呂は洗濯場も兼ねている。
食事は朝昼晩の三食で、おおむね午前7時、正午、午後6~7時くらい。基本的にその時間に食堂で、屋敷に居る者全員で一緒に取るのだという。
風呂は洗い場こそ広いが湯船はあまり大きくない。ちなみにゾフの村長宅とは違い直接沸かすタイプではなく沸かした湯を貯めるタイプ。設置された魔法道具を使えば追い炊きも可能だ。
ヘルマンは数日に一度くらいのペースで湯を張ると言っていたが、シャルルが魔法で湯を出すから毎日張っても良いかと聞くと喜んで了承された。
そして庭。低い柵に囲まれたそこはそれなりの広さがあり、薪などを置いておくための小屋や花壇などがある。
それなりに快適に過ごせそうだな。そんな事を思いつつしばらくくつろいでいるとノックの音がした。