モテすぎて女嫌いになった王子に婚約を申し込まれました。妃の座には興味ないので溺愛されても困ります。婚約破棄?それは……
私は今、非常に困っていた。
「ああ、愛しのニーナ。私のためにわざわざ来てくれてありがとう」
「殿下……ご機嫌麗しゅうございます」
この国の第一王子、エルンスト殿下は誰もが憧れる見目麗しい美男子で、とても綺麗な金髪碧眼の、絵に描いたような王子様。
その婚約者の座を射止めようと、彼には昔からたくさんの貴族令嬢たちが群がっていたらしい。
そのせいでこの王子は物心がつく頃にはすっかり女嫌いになってしまったそうだ。
それでも立場上結婚しないわけにはいかない王子に、国王は舞踏会を開いて気に入る令嬢を自分で選ばせることにした。
この国の未婚の高位の貴族令嬢たちは基本全員が強制参加させられることになり、伯爵令嬢である私も例外なく参加することになった。
ただし、私は王子の婚約者というポジションに興味はない。
ほとんど命令のようなものだったから、親の手前仕方なく参加しただけ。
だからパーティー中も王子とは踊らず、形式上だけで一目挨拶をすると、あとはずっとご馳走に夢中になっていた。
王宮の料理は本当に最高!
このためだけに来た甲斐があったわ。
そんな感じで、なんとか王子の目に留まろうと必死に自分をアピールするご令嬢たちの中、王子そっちのけで食事を楽しんでいた私を、なぜかこの王子は気に入ってしまったらしい。
「――君は確か、ポンメルン伯爵のご令嬢、ニーナだったね」
「……はい?」
上質なラムチョップにかじりついていたら、背後から名前を呼ばれた。
そういえば辺りが変にザワついてるなぁと思って振り返ったら、そこにはエルンスト王子の姿があった。
「その料理、気に入ったかい?」
「……っ、殿下!」
王子の目が私に向いていることに気がついたのは、そう言われた3秒後だった。
慌ててラムチョップをお皿に置いて立ち上がり、膝を折って頭を下げる。
「失礼しました、大変美味しゅうございます……!」
「そうか、それはよかった。……顔を上げて?」
クス、と笑う声が聞こえてそっと姿勢を正すと、王子がハンカチを手に私の口元へと伸ばした。
「うん。綺麗になった」
「…………!」
まるで物語に出てくるお姫様になった気分だった。
この王子様、確かに容姿端麗でまったく隙がないくらい美しい。
恋とか愛には興味のない私ですら、口元を拭われて一瞬見とれてしまった。
「ニーナ・ポンメルン。どうか私と結婚してくれないか?」
「えっ……?」
そして王子はその美しい瞳を私に向けたまま、そこに跪いて手の甲に唇を押し当てた。
その後のことはもう、あんまり記憶がない。
なんと返事をして、どうやって帰ってきたのか、よく覚えていない。
ただ困ったことに、まったく興味のなかった私が王子の婚約者として選ばれてしまったようだった。
*
――その日、王子に呼ばれた私は応接室にて彼と顔を合わせていた。
護衛騎士も一緒だ。
「ニーナは今日も美しい。君には飾らない美しさがあるね」
「……はぁ、ありがとうございます」
うっとりとした視線を私に向けて、言われたこともないような言葉を囁くエルンスト殿下。
いやいやいや、あんた女嫌いなんじゃなかったでしたっけ?
ほぼ一目惚れのようなもので結婚相手決めちゃっていいの?
っていうか私のことよく知りもしないで好きになるとか、本当は惚れやすいでしょ。女好きでしょ。自分に振り向かない女を落としたいだけでしょう!!
