62 内通者
主人公は出ません。
まさかのこの子が……!?
彼女の命令はなんだっただろうか?
そんな事を考えながら、一柱の精霊はそのあり得ないくらい出鱈目な存在を凝視する。
新たな“支配者”が生まれた。
そう聞かされて、僕は動き出した。
話は以前からちょくちょく聞いていた。
なんでも、以前世界樹が生えていた場所に、どうやら一本の木が生まれたのだとか。
ここ数万年。生まれて百年程度の僕からすればとてもじゃないが考えられないくらい遠い昔。
それから長らくそこには雑草一本すら生えてこなかったらしい。
実に不思議だ。まさに神秘の領域。僕なんかの理解が及ぶ話じゃない。
そんな場所に生まれた木。精霊たちは神の、主の再臨だと喜んだらしい。
レリスとかはたぶん凄い喜んでそうだ。
それで、そんなまさに奇跡の存在である神樹様こと、ルアに接触を図った.
それが僕の主の命令だったからだ。
正直気乗りがしなかった。
だって考えても見て欲しい。ルアの隣にはあの大精霊たちよりも長い時を生きているテティがいるのだ。
そのほかにもそのレリスやユフェリスなんかもいるわけで、とてもじゃないが僕が勝てるような相手はいないわけだ。
でも、僕の主は警戒心が強い。
幻霊を手名付けた、なんて話を聞いた時にはかなり苦々しい顔をしていたのだ。
幻霊は如何に精霊といえど手名付けることは困難とされている。そんなものまで手名付けるのだから彼女はルアをさらに警戒した。
正直、怖かった。
主である彼女も怖いのだが、今は内心焦りまくりだ。
告げられた命令は、ルアを監視して手の内を暴き、出来るなら始末しろ。そんな感じのものだった。
実行前は乗り気じゃなかったものの、出来ないとまでは考えていなかった。
綿密に計画を立てて、色々と手を回せば、ルアだけなら何とか出来ると思っていた。
そして今、自分の目の前であり得ない光景が広がっている。
燃えて、枯れて、もはや元通りには相当な時間が掛かると思われていた村の周辺の木々が、あっという間に再生したのだ。
原因?そんなのは決まっている。テティの体をスキルを使って動かしているらしいルアの仕業だ。
あほらしい。警戒?監視?ましてや始末?
そこでそんな馬鹿げた命令を実行する前で良かったと心から安堵する。
こんなの始末なんて出来るわけがない。彼女は一体僕に何を求めているのだろうか?
本気で怖くなってきた。
こんなの、勝てるとか勝てないとかそういう問題じゃない。
『再生』の話は聞いていた。
ルアが僕が進化する少し前に“呪い”とやらから森を守ったのも聞いていた。
でも、別に見たわけじゃなかったし、話し半分にしか聞いていなかった。
どう考えても無理だ。
こんなもの相手に僕はどう戦えばいいのだろうか?
