81 失陽の獣
書いてるうちに何が何だか分からなくなって……おかしい部分があったら教えて貰えると助かります。
あと、もう少しで……3章が終わる筈……?
即席で張った結界を、内側からさらに強度を上げる。即席の物から、上位の結界にしていく。イメージするのは以前ユフェリスが使っていたアブソリュートなんとかってやつだ。
絶対、なんて付くくらいだから相当上位な魔法だったのだろう。しかもあれは精霊魔法じゃなかった。
正直仕組みはよく理解できないけど、今出来る範囲での最硬度の結界を構築する。
私がここにいなくても自立展開していられるくらいの結界を一から作り上げる。『万能者』で結界系の魔法を検索することも出来るだろうが時間が無い。
私たちをドーム状で覆う結界に手を触れて、まずは高濃度の魔素でコーティングする。次に聖属性を付与し、浄化の効果を促す。
私たちの攻撃の余波でも壊れかねないので、魔力分散の効果と単純な魔法攻撃への耐性を底上げする。
さらに結界自体を風魔法で覆い、物理攻撃への耐性を整える。物理攻撃と言っても、勿論直接的な攻撃から木や岩の破片、暴風などの二次的な効果を阻害するものだ。正直結界にそのまま殴り込みをかけるようなことはユフェリスはしないと思う。
「それじゃあ、結界も張り終わったことだし、そろそろ始めようか」
「……大人しくしているつもりは無いんですね」
「当たり前じゃん?そんな簡単に世界が滅びるのを静観できるほど、私はお淑やかじゃないんだわ」
新たに手に入れて、先ほどのヴァルパとの戦いでも使わせてもらった『自然操作』のスキルを使い、天候や地形などを駆使して戦いを始める。
一見して、支配から操作へとスキルの格みたいなものは落ちたように感じるが、実は違う。
『森林支配』のスキルが操れるのはあくまでも植物のみ。地形から天候、およそ自然という自然を操作できるようになったこのスキルの方が圧倒的に有用なのは言うまでもないだろう。
少し範囲が狭いというのが難点だが、それでも大規模魔法を使って天候操作の真似事をするよりも断然いい。何せ、これは本気の天地鳴動に等しいのだから。
「炎には、まずは雨だよね?」
生み出した積乱雲は激しい落雷、暴風を伴いながら、さらに規模を増していく。
「そんな雨では、僕の炎は……まさか?」
「だから、やるからにはとことんやるって。嫌がらせなんだから、嫌がらせ無いと意味ないでしょ?」
ただ雨を降らせるだけじゃ何も意味が無いのなんて分かっている。
だって、敵は魔王ですら足元にも及ばないであろう絶対者。『万能者』による鑑定結果は私と同じ聖霊だと出ている。
つまり、少なくとも私レベルの力はあるのだ。あの化け物を、魔王を捻るように一蹴した私と同等なのは確定。それでいて私ですら全く及ばないほどの魔力量。それは今も尚増大し続ける。
理屈なんて、そんなものが通じる相手ではない。
ただの雨で弱るなんてある筈がない。ならなにが通じるのか?
そこでキーになったのが、災厄という言葉だ。
ユフェリスは自身を災厄だと言った。呪いと同じように、まるで同質の何かであるというように。
呪いに聞いたのは聖属性。それも、かなりの聖の力が高いもの。
あの日、あの呪いを一時的に浄化したのは私の全霊を振り絞った『再生』の力だ。
『再生』の力はあれから色々と調べていくうちに聖属性のものと性質が似ていることが分かった。完全な同質ではないのが疑問だが、それでも聖属性が効くとみたわけだ。
「それも大方予想通りってわけね。まあ、この程度で弱まるとは思ってないけどさ」
「ええ。この程度では弱まりませんよ。ですが、進化したてでその力の使い方……全く、流石としか言いようがありませんよ」
そう嘘のない優し気な表情を向けて来る。
だが、正直これはたった今閃いたものだ。ほぼ確証もないままに形にしたに過ぎない。
そんな穴だらけの目論見は、一瞬にして無駄だと証明される。もちろん、こんなのが通用するとは思ってはいなかった。
いなかったけど、せめて少し弱体化とかはしてくれても良いんじゃない?
