70 燻ぶる怒り
一週間ぶりの投稿です。明日少し連続投稿して三章が終わらせられればいいなと思ってます!
「そう、ですか。レインが……」
その場の雰囲気はかつてなく重苦しい。
まあ、元々重苦しい雰囲気なんて無縁な場所だったからかつてなくなんて表現が正しいかは分からないけどね。
とはいえ、状況が最悪なのは変わらない。
「信じたくは、ないわね」
ユフェリスに続くようにレリスまで頭を抱えてぼそりと呟く。
みんな一様に信じられないと言った顔をしている。そりゃあそうだろう。私だって彼女たちと同じ立場なら唖然としてるだろうし。
「それでも、レインが裏切ったことには変わりないよ」
そこでいつもなら空気なんて読まずマイペースに自分のやりたいようにやるテティが無表情で、それでいてとても怒気の感じられる低く重苦しい声で、まるでそれによって場の重力が狂ったかのような、そんな重苦しさを感じる。
「そ、そんなわけない!れ、レインが裏切るなんて!?」
「レインを庇うの?」
動揺するティルシェ。それにテティが冷め切った、まるで死神のような殺意に満ちた瞳でティルシェを見据える。
「あ、っぅぐ……」
「言葉には気を付けて?つい、勘違いしそうになるから」
そんな冷たい言葉を吐き捨てるテティ。そこからはいつものような奔放さや優しさなどは感じられない。
「テティ、少し落ち着いて」
「レリス、テティは落ち着いてるよ。うん。いつもより、頭がすっきりしてるんだ。冴えてるって言うんだっけ?無駄な考えが浮かんでこない。これは、気持ちがいいよ、とっても」
そんな見た事もないテティの様子にさらに誰もが戦慄する。
「そうかい?だけどテティ、その前にこれからどうするかの話を、」
「これから?やめてよユフェリス様。いや、ユフェリス。テティは、君はエインに、精霊たちを頼まれた。違う?」
「それは……」
「なのに、守れなかった。エインとの約束を……リニィとアルマの魂は奪われたよ。なのに何か考える事でも?」
「だが敵はレインだけじゃない。他の亜妖精たちも出てきていた。となればレインの背後には、彼女がいる筈だ」
これからの話をしようというのに、いつの間にか二人の間で会話が進んでいく。
大精霊よりも遥かに長い時間を生きる、そんな二人の誰も知らないような過去の約束の話。
「ヴァルパ……だっけ?」
「そうだ。私が摘まなかった災厄の種が、今、こうやって……」
「……はぁー。別に、そんな異端種が、何か問題?」
「いや、仮にも相手は魔王だ。しかも、妖精。そのうえ亜種ではなく、純粋な精霊の堕転種だ。確かに、精霊としての強さはそこまでだった。だが、魔に堕ちた以上、精霊の基準で測っていい相手じゃない!」
魔王の脅威に対して全く顔色を変えないテティにユフェリスが危険性を訴える。
「だから、それの何が問題なの?」
「……」
「彼女が魔王になったのも知ってる。それはレリスたちも知ってる筈だよ。でも、ユフェリスかテティが相手をするなら問題にならない」
「それは……」
「異端種が生まれても、堕転しても、魔王になっても、テティは口を出さなかった。この森が害されない限りは、それでも良かった。でも、もう見ないふりは出来ない」
「……」
またしてもユフェリスが押し黙る。
テティの怒りはもっともで、それに反論なんて出来るはずもない。
「それよりも、テティはユフェリスが不思議だよ。精霊の王は、この森の平和を何よりも守らなければいけない。その筈なのに、魔王を容認した。そこからして不思議」
「何を……?」
「……前から思ってた。だから、聞かせて。ユフェリス、君は本当にこの森を想ってる?」
不穏な空気が流れ出す。よく分からないが、テティが何やらユフェリスを疑っているのは分かる。
「ああ。当り前さ、テティ。私は、この森を、精霊たちを愛しているよ。エイン様が残した、この森を……」
そこに嘘は感じられない。遠い目をして、懐かしむ様にそう話すユフェリス。
「……そっか。なら、いい」
テティはそれ以降ユフェリスには何も言わない。
私としては二人の関係とかも分からなければ何も知らない。何かを口出しすることも出来ない。
でも、二人の間で何か重大な問答が行われていたのだけは分かる。それが大精霊たちですら知らないような事だということも。
『ま、まあ今はそんな事よりもっと目の前の話をしない?』