始末?出来ない、出来るわけがない。逆にしくじった僕が始末されるのがオチだ。
本当に笑えない。
彼女の命令だから監視はしてた。観察もしてた。
でも、スキルだけじゃなくて、ルアは魔法に関しても異常だった。
ほんと、心が折れそうになる。一体何をしてるのか?日々そんなことに頭を悩ませる日々で嫌になって来る。
あんな単なる初級の魔法でさえ、威力が馬鹿にならないのだ。
そう、僕なんてその気になれば指一本で殺されるかもしれない。
自分の能力は相当高いと知っている。精霊だから、それ以外にも多分彼女の力とか、センスとか、そういうののおかげでリニィとかとも渡り合える。
でも、あんなのは無理だ。
一言で言えば化け物、いや、本当に神様かもしれないとすら思う。
こんなのに喧嘩を売ろうって言うんだから彼女も相当イカレ
でも、そんな中連絡が入る。
他でもない彼女から、一度直接話をしたいのだそうだ。
この際だから全部投げ出して彼女の配下をやめてしまいたい。
そんな風に思うものの、やっぱり彼女を見捨てられなくて彼女の言葉に従ってしまう。
取り敢えず、見たまんまの事を話すとしよう。
少なくとも僕なんかじゃ話にもならない。
聞いていた話とも全然違うのだから仕方が無い。
魔法を使えるのだって初耳だったのに、なんで『再生』なんてことまで出来るのか本当に理解が追い付かない。
それに、最近はレリス辺りに疑われているような気がしないでもない。
いつもの様に飄々とやり取りをしてはいるものの、時間が経てば経つほど危なくなってくるかもしれない。
はっきり言って舐めていた。彼女の力の絶大さを知っているからこそ、彼女を上限として物事を計っていたのだ。
ああ、これは失敗だ。
こんなの、出来る事ならこれ以上関わりたくない。
こんな出鱈目の体現者みたいな存在を相手にしていたら命なんていくつあっても足りない。
それに、まず自分ではテティにすら遠く及ばないのだ。
これは、一先ず報告の為にも帰った方が良さそうだ。
幸いにも今はユフェリスがいない。いつもに比べてここから抜け出すのは簡単だろう。
その精霊はそうして静かに、誰にも悟られぬように主の元へ急ぐ。
魔王の手足として、この森に遣わされ森の情報を流す内通者として。
彼――精霊レインは逸る気持ちを抑えながら、慎重にその場を後にするのだった。
――――――
「あれは無理だって、僕でも倒せないですよ」
「それはやらない良い訳じゃなくて?」
そう冷たい声でレインに問いかける人物こそ、レインの唯一の主にしてこの世界における魔王の一柱だ。
「いやいや、だから、あれはちょっと常識とかが通じないんですって!僕も見てましたけど、あの『再生』の力は異常なんですって」
「馬鹿な事を言わないで。ただの木が、『再生』の力を持つなんて、そんな事があるわけないでしょう?」
そんなの僕だって見るまではそう思ってたわ!
レインは頑なに報告を認めない主に向かって心の中で悪態をつく。
心の中でなければ半殺しにされかねないからだ。
「なんで信じないんですかね?本当にあれはやばいんですって!」
「そんな、私にすら出来ないことを、なりたての“支配者”に出来るわけがないでしょう!?」
そんな風に声を荒立てて話を聞かない彼女。
レインからしてみれば確かにそんな彼女の態度も分からなくはないのだ。
もっとも、彼女が認めたくないのは他に理由があるのだが、新参の“支配者”に自分でも出来ないことをあっさりとやってのけられたのを認めたくないというのも理由にはある。
とはいえ、彼女はそれでも魔王の一柱なのだ。ならばこそ、そんな危険かつ調子に乗っているような新参者に好き勝手にされるわけにはいかない。
この森は彼女の領土として他の魔王たちからも認められている。
まあ、実際には森の南部だけであり、中央部は“精霊王”の治める不可侵地帯として基本的には何人も干渉は出来ないようになっている。
それは遥か昔からの決まりらしく、最古参の魔王がそれを精霊王と契約をしているらしい。
とはいえ、それでも自分の領土の傍、それこそ自分の領内と言っても差し支えない場所に、あろうことか森の支配権利を主張する者が現れたのだ。
それをそのまま見逃していればどうなるのか?