というツッコミのオンパレードを、やわらかくお伝えしたら、そこがまたいいと言われた。もしかしてマゾなのかしら。
……困ったわ。
「エルンスト殿下! 陛下がお呼びです」
「愛しのニーナと話をしていたというのに……まぁいい。結婚すれば毎日会えるのだから。すまないね、ニーナ、少し外すよ」
「どうぞどうぞ、ごゆっくり。いってらっしゃいまし――」
従者に呼ばれて、王子は部屋を出ていった。
私は肩の力を抜き、はぁぁぁと深く息を吐いた。
「ねぇ、マティアス。あなたから王子に言ってよ」
「何を?」
騎士と二人きりになったところで、ダラりと気を抜いて声をかける。
この騎士、実は私の幼馴染。
「素直に自分のこと好きになってくれる女と結婚したほうがいいですよって」
「本当に嫌なのか。殿下との結婚」
「嫌に決まってるでしょう? 王子様と結婚するのは、本の中のヒロインだけでいいのよ。現実には無理」
つい気を許して本音を語れば、マティアスは少し動揺しながら人差し指を自分の唇に当てた。
「バカ……っ、おまえ、声がでかい!」
「大丈夫よ。むしろ聞かれて嫌われたい」
「……はぁ、エルンスト殿下との結婚なんて……みーんな憧れてるってのに、おまえは本当に」
そう言って、マティアスは溜め息をついた。
私は物語の中のラブロマンスは大好き。
悪い魔女に呪いをかけられて眠ってしまったお姫様に、たまたま通りかかった王子様が「なんと美しい娘だ……!」とか言いながら勝手にキスして目覚める……なんていう、とんでもなくチャラい行為も、物語の中でなら許されてしまう。キュンキュンする。それはなぜかって? 物語の中ではそれが真実の愛だと保証されているからよ。
だけど、現実に一目惚れでいきなりちゅーしちゃうような男がいたら、たとえ王子でも私は引っぱ叩いてしまうと思う。
それに、そんな男はどうせまたすぐに違う女に惚れるに決まってる。
「……まぁ、殿下は羨ましいよ」
やれやれ、といった感じで本音をこぼしたマティアスは、何故か見た目は悪くないのにモテない残念騎士。
エルンスト王子とは真逆の、黒髪短髪で筋肉ムキムキ。いかにも騎士です! って感じの男くさい人だけど、こういう男らしくてたくましい人が好きって女性も多いと思うんだけどな。
伯爵家の次男で、近衛騎士だから腕もいい。社交界にも積極的に顔を出している。でも婚約者どころか、恋人すらいない。
「マティアスは、まだ婚約者が決まってないんだった?」
「ああ。やっぱり次男だからだな」
「どうかしら? あんたはガツガツしすぎなんじゃない?」
「そんなことはない! 俺はちゃんと紳士だ。やっぱり次男はモテないんだよ」
「……そういえばアーベル伯爵家の次男、結婚が決まったんですって」
「う……っ」
「シューア侯爵のところの三男も」
「ううっ……もうやめてくれ……」
現実の男姓にあまり興味はないけれど、マティアスをからかうのは好き。
愛嬌もあるしいい人なのに。本当に何がいけないのか、私にもわからないわ。
「ニーナ、待たせたね」
「いいえ、お忙しいようでしたらまたにしますよ」
そこで、王子が戻ってきた。
私とマティアスは同時に姿勢を正す。
「ふっ……拗ねないで? 君のために急いで話を終わらせてきたんだ」
「うふふ、ありがとうございます」
別に、拗ねてないです。
「まだ時間はあるかい? よかったら庭園を散歩しないか?」
「……えーっと、用事があったような……なかったような……」
「大丈夫なんだね。それじゃあ行こうか」
「……はぁ」
と、まぁ。こんな感じで非常に溺愛されている。
この王子が女嫌いって言った人、誰?
*
それから3ヶ月が経った。
その日は王子と私の婚約を発表するためのパーティーがあり、私はとても憂鬱な気持ちで登城した。
「浮かない顔だな」
「そりゃそうよ。今日私たちの婚約が発表されたら、本当に結婚しなきゃならないでしょう?」
「……まぁ、そうだよな」
出迎えてくれたマティアスに、本音をこぼす。
ああ、神様。何かしらの奇跡が起きてこの婚約が無くなりますように……。
バチが当たりそうな神頼みをしていたら、ふとマティアスが立ち止まった。
「……? どうしたの?」
「そんなに嫌なら、俺と――」
マティアスが珍しく真面目な顔で何か言おうとした。
その顔を見つめていたら、突然「ニーナ様!」と慌てた様子で私を呼ぶ声が聞こえて、二人でそちらを振り返る。
「はい、どうされました?」
「たたた、大変です! 殿下が、エルンスト殿下が……!!」
「……?」
殿下がどうしたの? 緊張しすぎてお腹を壊したとか? それなら今日のパーティーは中止ね!