ユフェリスは私を殺す気が全くないのか、私の行動にもさしたる不快感すら見せない。
まあ、それもそうだろう。
ユフェリスの話をまとめると、要は世界の命だけを剝ぎ取って、あとは私に丸投げしようって事だ。
世界を初期化した、何もない枯死した大地で、私が『再生』の力を以て新しい世界を始めることを望んでいる。そう言う事なのだろう。
だから、ユフェリスは私に返すと言ったのだ。
はっきり言ってそんな責任重大なものを私に押し付けようとしないで欲しい。なんで滅ぼさない方向に話を持っていけないのだろうか?
本当は駄目なのだろうが、それでもまだ世界征服とかの方がマシだ。というか、ユフェリスの動機――といっても聞いて分かる範囲だが――なら、確かにそれも良いのかもしれない。復讐は何も生まない、なんて言葉があるが、正当な復讐ならば私はそれは良いと思う。
だって某漫画でも言ってるじゃないか。
――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ、ってね?
それはまさしくその通り。
殺人未遂を起こした人間が、標的に逆に返り討ちにされようと、それは当人の責任だ。そこに復讐もやり返しも何も生まない、なんて言われてもそんなのは綺麗事でしかない。
だからこそ、ユフェリスには権利がある。
この星の生命を焼く権利が。
子供に罪は無い。過去の事を掘り出されても困る。
人間は馬鹿だからそういうことを言うかもしれない。いざユフェリスと対峙して、私が人間側だったら、そういうかもしれない。
それでも、ユフェリスからしてみれば全部同じなのだ。親も子も、祖先も子孫も。
たぶんユフェリスからしてみれば、みんな等しく害虫なのだ。
考えてもみればその通り。子供に罪が無いからと言って、人間は部屋に繁殖したゴキブリと共存していきたいなんて思わないだろう。親が勝手に生んだものだから子供に罪は無いんだと、殺しもせずそのまま一緒に過ごすはずがない。何故なら、害虫だから、不快だから。
そう、どうせ全部綺麗事。その場凌ぎの聖者ごっこだ。
そして何より、ユフェリスには不快以上に感じるものがある。
裏切られた憎しみがある。正当な理由がある。
人間の様に、ただ不快だからなんて薄い理由じゃないだろう。
あの目を見れば、先ほどの言葉を聞けば、嫌でも少しは考えられる。
だからこそ、ユフェリスの考えは当然だともいえる。
それに、元々そうあれかしと生み出されたものらしい。ならばそれを否定するのはユフェリス自身を否定することになる。
生命は、人はこの星に住まわせてもらっているのだ。
それなのに星の気分を害した。だから間引きされる。当然だ。借りている土地を滅茶苦茶にされて怒らない地主はいないだろう。
だからこそ、この星の生命は、人間を私は庇う事は出来ない。
そこまで罪深いのだと、他ならぬ星自体に認められてしまったからだ。
でも、やっぱり、滅ぼされるのは嫌だ。
働きたくない、めんどくさい、なんで私が神様の真似をしなきゃいけないのか、本当に意味が分からない。
だから私はユフェリスに手を貸せない。
これが世界征服だったら、手を貸しても良かったかもしれない。
これが、もし私に頼まれたものじゃなかったら、私はまだ文句を言いながらも我慢できたかもしれない。
それでも、私がやらなきゃいけないらしいから。私に求めて来るのだから、私はその手を全力で振りほどく。
だって面倒だし、嫌だし、世界乗っ取った方が手っ取り早い気がするし、何より楽だ。
きっとユフェリスには分からない。
あの、『再生』を使った時、すっごい怖いんだわ!?
なんか目の前真っ白になって、死ぬんだよ?自殺だよ?