二人の空気が最悪なくらい悪くなったところで私は少しテンションを上げてみんなに問いかける。
みんな私の本体の前に円卓を広げて座っている。
『テティとユフェリスの話はよく分からなかったし、それに関してはまだ何かあるかもしれないんだけど、今は、情報共有をしよう。ユフェリスは予想がついてるんでしょ?』
「はい。今回の襲撃の裏にも、そして、以前の魔物の件も恐らく、この森の南西部を支配する魔王ヴァルパが裏で糸を引いているでしょう」
前回の魔物の大群もどうやら魔王の仕業らしい。あんな凶暴な魔物まで操るって、少し魔王を舐めていたかもしれない。
精霊と同等の存在。だからこの森にいたから私は魔王なんて恐るるに足らん!なんて考えていた。それがまさかここまでの相手とは思ってもみなかった。
でも、考えてみればそれもそうだ。そりゃ魔王って言ったって戦闘が得意な者もいれば頭脳派な者もいるだろう。皆が皆脳筋で年中喧嘩をしているわけではないのだ。精霊の逆鱗に触れて国ごと滅んだ魔王だって、もしかしたら弱めの魔王だったのかもしれない。それを基準に考えていたからこそ、私は油断をしまくっていた。
また、大切なものを失った。
『……正直、私もテティと心境は同じだよ。レインを許せないし、出来る事なら今すぐにでも息の根を止めてやりたい』
何も隠すことは無い。私の考えはこの通り。口調も態度も至って普通で、平静を装っている。
でも、心の中まで平静にはいかない。
私の心の中はまるでマグマがドロドロに溶けたように怒りが煮えたぎっている。
『でも、そんな私情に流されたら、また新しい犠牲者が出るかもしれない』
この世界に来て、今まで得られなかった、失くしていた物が次々と戻ってきた。
家族が出来て、友が出来て、守るべき者達も出来た。
前世のようにはならないために。今まで出来る限りに事をやってきた。
それが、今回、思わぬ盲点からその私の想いが裏切られた。
『テティの気持ちはよくわかる。何なら、なぜか分からないけどこれまでにないくらい今凄い頭が真っ白になってる。怒りで、本当に私を忘れそう。だけど、これ以上、私は失うわけにはいかない。これ以上奪われたら、きっと私が私じゃなくなる気がするから』
「ルア……」
もし、テティがこれでレインたちに奪われようものなら、私は溜め込んだ全魔力を以てレイン諸共魔王たちを森の南西部ごと消すつもりだ。
それくらい、私は今までにないくらい怒っている。
「でも、それじゃあリニィとアルマが!」
『テティ、分かってるから』
「え?」
『別に、私は危険だからってテティの思ってることを否定するつもりは無いよ。寧ろ、賛成だよ。ただ、それにも少し順序がある。ただ闇雲に敵に突っ込んでも、被害が大きくなったり、それこそ何が起きるか分からない。敵は魔王。しかも今までの事を考えるにかなり狡猾。だからこそ、敵陣に乗り込むのは、私とテティ、それに後数人で良い』
正直、この前のテティの戦いぶりから考えるに精霊ではテティについて行けないだろう。
精霊、という事にはなっているが、実質テティはそれ以上だ。
なら、他の精霊たちはここに残し、万が一に備えるべきだ。念のためにエルフたちも保護に向かうこともした方が良いかもしれない。
そんな考えを共有しつつ、同行者を選ぶ。
とはいえ、ほとんど最初から決まっている。
『ユフェリス、あんたは……留守番だね』
「……そう、ですか」
『何か不満?』
「いえ。ただ、私がいなくてもよろしいのですか?」
『まあ、テティだし、万が一何かあっても……レリス!』
「は、はい!」
唐突に名前を呼ばれて驚くレリス。
『レリスを連れてくから』
「そうですか。なら安心ですね」
「逆に私はユフェリス様が心配です。ちゃんと仕事しててくださいよ?どこか行ったりしたら駄目ですからね?」
レリスのそんな説教にユフェリスが目を泳がせる。
前科に前科を重ねて真っ黒なユフェリスだから、レリスも凄い念を押している。
でも、そう言うのは後でたっぷりしてもらうことにして、今はこっちだ。
『ま、そう言う事だから。敵は私、というかテティとレリスが叩く。レリスには、数が多い方を頼むことになるから何人か適当に連れて行って!私とテティはレインを見つけ次第、始末する。それで今回は一先ず終わり。魔王がこれ以上何もしないなら私たちも何もしない』
「は?それであんたは本当にいいのか!?仲間が、家族が、リニィとアルマが殺されたんだぞ!?」