なんて呑気なことを考えていたら、その人――エルンスト殿下の侍女が廊下に響き渡るほどの大きな声で言った。
「殿下が、あなたとの婚約を破棄するそうです!!」
「「え……?」」
マティアスと二人同時に声を上げると、辺りがシン――と静まり返った。
「……本当に?」
「はい、つきましては――!」
侍女は困った顔で続けて何か言おうとしたけれど、その後ろから「ニーナ」と私を呼ぶ、刺々しい殿下の声が聞こえた。
ハッと肩を揺らす侍女。
「聞いたかい? 私は君との婚約を破棄することにした」
ついこの間まではとっても甘い口調で私に話しかけていたのに。今はとても冷たい。
「……どういったお心変わりが?」
「君には悪いが、やはり私は公爵令嬢のソフィと結婚することにした。元々彼女が第一候補だったんだ」
へぇー。それはそれは。おめでたいですね。殿下の頭が。
「しかし、なぜ急に……!」
思わず口に出てしまった、というようにマティアスが声を上げ、殿下の鋭い視線に慌てて頭を下げる。
「……まぁいい、教えてやるよ。私は今まで彼女の魅力に気がついていなかったんだ。だが離れてみてわかった。彼女はとても魅力的で、誰よりも私のことを想ってくれていると……!」
「へぇ、そうですか」
これが王子じゃなかったら、たぶん私は「だから言ったでしょう!!」と言って一発殴っていたと思う。
ともあれ、私の願いは神様に届いたわけだ。
万事解決。みんな幸せ。とてもよかった。
「そういうわけだから、帰っていいぞ」
「はい! 失礼します」
確かに最近は王子と会っていなかったけど、こんなに人が変わるなんて……ちょっと信じられない。
女嫌いだと言われる理由はこの態度ね。
好きではない女性にはこういう態度を取る男なんだわ。
やっぱり一発殴りたい……。
王子との婚約がなくなってすごく嬉しいはずなのに、なぜか手が震える。
あれ……? なんかめちゃくちゃ悔しいかも……。
さっさと踵を返して行ってしまった王子の背中と、丁寧に頭を下げてその後を追う侍女を見送りながら、私はマティアスの隣で込み上げてくる感情をぐっと堪えた。
「……よかったな、殿下との婚約がなくなって」
「うん。本当にね」
ムカムカする気持ちをここでは爆発させちゃいけないと思いつつも、淑女らしからぬ足取りになっている。
「……大丈夫か?」
「何が? 大丈夫に決まってるわよ。本当に嬉しい。よかった。最高の気分!!」
「……」
どこまでもついてくるマティアスにすら、少し鬱陶しさを覚えた。完全に八つ当たりだけど。
「ちょっと来い」
「なによ……!」
まっすぐ馬車に乗って帰ろうと思っていたのに。マティアスにぐい、と腕を引かれてそっちとは反対方向に連れていかれる。
「マティアス!ねぇ、どこ行くの!?」
ズンズン、と私よりも長い足で大股に歩くマティアスについて行くには、小走りになってしまう。
マティアスがモテないのは、こういうところね。女性のエスコートの仕方をわかっていないんだから!
なんて考えながら、大きな背中を睨みつける。
……本当に、大きな背中。それに、マティアスってこんなに背が高かったっけ? ついこの間までは私と同じくらいな気がしたのに……いや、もう随分前から私より大きかったか。
少しガサツだけど、男としては十分魅力的だと思う。次男だけど立派な騎士だし、モテる要素はたくさんある。
本当に、どうして恋人がいないのかしら――。
じっと彼の背中を見つめていたら、マティアスは突然歩みを止めた。
「わっぷ!」
私の足は急に止まらないから思いっきり彼の背中に突っ込んでしまう。
「ああ、悪い。大丈夫か?」
「もう、急に止まらないでよ……!」
文句を言おうと彼を見上げたら、振り返った彼のたくましい胸の中にそのままぎゅっと抱きしめられた。
突然何事かと、心臓が跳ね上がる。
「ここなら誰もいないから、思いっきり叫んでもいいぞ」
「え……?」
「ほら、溜まってるものがあるだろ? 言ってしまえ!!」
「……」
彼の騎士服に顔を埋めたまま、お言葉に甘えて叫ばせてもらう。
っていうかマティアス、意外といい匂いがする。
「……馬鹿殿下!!!」
「うんうん」
「この、勘違い女たらし野郎!!!」
「うんうん」
「だから最初からそうしておけって言ったのよ!!!」
「うんうんうん」
私の叫びは、マティアスの身体が……騎士服がしっかりと受け止めてくれて、遠くへは響かない。
「モテるからって調子に乗るな!!」
「そうだそうだ」
「裏表あり過ぎて引くわっ!!」
「その通りだな」
「っていうかそもそも全然私のタイプじゃないし!!」
「そうだよなぁ」
「マティアスのほうが百倍いい男!!!」
「そう…………えっ?」
「え?」
興奮のあまり、勢いに乗って変なことを言ってしまった。
マティアスは私の肩を掴んでばっと身体を離し、見つめてきた。
やばい……! つい!!