そんな、世界の為に命を奉げろ、なんて言われても、世界を見た事も無いんだから奉げる価値があるのかどうかすら分かんないっての。
森になら、まあ渋々賭けても良いのかなぁーとは思う。
でもさあ、まだ見た事も無いものの為に全てを賭けろって、そりゃ横暴じゃありゃせんかい?
私だって生きてるわけだし、心はあるし、何なら前世は人間でただの面倒くさがり。隙があればサボってばっかだし、辛い事からは極力逃げていたい。というか、脱兎の如く何事からも逃げていたのが私だ。逆に逃げださなかったことは無いくらいだ。
だから、私はユフェリスには賛同できない。
ユフェリスが間違ってるとは思わない。そんなことが言えるほど私は何かを知ってるわけじゃない。
なら、私にあるのはただの私欲だ。
別に大した私欲じゃない。お金が欲しいとか、誰かの上に建ちたいとか、この世の支配者になりたいとも思わない。
ただ楽しくありたい。
ただ安らかでありたい。
ただ美味しいものを食べたい。
ただ笑顔でいたい。それだけだ。
つまるところ私は楽してそれらをしたいわけだ。
まあ、楽とは言っても必要最低限の事はする。
でも、そのために世界に全てを奉げるなんて、そんなの本末転倒だし、まず奉げる義理も無い。
「まあ、行きつくところはやっぱりそこだよね……ユフェリス、せめて世界征服とか、そのくらいで留める気は?」
「ありません。そもそも、人間たちを前にして、この衝動が抑えられるはずもありませんから」
「だよねー。ま、じゃあ、もう少し粘りますか」
「幾らやっても、無駄ですよ。今のルア様では、僕には何も出来ません」
何も出来ない。言い切るたぁ、大層な自身だ。
ま、事実私には何も出来そうにないんだけど、なぜか何か大丈夫そうな気がするのだ。
行ってしまえば、極限状態の解放感というか……思い出すのは中学の頃にやっていた部活の事。色々とやってた私だが、実は部活は陸上部に入っていた。
私の種目は長距離。大会とかは精々五から十キロ程度だったけど、練習ではその倍近くを走っていた。
そして、唐突に感じるのが、謎の万能感とも言えない何かだ。
単純作業の極致のようなその行動を何十キロも続けるからか、半ばおかしくなっていたのだろうが、今もそんな状態に近い。
別に何が変わったわけではない。ただ目の前には終わりが近づいているだけ。
それに少しでも近づかないように、今は逆方向に必死に走っているだけ。
「まあ、でも……なんか今なら何でも出来る気がしてきたわ」
そして、そんな私の万能感を裏付ける出来事が、そこで起こる。
突如、ユフェリスの炎が弱まった。
先ほどから掛けている私の魔法が効いたのかとも考えたがそうではない。
単純に、ユフェリスのその炎が陰っているのだ。
「これは!?な、なんだ!?」
「……敢えて終末を選ぶか、ユフェリス」
そして、さらに驚くことに、ほんの一瞬。瞬きを一度しただけのその刹那の時間の間に、先ほどまではいなかった筈の銀郎――ハティがそこにいたのだ。
「は、ハティ?」
「はい。そして、申し訳ない事に、私はルア様に隠していたことがございます」
そう言って、中型犬程度の大きさしかないハティは、私のすぐ目の前で背を向けながら座っている。
そして、そのままあり得ないほど濃密な霊気を解放する。
「え、なにこれ?」
「私は、実は転生体なのです」
「転生体?」
「はい。私は以前、エイン様とそのご友人であられるレナ様に仕えておりました」
凄い衝撃の事実がそこで明かされる。
いや、なんか結構さっきからいろんなことが明らかになってるんだけど、もう何がなんだか分からなくて驚き疲れてしまってる。
「私の話は長くなりますので……あとはレナ様からお聞きになってください。私は、あの者を」
オーラを解放したハティの姿がどんどんと巨大化していき、やがて今の私の背丈の二倍ほどまで成長する。
その大きさは普通の狼にはあり得ない、威風堂々たる佇まいだ。
輝くような銀色の毛が、ユフェリスの漆黒の光を跳ね返す。
「その姿……そうですか、やはりテティは……レナ様が」
「然り。そして、そなたを黄泉へと誘うために、我はここにいる。一つ、一つ問おうユフェリス」
「なんでしょうか?」
「なぜ、そなたは主の願いを足蹴にし、契約を違えた?たとえその憎悪が正しかろうと、その行動は主への反逆だ。それを、なぜ誰より主を愛したそなたが?」
「……そんなの……」
そこでユフェリスの言葉が途切れ、しばしの沈黙が流れる。
「愛しているから。それ以外に言葉が、必要かな?」
「……なるほど。レナ様が歪んでいると言う訳だ」
怜奈が?そう言えばハティも怜奈とあったのだろうか?