ティルシェがそこでもっともな質問を投げかけて来る。
『……確かに、リニィと、アルマは殺された。しかも魂を抜かれた以上、蘇生も出来ない。出来る事なら私だって復讐したい。二人を取り戻したい。でも、それでさらに仲間を失うのだけは我慢ならない』
「それじゃあ、二人は仕方が無いって、そう言うのか?」
『それが私の責任。この森を、精霊たちを、あの日あの時誓ったからこそ、私はこれ以上被害を出すわけにはいかない……悔しいけど、これ以上は何も失えない』
私はもう既に“神樹”になることを宣言してしまった。
この森における精霊たちや、エルフたちのいわば統治者になると、そう決めてしまった。
なら、ここでするべきなのは復讐心のままに敵を殲滅するまで戦う事じゃない。
いかに、被害を出さずに仲間を、彼らを守れるのか。それを考えなければいけない。
はっきり言ってこんな考えは大嫌いだ。少を殺して多を生かす。そんな一殺多生の考えなんて、元一民間人の私にしてみれば吐き気がするほど認めたくないものだ。
何かをするには犠牲が必要なのが世の常で、全部を望むことなんて、それこそ神様くらいしか出来っこない。
それでも、やっぱり選ぶのはきつくて。でも、それでも理想の為には仕方が無い事で、
『ティルシェ、私は“神”じゃない。“エイン”とかいう神様ではないの。ただの普通の木で、ただ前世の記憶があるだけの、少し他と違うだけの木でしかないの』
それは前から訴えていたことで、皆が望む“神樹”を否定する言葉。
でも、それが事実で、それが真実で、私には特別な力なんて何もない。
全能でなければ万能でもない。有能なのかと思えば、それも少し疑わしい。
それもその筈、前世はただの会社員。平たく言えば社畜。
自分の意思なんてそれこそほとんど持たないような無気力人間。
でも、だからこそ、自分の意思なんて持っていなかったからこそできる筈なのだ。私はここで非情になり切る必要がある。
たとえ仲間が殺されても、その犠牲をただの数字として捉える。それが今の私にできる事。
『みんなは私に奇跡を求めてるのかもしれない。全能者だと思ってるのかもしれない。でも、そうじゃないから、皆と何も変わらない。それどころかこの状態じゃ皆にも劣るようなただの木でしかないから。だから、私は、大勢を救うために、少数は切り捨てる』
誰もが私の言葉に押し黙る。
誰も口を開かない。ただただ重苦しい空気がまた立ち込める。
『無能だって、クズだって、そう罵ってくれて構わないよ。でも、最後にこれだけは言わせて欲しい』
ユフェリスが、レリスが、テティが、他の精霊たちが私を見る。
『私は皆を失いたくない。だから、これ以上向こうが何かしてくるなら容赦はしない。こちらから出向くことは無いけど、向こうがやって来る分には対処する。レインの始末は確定事項だし、魔王だって乗り込んでくるなら容赦はしない。ここは私の居場所で、私たちの森だから、領域侵犯なんて私の世界じゃ戦争ものだし、ここを侵すのなら私は絶対に許さない。全力で叩き潰す。だから、これで今は我慢して欲しい』
下げる頭はないけれど、それでも心の中で精いっぱいの誠意を込める。
「テティは……ルアがそう言うなら、我慢する」
「そうですね。私もリニィとアルマの事は悲しいですけど、それが最適だと分かりますから」
「……」
テティとレリスは私に理解を示してくれる。ユフェリスも少し難しい顔をしながらも頷く。
他の精霊たちも皆ユフェリスと同じように頷く。そこには渋々ながらも納得してくれたのかティルシェもいる。
みんなが私の意見に賛同してくれたわけだ。
敵地に攻め込むことは出来ないし、復讐なんて以ての外。出来るのは迎撃ついでの憂さ晴らし。目的の相手が来るかどうかの保証はない。
それでも、根拠はないが必ず敵はやって来ると、不思議な確信がある。
そして、全員が集まり、話し合った日からおよそ三日後。
私の確信通り、レインたちはやって来るのだった。
これ書かないと評価は要らないと思われるらしいので。
面白い、続きが気になる、などなど色々思われた方はページ下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして貰えるとありがたいです。
皆さんのその評価が執筆意欲に繋がりますのでどうかよろしくお願いします!