なんでマティアスには恋人ができないんだろうとか、結構いい人なのよね、なんて考えていたから。
それに、嬉しかったから。
こうやって私に付き合ってくれて、私の気持ちをわかってくれて……。嬉しかった。
「うん、そうよ。マティアスのほうが百倍格好いいから、すぐ恋人でも婚約者でもできるわよ!」
誤魔化すように笑いながらそう言ってみたけど、なぜかマティアスは真剣な表情で私を見つめていた。
肩に置かれている手が離れない。
「……マティアス? ありがとう、もうすっきりしたから大丈夫よ……?」
彼のこんな表情は珍しい。
真剣なのに頰が少し赤くて、何か言おうと口を薄く開いている。
「ニーナ!」
「はい……」
「君がなってくれ! 俺の恋人に、婚約者に!!」
「……え?」
そうして告げられた言葉に、一瞬意味がわからなくて聞き返す。
「俺と結婚してほしい!」
「……聞こえてた。そうじゃなくて……、本気?」
もう一度言われて、さすがにその意味を理解する。
「本気だ!! 俺はずっとニーナのことが好きだった! だがニーナは恋愛事には興味なかったから……その気が起きるまで近くで待っていたのに、殿下が婚約を申し込むから本当に焦った……」
ずっと私を好きだった? そんなの初耳なんですけど……!!
「でも、殿下との婚約に反対してる様子はなかったじゃない」
「そりゃあ、相手が第一王子ならな。殿下は本当にニーナのことが好きだと思っていたし、幸せになってくれるなら……と」
「そんな……」
「だが、すごく後悔していた。もっと早く俺が告白していればと……そうしたらニーナが殿下に見初められることもなかったのかもしれないと……」
私の前で終始真剣に愛を伝えてくれているこの男性は、私が知っている幼馴染のマティアスとは少し違った。
マティアスがこんなに男らしい顔をするなんて、知らなかった。
「あなたも、私が手に入ったら他の人のところに行くんじゃないの……?」
「行かない! って、今は言い切れるけど、そればかりはなんとも言えないな」
「何よそれ、こういうときは「絶対行かない!」って言い切るものよ? だからマティアスはモテないのよ!」
いまいち決まりきらない彼に、返事をするタイミングを逃してしまう。
だけど、
「あのな、俺はそんなにモテないこともないんだぞ? 交友関係を広げるために社交界には積極的に参加していたが、俺の心はニーナだけのものだったから」
「……本当に?」
「ああ、過去のことは本当だと言いきれる!」
堂々と自信満々に言い切るマティアスは、ちょっと可愛かった。
「これからもそうじゃないと、殴るわよ?」
「ってことは、オーケーしてくれるってことか?」
「一生私一筋ならいいわよ」
「その答えは、俺たちがじいさんとばあさんになったときに、もう一度聞いてくれ」
「……そんなに待てないわよ、バカね」
いまいち決まりきらないけれど、誠実で嘘をつかない彼が好き。
この〝好き〟は、彼の言う〝好き〟と同じなのだろうか。
でも、マティアスの前では私は自然体でいられる。
「……こんな人、あなただけよ」
「ん? 悪い、聞こえなかった」
「なんでもない」
にこりと微笑んで、少し背伸びをして。
頰にちゅっと優しく口づけたら、マティアスは顔を真っ赤にした。
――ちなみにエルンスト王子は元々の婚約者候補であるソフィ嬢に婚約を申し込もうとしたけれど、彼女は王子が私に求婚したあと、別の相手と婚約していたらしい。
今更戻ってこいと言われてももう遅いとは、まさにこのこと。
もちろん私も、マティアスと婚約するから絶対に戻らない。
自分になびかない女姓しか愛せないって、最大の不幸だと思う。
たぶん彼は一生幸せになれない。
ほんっとうにかわいそう。
……ざまぁみろ。
まぁ、私の知ったことではないので、よしとする!
他の女には冷たいのに一目惚れしたとか言って溺愛してくる奴は信用ならないよねっていう話。笑
かく言う私も一目惚れものも溺愛ものも書いてます。
一途でテンプレな溺愛もの、本当は大好きです!!
気分転換に書いたお話でした。
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