68 逃亡
今日暑過ぎません?汗が凄いです。
目の前ではこの前の火竜の様に串刺しになったトロールの巨体が横たわっている。
強かったは強かったのだが、種が分かれば一瞬で終わっった。
魔法に対する高い耐性を持ってはいたが、反則的な私のスキルのおかげでこうして難なく倒すことが出来た。使い方は本当にどうかとも思うが、とりあえず倒せたので文句はない。
が、それよりも気になるのはつい先ほど起きた大爆発だ。
テティが言うにはどうやらリニィが魔法の制御に失敗して暴発してしまったのではないか、とのことだ。テティ曰くいつもの事らしい。
あの規模の魔法をぽんぽん暴発させるのがいつもの事って、それはそれでどうなのかとも思うが、それはまあ次の機会に詳しく話を聞くとしよう。
『リニィの気配が消えた?』
ふと、テティがそんな事を呟く。
気配が消えるとは一体どういう事だろうか?
「テティ?」
『気配が?でも、なんで?まさか今ので自滅して?いいや、流石にそんなことは……』
一人でさらにブツブツと考え込むテティ。
今の魔法なら自滅してもおかしくはないとも思う。でも、それはあり得ないのだとか。
私の心は目の前のトロールを倒したことで有頂天に達している。
だというのに、なぜか胸騒ぎは未だに収まらない。寧ろ悪寒が更に強まっている気がする。
この後に本命があるなんて、そんなお約束みたいなのは止めて欲しい。
そうしてまたしばらくすると、またテティが呟く。
『今度は、アルマ!?』
「アルマの気配まで消えたの!?」
流石にそれを聞いて私まで何かがおかしい事に気が付く。
『そ、んな!?なんで!?アルマは、凄い急に!?』
私に分かるのはテティの声だけだ。しかし、その声からテティの表情がすぐに分かる。
恐らくはとても狼狽していそうだ。
「テティ?一体、何が!?」
せっかく森を守ってハッピーエンドで終わろうかと、そう思っていたのに、さらに面倒事が増えていく。しかも今度はただの面倒事じゃない。リニィとアルマの二人の気配が消えたらしいのだ。
テティはどういう訳だかこの森の精霊たちの居場所や気配が分かるのだとか。完全に気配を消されると分からないらしいが、それでも戦闘中などは流石に気配は消せないらしい。
精霊が、それも二人がその反応を消した。
不気味な気配。不穏な空気が漂って来る。
終わったはずなのに、勝ったはずなのに、それはまるで私たちをじわじわと追いつめる泥の様に……
「おっと、遅かったか。やっぱりすごいねテティは。それとも今は神樹様かな?」
一人の精霊がそこにいる。飛んできたはずなのに、視認できる距離になるまで気が付かなかった。
『レイン?』
テティのその声が凄く低く、そして怖い。
確かに、リニィとアルマの反応が消えたとすると、テティは気が気じゃないのだろう。
飄々としたいつものレインだが、今のテティからすればそれすらも目障りに思えるのかもしれない。
「ごめんねレイン。今ちょっとテティ機嫌が悪くてさー」
「神樹様でしたか。テティが機嫌が悪いのはちょっと珍しいですね!」
そう言ってレインは私のすぐ近くまで飛んで来る。
話すのなら近くの方が良いと思い、私も少しレインの方に寄る。
「っ!?」
『なんのつもりかな、レイン?』
私の横まで来たレインが零距離から水槍を放ってくる。
私はそれに反応できなかったのだが、その瞬間にテティが強制的に私との共有を視界だけ限定する。
テティの意識が表に戻り、私の意識が裏になる。
『ちょ、え?どういう事!?』
突然のレインの攻撃に驚愕する私。そんな私を押し込めてテティは瞬時に魔力障壁を展開してそれを防ぐ。
「それで、これはどういうつもりなの、レイン?」
今まで聞いたことが無いような、底冷えしそうな低い声をテティが発する。
「……はっ、あっははははは!」
やがてテティの言葉の後に何がおかしいのかレインがそこで大笑いをする。
その顔はいつものような気だるげでやる気のない表情ではなく、見た事もないような愉悦に満ちたような表情を浮かべている。
「まさか、あの距離の魔法すら防がれるとは思ってなかったよ!神樹の意識が表に出てるなら出来ると思ったんだけどね。ま、そう簡単にはいかないか」
「なんのつもり?」
「なんの、か。何のだろうね?……なんて勿体ぶりはしないよ。その様子だと、気が付いてるんでしょ?ほんと、舐めていたわけじゃないんだけど。それでもやっぱり、僕には荷が重かったってわけだね!テティに勝てるかも、なんて思ったのが間違いだったね。いやぁー、失敗失敗!」
面白そうに、愉快そうにそう話すレイン。
「テティの事を殺して、それでどうする気?」
「それは、この通りさ!」
そうレインが右の手の平を胸の前で広げる。すると、そこに二つの輝きを放つ光の玉が出現する。
正直私にはなんだか分からない。それでも、テティはさっきまで無表情だったのが、その目を初めて見る憎悪に染めて、レインを射殺さんとばかりに睨み付ける。
「レイン、君は、リニィとアルマを!!」
「そうさ、その通りさ!ご明察だよテティ!これは二人の魂。知ってるかい?精霊の魂はとんでもないエネルギーを秘めてるんだよ。人間の魂にして実に数万個分。それほどのエネルギーがあるのさ!」
