61 再生の聖日
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精霊の森南部。
深く暗い森の中。不気味で陰気な魔王のお膝元。
そこは外界からの不可侵領域。入れば最後、精霊たちの不興を買う聖なる領域。
「まさか、トカゲちゃんがやられるなんてね」
ため息を一つ零して、それから少し面白そうに笑いを浮かべる。
「“森の精霊”たちを侮ったわけじゃないけれど、でも、これは少し意外なのよね」
スッと一瞬で消えたかと思うと、“魔女”は先ほどいた場所からかなり離れた場所に姿を見せる。
奇怪な行動。不気味な笑み。突飛な発想。
そのいずれもが彼女が“魔女”と呼ばれる所以なのだ。
「下位の精霊じゃあ、やっぱり口ほどにもなく終わっちゃうのさね。折角馴染む様に調教してあげたというのに……イヒヒヒヒ!」
甲高く耳をつんざくような音が森中に響き渡る。
その声は動物たちの感覚を狂わせる。
鳥は酔い、狐は眠り、栗鼠はその場で踊り出す。
まるで何者かに操られているかのように、まるで夢の国の住人の如く。
その実それは魔女の術なのだから恐ろしい。
恐れ逆らい憤り、気づいた時にはポッキリと、なんと簡単に命は零れる。
「脆い。脆いのよ。あのトカゲちゃんは見つけるのに苦労したのに、栗鼠ちゃんじゃあ精々ピエロみたいに面白おかしく道化になり切るのがせいぜいさね。イヒヒヒヒ!」
足元で、まるで糸が切れた人形の様にこと切れた栗鼠を見ながら、魔女はまたも不気味な笑い声をあげる。
栗鼠も、狐も鳥も、勿論トカゲもピエロも、“魔女”にとっては退屈しのぎのお人形。
いらなくなれば、糸を切られて崩れ去る。まるで壊れたお人形。“魔女”の捨てたお人形。
自分がそうであったが為に、“魔女”は笑顔で糸を通す。
気付かぬうちにお人形。気付けば勝手に動いてる。
可愛い子供をひと撫でポトリ。愛するモノを一噛みコロリ。
ふと見てみればコレクション。自分は高い棚の上。
「だけど、ワタシはやっぱりアレが欲しい。アレで遊びたい。動かしたい!切ってみたい!殺したい!!イヒ、イヒ、イヒヒヒヒ!!」
森の中を歩いていく。
薄暗いその森を。
そこには中央部の様に精霊たちはいない。
そこにいるのは負け組だけ。
中央にいられなかった負け組だけ。追い出された弱虫たち。
それは皆お人形。ここに来たならお人形。
線を越えればこの通り、糸が通ってカタカタと、“魔女”の悲しいお人形。
「さて、このお人形は出したくなかったんだけどさね」
大きな身体はおよそ五メートルはあると思われる。
そしてその姿はとても醜く長い鼻が特徴的だ。
そこに生えていた木を根こそぎ一本抜き取ると、そのまま前方へと投げ飛ばし、大きな声で咆哮する。
「ワタシの可愛いお人形。ワタシはあの精霊が欲しいさね。あの人も連れてけば喜ぶさね。だから早く連れてくるのさ。ワタシのお人形たちも連れておいき」
巨大な怪物は“魔女”の言葉を受けて動き出す。
多くの人形たちを引き連れて、人形の軍団が進みだす。
目指すは森の中心部。そこにいるのはある精霊。
それを捕らえて、彼女に献上するために。
“魔女”の唯一の主の為に――
――――――
流石に頭に血が上っていた。流石にこの惨状を見れば、沸騰して煮えたぎっていた筈の感情もすっかり冷めて、逆に青褪める。
「え?うそ、私こんなことやっちゃったの?え?これ本当に私が!?」
信じられない。嘘だと思いたい。
だって、火竜の体のあちこちに大きな穴が開いてるんだもん。これやった奴、絶対狂ってるって!
まさに蜂の巣状態だよ!?いや、こんな穴を出入りするようなでっかい蜂なんていないけどね?
ん?あ、それは嘘です。ここ異世界だし、いても不思議ではないよね!
やだなー、私ってば、あんまりにもびっくりして変なことが次から次へと思い浮かんで来るんだよねー!