簡単な事だ。魔王としての力を疑われ、各地から魔王の座を狙った魔人たちが寄って来る羽目になる。
せっかく面白くなってきたのだ。
ようやく魔王として絶対的強者として君臨できたのだ。
それなのに、そんな時に問題が起きる。
彼女からすればそれは何よりも面白くない。
ただの新参者。しかも進化すらしていない木如きに自分が劣っているなど、他の魔王たちからも笑いものにされるに決まっているのだ。
そんなもの、彼女が許すわけがない。
だからこそ、彼女は今も認められない。
「それに、そいつはまだ進化すらしてないのよ!?樹霊にすらなっていない!確かにあの森の精霊たちは通常の元素霊とは違うわ。でも、だからって木の内から自我を持つなんて、そんなの……」
「とはいってもそれが真実なんですって!確かに証明は少し難しいですし、僕が直接確かめるのも難しいですから、確実な事は言えないですけど……」
「そう!それはきっと何かの思い過ごしだわ」
「いいや、違いますって!確かに姿は同じでしたけど、あの時のあれはテティじゃなくて明らかに違うものだったんですって!」
そこまで信じたくないのか!?と驚愕するレイン。
確かに、プライドとか魔王にはそういう物が必要なのだろう。
まあ、舐められたら終わりの立場なので分からなくもないが。
「この際ですし、しばらくちょっかい出すのはやめません?あの性格からするに何もしなければ別にこっち側と敵対することもないですよ?」
「そ、それは……いいえ、やっぱり駄目よ!この森の支配権を主張された。そんなのも見逃すわけにはいかないわ。誰が聞いているのか分からないのだし。それに……いいえ、なんでもないわ」
誰が、というのは恐らくは他の魔王やらその座を狙う魔人たちなのだろう。
「て、敵対しないで友好的に行けば配下になってくれたり……」
「しないわ!そんなの、あのレリスが頷くわけがない」
どうやらさっきから意外と取り乱していたかと思えばそれなりに冷静ではあるらしい。
「えー、じゃあどうするんです?流石に僕じゃあれは無理ですよ?というかテティにすら勝てないんですから、敵対したら殺されますって」
「そうね。まあ、あなたの力については後で少し考えるとして今は……あっ」
何かを思い出したかのそう一言声を出す彼女。
「なんですか?」
「そういえば、まだ駒ならいっぱいあるじゃない。私の大事な人形師が、“魔女”が残ってるじゃない」
「げっ!まさかあの“魔女”を?僕正直あいつ苦手なんですけど?」
「使えるのならそれでいいじゃない。それに、その殺された火竜だって元は魔女の人形だもの」
やっぱりか。確かにそんな気はしてたんだけどね!
レインは予想が当たって少し複雑な気持ちになる。
前から魔女が苦手だったために、あんな竜を使う魔女に少し不気味さを感じる。
「そんな、どうしても?」
「ええ。そうね。それにあの魔女は私の配下の一柱を人形にしてるのよ?それなりには役に立つわ」
「そ、そんな甘い相手ではないんだけど……もう無理か」
そこで結局自分では彼女を止めることは出来ないのだとレインは悟る。
あんな化け物、自分ではどうあっても倒せない。それどころか彼女が戦ったとしても勝利の確証は持てない。
負ける、とは思わないものの、勝てるとも思えない。
あの森の連中は自分も含め、理不尽な存在なのだ。
レインが半ば説得を諦めて呆然としているとどうやらその魔女と魔法で話し始める。
『というわけだから、そうね。あなたの人形をすべて使いなさい。大丈夫よ。これで勝てばそんなガラクタなんていらないくらいの人形が手にはいるんだもの』
どうやら魔女も魔女で渋っているようだが、最後には見事に言いくるめられる。というか単なる脅しだが。
『あなたは勝たなければいけないの。敗北は断じて認めないわ。あなたは役に立つわよね?あんまり失望させないで?私があなたへの興味を失くさないように、ね?』
頭のおかしいマッドな魔女も、流石の彼女には何も言えない。
脅されて、結局魔女は何やら考えてから彼女に従う。まあ、ここで従わなければその時点で殺されてしまうので、彼女の配下は皆従順なのだ。
「僕の報告意味あった?」
なんていいながら、レインは窓の外をボーっと眺める。
「それじゃあ、あなたは、そうね……いい事想いついたわ」
これは多分凄い卑劣な事を考えてそうだ。
なんて考えながら、レインは彼女のお気に入りとして、耳を貸す。
そして、そんな彼女の計画に対し、思わず思った事が声に出てしまうのであった。
「やっぱり……最低だわ」
これ書かないと評価は要らないと思われるらしいので。
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