っていうか、なんかこんな凄そうなハティさんとユフェリスの口から怜奈の名前が出るとむず痒いものがあるな。なんか、自分の親友が、こう有名人になったみたいで嬉しいやら気恥ずかしいやら。
「歪んでいる、か。あの人は昔から言葉が少しきつい。エイン様は優しかったのに、僕は少し苦手だったよ。レナ様がいると、なんでか気後れしてしまうんだ」
「……」
「おいおい、せっかくの再会だ。とはいえ、さっきも話はしたけど」
「まあ、この姿は実に数万年ぶりか」
ユフェリスの先程までの激しく、煮えたぎるような漆黒の炎陽が今はその勢いを抑えられている。
ハティの力なのだろうが、いまいちよく分からない。
なぜハティにそんな力があるのか、というかハティの力が何なのか、皆目見当がつかない。
聖属性魔法は効くには効くが、有効打にはならなかった。
ハティが私以上の聖属性による攻撃手段を持っていたのなら、可能性はありそうだが、それでもあんな恒常的に力を抑えられるだろうか?
そう考えると思いつくのは相性問題だ。
それも、属性や魔素の話ではなく、二人の、それも根底のものだ。
よくゲームやラノベじゃ、存在自体が抑止力になるものも少なからずあった。
何かを抑えるために造られたパターンだ。
それに当てはめれば、何とか納得は行く。
つまり、ユフェリス相手の抑止力がハティと言う訳なのだろう。
まあ、それもよく分からないんだけどね!
「僕はもう少し話をしたいんだけど……」
「そうしているうちに、そなたは力を増してゆく。いずれ、我にも喰えぬほどに。それまで待つほど我は馬鹿ではない」
「そうかい?つれないな。ほんと、一気に形勢逆転だ。よりにもよって、“スコル”なんて、ね」
スコル……どこかで?
そう考えて、考えて、ハティ?スコル?
あのハティの名前はスコル?元の名前が?
私がハティと名付けたのは狼だから。何故狼だからか?