……斃れて既に息絶えている火竜の体は、真っ赤な海に沈んでいる。
真っ赤な海。なんかカッコいいけど、つまりは私が滅多刺しにしたことで大量の出血を伴っているってことだ。
滅多刺しによる出血多量に、体内の重要器官の完全崩壊。
もう酷いなんて言葉じゃ表せない。物凄いグロテスクな見た目になっている。これはちょっと十五歳以下は見ちゃだめだ。
映○さんに怒られちゃうね、てへっ!
いや、映画じゃねーけどな!?
やっばいわ!?なにこれ!?
こんなの神樹の所業じゃねーだろ!?寧ろ魔王の仕業です!って言った方がしっくりくるよ?
気分?どうだと思います?実はね、さっきからすっごい……最悪です。
今まで映画とかでグロイシーンとかは結構見てきた私だけど、それでもやっぱり本物はアカンよ?
もうね、グロイとか言ってらんないくらいグロイ。なんなら今少し気持ちが悪くなってきた。
これ人間とか知生体を殺したら私ショックで寝込む自信があるわ。
そんな風に想ってしまうくらいにはショックが大きい。
いや、殺したこと自体は後悔なんてしていない。殺せてよかったとも思ってる。
でもね、まさかこんな一方的になるとは思ってないじゃん?
しかもなんかスキルが進化したからか操作する樹木の強度が上がってたし!
そりゃあ何もせず殺されるわけだよね!
『万能者』で鑑定をしてみたところ、どうやらエネルギーの割合からしても進化して間もない体らしく、ギリギリAランクの魔物だったらしい。実質Bランク上位ってことだね!
どうして進化したのかは分からないが、それにしても素晴らしいほどの風格だった。
今思えば、私はファンタジー世界における強ボスの代名詞でもある竜を倒したらしい。
やったね!ついに竜を倒したよ!スキルの力で滅多刺しさ!!
……オロロロロォー
ついつい心の中で嘔吐する。だってこれ規制がかかるレベルだし?
実際にテティの体で吐くことは出来ないからだ。おかげで私の心はゲロ塗れ!うん、さっきから少しすっぱい匂いがするような気がする。不思議だわー。
とはいえ、この光景も私が作り出した事に変わりは無い。
最近は頭に血が上るのが多い気がする。
フェルナンドとの一件もそうだし、今回の事についてもそうだ。
もっとも今回は悪いのは確実に私なわけで、そんな自分自身に余計に腹が立つ。
前世じゃほとんど無気力人間だったのに、ほんと何があるか分からない。
状況はまあ、改善したはずだ。
かなり魔物も減っている。
レインとリニィも相当数の魔物を狩っているらしく、みるみる数が減っている。
これならばこれ以上の被害は出ないだろう。
冷静になった頭で残りの魔物、被害状況、今後についてを考えていく。
周辺に斃れている魔物たちの中にはBランクに達する個体まで見受けられた。
もちろん異常個体である火竜は置いておくことにしても、中には飛竜までいるのだ。
数は少ないものの、その脅威度はBランクの中でも上位であり、それが数体発生しているのにも驚いてしまう。
他はほとんどがCランク。AやBの事を考えているからかCランクなんて脅威ではないと感じてしまう私だが、Cランクの魔物ですら人間やエルフたちにとってはかなり厳しい相手になる。
というのも、どうやらこの世界のランクは魔物と人間たちには差異があるそうだ。
基本的に魔物のランクと人間のランクは同等ではなく、同ランクの魔物に対してパーティを組んで初めて戦いになるというものだ。
つまり、人間のAランク。いわば英雄と称される冒険者ですら、一人でAランクの魔物を倒すのは難しい。なんせBランクの魔物ですら倒せるか分からないからだ。
Aランクの冒険者、人間たちが一人で対処が出来るのはCランクまで。これが人間たちの共通理解らしい。
ちなみにこれも『万能者』の検索機能だ。マジパネェーっす!ほんと、ついつい「Hey,Si○i!」って魔法の呪文を唱えそうになるくらい。
まあ、前世じゃほとんど使わなかったどうも私です。もはや機械とすら会話をしない完全コミュ障ですが、なにか?
魔法の呪文を唱えても、何を言おうとしたのか忘れたり、噛んだりして、機械とも話せない。そんな懐かしい記憶が……うん、これはかなり痛々しい記憶だから忘れよう。
『し、神樹様。そ、そその、たぶん周辺の魔物の対処は終わりです」
『あ、ちょうど僕も終わりましたよ!それにしても神樹様凄いですね!あの竜を一瞬で……ちょっと怖くなってきました』
他の魔物を狩っている二人もどうやらあらかた終わったらしく、私に『念話』でそう伝えて来る。
どうやら私は怖がられてしまったらしい。
うん。これは怖いよね!私だって一部始終を見てたらきっと引いてるよ!