「それを、どうする気?」
「そりゃあ、これから僕が有効活用するさ。精霊が同族を殺し、魂を弄び、愚弄する。条件はもう整ってるじゃないか!君なら分かるだろう?」
「まさか!?」
私には二人の話が分からない。ちんぷんかんぷんだ。
ただ分かるのはレインが膨大な量のエネルギーを欲しているという事だけ。
「まぁ、ここで君を殺せなかったんだ。諦めて僕はもう帰るとするよ。深追いはしないタイプなんだ!痛い目なんて見たくないからね!」
「テティが逃がすとでも?」
「いや?でも、僕は逃げる事だけに関しては誰にも負けないさ!」
その言葉通り、レインはそこから凄い速さで飛び去っていく。
それを追いかけるようにテティも飛び立つ。いつものような優しさなんて感じられない、そんな濃密な死の気配だけを漂わせてレインの背に迫るテティ。
「まさか、ここまで力の差が隔絶してるなんてね?ほんっと、これじゃあ大精霊じゃないか!?」
流石にテティから逃げるどころか追い付かれそうになったレインが慌てる。
どうやらこうなることは計算外だったようだ。
「でも、ここで捕まるような馬鹿じゃないんだよ、リニィと違って!」
「お前がリニィの名前を口にするな!!」
レインは魔法で大きな火弾を作り出し、後ろのテティに投げつける。自身の数十倍はあろうかというその火弾はテティの姿を覆い隠す。
「こんなんでやられるとは思ってないけど、せめて少しの足止めには……」
その瞬間。火弾は一瞬で爆ぜ、そこから小さな火の玉が猛烈な勢いでレインに迫る。
「嘘でしょ!?そんなの……強すぎるって!?」
レインはそのあり得ないような光景に驚愕し、必死でその火の球を避ける。
レインが放った火弾は火魔法でも中位の魔法であり、威力で言うなら炎魔法と呼んでも差支えが無いほどのものだった。
だというのにテティが放った小さな火の玉一つに為す術なく破壊されたのだ。
しばらくその事実に呆然とする。
「は、ハハッ……」
「これでもまだ逃げる?大人しくするなら、殺さないでユフェリス様のところまで連れて行ってあげるけど?」
「馬鹿を言わないでよ。それって今死ぬか、それともあとで死ぬかの違いしかないだろ?僕は死ぬ気はないんだ。だから君の忠告も受けない。死ぬ気で逃げさせてもらうよ!」
レインは森に火を放つ。それは瞬く間に燃え広がり、また次の木へと燃え移る。
「僕を追って来るのは勝手だけど、このままだと森が焼け野原になっちゃうよ?」
「くっ!」
「今の僕じゃどう足掻いても勝てないからね。せめてこのくらいはしないとね!安心してよ。今日の所はここで引き返すから。人形たちもやられちゃったしね!」
「やっぱりあの人形は!!」
「そう。全部僕の物さ!いや、僕たち?ううん、違うな。あれは彼女の物だ。僕も含めて、全て彼女の物だ。この意味。彼女が誰なのか、君なら分かるだろう?」
そのレインの言葉で固まるテティ。
『ちょ、テティ!?』
「それじゃあ、僕は行くよ。精々消火頑張って!応援してるよ!」
そんな皮肉を言い渡し、テティはそこから飛び去っていく。
『え、ちょ、レイン!?ど、どうするのこれ!?え!?』
「あー、神樹様。一つだけ言い忘れてたよ。支配者なんて、そう名乗るもんじゃない。あなたのせいで、リニィもアルマもこうなっちゃったんだよ?」
『何を言って……?』
「まあ、そのうち分かるさ。とにかく、この惨状は、全てがあなたのせいだ。それだけ、僕はそれが言いたかったんだ!それじゃあ、次会う時を楽しみにしててよ」
「待てレイン!!」
「あっはははは!君は殺せなかったけど、二人は殺せた!僕の勝利さ、テティ!!」
燃え盛る森の上をレインは飛び去っていく。
テティは苦い顔をしながらも森の火を止めるために魔法を使う。
『そんな、リニィとアルマが……』
テティとレインの話を聞いて分かったのが、あの二人がレインによって殺されたという事だけ。
それ以外はあまりよくわからなかった。
きっとテティは色々と分かることもあるのだろう。それでも、今は聞いてはいけないような気がした。
『テティ……』
「ごめんルア……リニィとアルマを探してもいい?」
「うん」
他に言う事はなく、ただ一言頷く。
以前リニィが死にかけていたことがあった。あれはまだ転生したばかりの頃だっただろうか?
そんなとき、テティは涙を流して悲しんでいた。それが今でも思い出せる。
何か、何か手はないのだろうか?
そんな風に考えて、それでもやっぱり死んだ者は生き返らないのだと、そんな当たり前の事を今更ながらに実感する。
もしかしたらまだ生きているかもしれない。
そうテティを励まそうとも思ったが、それも寸でのところでやめておく。今は何も言ってはいけないような気がするから。
しばらくして、森の炎を消し終えて、探し出した二人の体は、やはり魂が抜けてピクリとすら動かなかった。
そんな二人を抱きしめて、テティは静かに悲しみをかみ殺す。
ふと、そんなテティの流れ出る涙がとても綺麗だ。と、不謹慎ながらそんなことを考えてしまうのだった。
これ書かないと評価は要らないと思われるらしいので。
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