それはオタク知識の宝庫でもある神話からとったものだから。
北欧神話。太陽と月を追う二柱の神狼。
かの有名なフェンリルが鉄の森の女巨人との間に生まれた二柱の天災。
私はそこからハティと名前をとった。それはたまたま偶然。ただかっこ良かったから。
でも、この世界には私よりも先に怜奈が来ている。
別に単なる偶然かもしれないが、ユフェリスの存在が太陽のそれに酷似していると考えれば、その結論にたどり着くのは当然だ。
「ハティ……いや、スコル?」
「この名前は、実はレナ様に考えていただいた物なんです。名前の由来も聞き及んでおります」
「なるほど。確定だね」
そう。つまり怜奈は遅かれ速かれこうなるかもしれないことを危惧していたらしい。
ユフェリスの力も考慮して、その名前を授けたのだろう。
幸い、エインさんとやらは怜奈のお友達らしいし、ユフェリス特攻の能力を付与できても何ら不思議はない。
だからこそのスコル。陽を追い、やがて呑込む者。
本当に我が友ながらセンスが全く以て同じとは……流石だよ。
「色々とまだ話していたいですが、アレはもう放ってはおけませんので」
「分かってるよ。ま、私なんかじゃどうにも出来ないわけだし、ちょちょっとやっちゃってよ!」
「またご冗談を。そこまで簡単には行きませんよ。ですが、それが私の使命ならば、我が全てを以てお誓いいたします」
ハティ改め、スコルはそこで大きく咆哮をあげる。
宙に罹った分厚い雲がその一声で散っていく。
陽の光を隠すものは無く、また光が差し込んで……来ない。
空は今も澄んだ綺麗な青色をしているのに、太陽の光はどこにもない。
「概念侵蝕……」
「そう。我がいる限り、この空間での陽の存在は消滅する。陽の権能の一部を有するそなたでは、力を全力行使することは出来ないでしょう。いや、元から全力は出せませんか」
「……分かっていたのかい?」
「当たり前でしょう?」
二人はしばらく睨み合う。
地面に座ったまま、未だ動かないスコル。しかしその体からは凄まじいまでのオーラが放たれ、その力の強大さがよくわかる。
やがて、ユフェリスが痺れを切らしたのか地上のスコルに向かって飛ぶ。
その速度は音速にも達し、常人にはもはや目で追う事すら不可能なものだ。
ユフェリスの赤黒い炎を纏った貫手がスコルの体を捉えて……その体はまるで陽炎の様に揺らめきながら消えていく。
「幻影……最初から偽物ですか。流石、元が幻霊なだけあるね」
「力を取り戻したそなたを相手に、本体をそう易々と見せるわけがないでしょう?」
「そうだよね。君はそういう性格だった、よね!!」
次々とスコルの姿が周囲に現れる中、それらを漆黒の太陽が燃やし尽くす。
あまりに規格外な戦闘。今の私ではどう足掻いても届かない領域。
ここまで力の差があり過ぎるとなんかもう悔しいとか感じない。
「あと、あともう少しなんだ!!なんで君まで邪魔をする!?この世界の生命が、人間が滅びようと、どうでもいいじゃないか!?寧ろ、僕らの大切なものを壊した害獣を、なぜそこまでして守ろうとするんだ!?」
その叫びにはどこか悲痛なものが混ざっていて、表情は憎悪に染まっているのに、何か悲しげだ。
「君がそこまでの事をするほどの価値があれらにあるとでも?あるわけがない!!あんなにも愚かな、醜い生命は要らないはずだ!!必要ない!!やり直したって構わないはずだ!!違うか!?」
いつの間にか手にされていた一本の禍々しい長剣が、次の瞬間、空気を震わせ、大地を焼く。
泥の海は一瞬で蒸発し、焼け焦げた大地だけがその姿を現す。生命の痕跡はすでになく、炭化した黒い土があるだけ。
世界を焼く。正直内心では信じてはいなかった部分もある。そんな馬鹿げたことが出来るのか?と疑問にも思っていた。
でも、これを見てしまえば疑いはない。
あれは、なんの問題も無く、世界を焼ける。
私はその一撃で確信する。
と、同時にこの力を抑えているスコルの力にも驚愕する。
これでユフェリスは力を大分制限されているのだとか。スコルがいることで、陽の権能はその力を抑えられ、満足に力が振るえない。
だが、それでもその威力は凄まじく、次々とスコルの分身が消されていく。
分身がユフェリスに向かってその咢を向けようとも、次の瞬間には消されていく。
弱体化しているはずのユフェリスは、今もスコルと一進一退の攻防を繰り広げている。
存在自体がカウンターの筈なスコルでさえユフェリスを攻めあぐねている。
それほどまでにユフェリスの力が強大なのだろう。
「確かに、そなたの言う通り。この星の生命は、中でも人間はどうしようも無い。我としても滅びようとも構わぬ」
「なら、なんで僕の邪魔を」
「それが、我らが主の願いだからだ。それ以外に何か必要な事があるのか?人間は憎かろうて。だが、その人間すらも主は愛した。あのお方は、この星の生命を、人間を愛した。最後まで、その繁栄を望んだ。ならば、それでいいのではないのか?」
「なにを……それじゃあ、あの人は、エイン様はいつまで経っても……」
「……自惚れるな、ユフェリス」
「なにを?」
「自惚れるなと言ったのだ。あのお方の真意を、我らが探ろうなどと……思い上がりも甚だしい!!そなたはエイン様に救われた。なら、その事実以外に何がいるのだ!?なぜ、わざわざエイン様の御心に背く真似をする?それが、何よりも罪深い事だと分からぬのか?」
怒気の籠った激しい声が、ユフェリスの心に響く。
「……罪深い。そうかもしれない」
「いいや、そうなのだ。そなたは罪深い」
「は、ははっ。君は、少し性格がきつくなってない?」
「きつくならざるを得ないだろう?」
「確かにそれもそうだ。僕がこんなだから、だから君はこうして。本当に申し訳ない。君にも、この森にも、精霊たちにも……エイン様、レナ様。それに、ルア様にも」
炎がそこでさらに勢いを弱める。
もはや先ほどのような煮えたぎるようなものではない。
まさか、スコルの言葉が響いたのかな?そんな都合のいい話が……あるの?