『よっし、おっけー。じゃあ二人は私のとこまで来てくれる?』
『は、はい!』
『了解でーす』
リニィは硬さがとれていない反面、レインは砕けすぎて友達感覚だ。
というかレインみたいな人って前世でもよくいたなー。
私の近所のコンビニにもこんな感じの店員さんがいた。「らっしゃせー」とかそんな軽い感じで言って来るのだ。多分学生のバイトだったんだろうけど、それにレインが凄い似てる。
まさか、レインも異世界人!?
とまあ、お遊びはここまで。
私の元に戻ってきた二人と一緒に村の中心。エルフたちはそこでみんなで固まって過ごしていたしていた。
家が無くなってしまったから夜は交代で焚火をしながら魔物を追い返していたらしい。
家が壊されているのだから仕方が無いだろう。
ここまでは森の加護も届かないらしく、火を付ければ木も普通に燃えるらしい。
だから彼らの村はフェルナンドのおかげで灰になっているわけだ。
「し、神樹様!!あぁ、ありがとうございます!な、なんとお礼を言えばいいのか……」
そうエルフの村の村長と思しき人物が涙を浮かべて私の前に両膝をつく。
ここまで泣かれるとは思っていなかったので少しむず痒い。感謝は今まであんまりされたことが無かったから、こうして心の底から感謝されるとどう対応していいのか分からない。
でも、まだこれで終わりではないのだ。もう一つ、私のスキルの実験を兼ねてサービスをしようかと思う。
「泣くのは良いんだけど、もう少し待ってくれる?」
そう言って私は一本の焼け焦げた樹の幹に手を触れる。
その巨大であっただろう木は半ばから焼け崩れている。幹は黒く焦げていて、折れた部分はささくれ立っている。
もう、この木にはほとんど命は残っていない。
だが、まだ死んではいない。
なんせ植物だ。前世じゃ雑草だってコンクリートに根を張っていたのだ。こんな巨木がそう簡単に死ぬことなどあり得ない。
被害は大きい。きっとまた成長して大きく、以前よりも逞しく育つのだろう。
だがそれにはきっと気が遠くなるような時間が掛かる。
そして、私たちはそこまで悠長にしてはいられない。
またいつ魔物が湧いてエルフたちが危険に晒されるか分からない。
だから、これは実験だ。
私のスキル『森林支配』が、どれほどの効果を齎すのか。
まずは範囲を指定する。
次に、スキルを掛ける樹木を選択する。
最後に、スキルを発動する。
《スキル『森林支配』により、指定範囲内への『成長』の促進を開始します》
そう、これは『成長』の実験。
どれほどの樹木たちが復活するかの、最終実験。
以前一本の枯れた木に対してこれをしてみたところ、なんと以前の三倍の強度と大きさを持つ木へと復活していた。
このスキルを使うには膨大な魔力が必要となるわけだが、そこは私なので問題ない。伊達に光を浴びているわけではないのだ。
転生当時、“呪い”の一件における『再生』には及ばないものの、それに似たような効果を使えるようになったわけだ。
もちろん、まだあの時の様に広大な面積に対し、“呪い”にも効くような特殊な能力はない。
それでも疑似的な『再生』は行えるわけだ。
「さあ、これで、一件落着だー!!」
その一声と同時に、焼けて黒く幹が炭化していたその木は、瞬く間にその幹を、枝を伸ばしていく。
炭化し、黒くなっていた幹は新たな樹皮に変わり、本来の色を取り戻す。
その効果はそこだけに留まる事無くさらに周囲へと広がっていく。その一本の木から円状に効果が更に先へと伝わっていく。
焼けた木々、枯れた大地はすぐにその姿を元の姿へと――いや、以前以上の姿へと変えていく。
その木に触れ目を瞑る精霊は、薄く淡い光に包まれて、周囲にはそれが神々しいように映る。
まさに、神の御業に等しい所業。
広大な大地を再生させる新たな支配者に相応しい能力。
その光景を目の当たりにしたエルフたちは、この日を“再生の聖日”と呼び始めるのだが、そんな大仰な名前を付けられ、しかも祝日にまでされるというわけで、これを聞いたルアは心の中で思わず叫びだす。
が、もうそれすらも割り切って、今日も平和に一日が過ぎ去っていくのだった。
これ書かないと評価は要らないと思われるらしいので。
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