「……」
「……ない」
「……そうか」
「僕は、もう止まれない。スコル。確かに君の言う通り、僕は罪深い。それこそ、人間よりも尚、ね。でも、だからって、この手を止めることは最初から考えてない。そうやって僕の情に訴えて、僕の倫理に訴えて、僕を引き戻そうと思ったのかもしれない。この森に居る者は、例外的に優しかったからね。君もその例には漏れない。本当に、残念だ。僕は、その手は取れない。他でもない、君自身が言ったんだ。僕は罪深いんだと」
「どれだけ考え直そうとも?」
「どれだけ言葉を尽くしても、僕の意志は揺らがない。これだけの準備を掛けた。時期を定めた。駒を育てた。邪魔になる者の動きをあらかじめ調査した。出来る範囲で間引きした。僕の手は、もうここに至るまでに汚れてしまった。だから、どうあろうとそこには戻れない。僕は僕の罪と共に消えるのさ。だから、僕はどうあろうと負けない。だから、終わりにしよう、何もかも」
そう言って、ユフェリスは剣を空へと掲げる。
すると、その瞬間、パキィッという音と共に空が割れ、陽光が射す。
「こんな場所に隠れてないで、最後はこうして戦うべきだ」
空には雲一つなく、強めの日差しがこの場を明るく照らしていく。
何やら結界に似たような力が張ってあったらしいが、それも今ユフェリスによって破られている。
「そうか。ならもう言う事はない。そなたを喰らい、使命を全うし、そなたのその怨讐に終止符を打とう」
二人はそこで睨み合い、お互いに覚悟を決める。
ユフェリスは、自身の計画に立ちはだかる最も警戒すべきその存在を此処で葬るために。
スコルは、主の為、目の前の友を解放するために。
「“星の怒り”炎の聖霊……ユフェリスの名を此処に、主の慈愛を今還そう。陽は全ての罪を照らし、裁きを下す。終末の海よ、全ての生命を押し流せ!!」
「陽を追い、呑み、喰らう者。我の名はスコル。今ここでそなたを喰らいつくそう」
お互いにそう名乗り、最後の攻撃を仕掛ける。
ユフェリスの握るその剣は、陽光を受けてさらにその魔力を増大させる。
逆に、まるでスコルはその存在が薄くなるようにオーラの解放を辞める。
そして、遂に、ユフェリスの剣が眩い光を放ちながら、膨大な熱量を一点に集中させて振り下ろす。
私のケラウノスよりも圧倒的なその威力は、もはや世界を貫通するのではないかとも思えるほどの威力を秘めており、次の瞬間、私の意識が光の中に消えていくような気がして……
「光を閉ざせ、血を以て染め上げろ……失陽の獣」
最後のその一言と共に、光は消え失せ、陽は血の様に染まった空に覆い隠されるのだった。