60 感覚のズレは結構馬鹿に出来ない
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色々とあって、本来の目的に行きつくのが大分遅れてしまった。
本当なら昨日あたりにはもうエルフの村について魔物の対策やら、実際に討伐やらをしていた筈なのだ。
それがティルシェのおかげで一日ズレたわけだ。
別に昨日はそこまで大したことないと考えていた。別に一日二日ズレたところで大差はない。そう思い切っていた。
馬鹿だった。
いや、これは実際に魔物を見た事が無いからこそそう思ってしまったのだろう。たぶん魔物を見た事が無ければ誰だって同じことを考えていた筈だ。
でも、それでもやっぱり少し考えが足らなかった。
ティルシェのせいにするつもりは無い。大体、ティルシェに対しても私も少し腹が立っていらぬ事をしたのは認める。ティルシェは心はまだ子供だった。言ってはなんだが、言いくるめることも出来た。レリスに力を貸してもらうことも出来たのだ。
それをしなかった。ただ少し腹が立って、これからの事を考えた、なんて言い訳をしてティルシェを挑発し、結果予定が一日ズレてしまった。
「これは……?」
「昨日、魔物たちの襲撃が普段よりも規模が多く、幸い死人は出なかったものの、この通り重傷者が後を絶たなかったのです」
幸い。本当に幸いだった。
衛兵隊隊長であるレントはそう言って目を伏せる。
きっと仲間たちをこんなにしてしまった自分を責めているのだろう。
本当に正義感が強い人らしい。良い人だ。尊敬する。昨日私が子供と遊んでいた時に、この人たちは生きるか死ぬかの戦いをしていたのだ。
私は事態を少し軽く見ていた。
人間目線ではなく、最近では精霊目線で物事を計るようになってきていた。
人間ならば、魔物の大群なんて脅威以外の何物でもなかったのにだ。人間はか弱い。そしてそれはエルフにも言える事だ。
確かにエルフは魔法が得意で、この森の地形を生かした戦いで今まで生き延びてきていたのだ。
だが、そこでもう少し深く考えるべきだったのだ。その魔法の得意は果たしてどの程度なのかを。
精霊と同等?そんな筈はない。テティと同等の力を持つ存在なんて、それこそ世界を見渡してもそうそういない。
だけどそれがいつも身近にいたから私はそれを基準で考えていた。
私たちになら、たぶん簡単に出来るような事だったからそこまで考えなかった。
結果、多くの人が重傷を負った。
みんな酷い怪我だ。何人かは腕や足が無くなっている人もいる。
それもそうだろう。
人間たちから軍事力を取り上げ、武器を取り上げ、そのうえで飢えた猛獣の群れと戦えなんて言っても、そんな事が出来るはずがない。
それと同じなのだ。元人間だった私なら、もっとエルフがか弱い存在なのだと、そう考えるべきだった。
精霊に近しい存在になったから。
進化したから。スキルを得たから。仲間がいるから。
だから私は強者のふりをして、弱者に目を向けることをしなかった。
そうだ。あの進化した時に感じた通りになった。
嫌な予感がしていた。何か酷い事が起きると、そんなあの予感は現実になった。
私が、力を得て、増長したからこうなった。
大げさだって?いいや、この光景は大げさじゃない。
こんな風になるからレントは私に協力を申し出たのだ。
何をやっているのだろうか、私は。
環境が変われば考えも変わる。どうやらその通りだった。
もはや人ではなくなった時点で、とっくに私は人間の心なんて分からなくなっていたのかもしれない。
「テティ、治せそう?」
私はそうテティに問いかける。
気分は最悪だ。こんな光景を見せられれば私であっても流石にいつもの様に能天気ではいられない。
死人が出なかった、ラッキー!なんて考えることは出来ない。
『部位欠損はテティでも無理。でも、普通に動けるくらいになら出来る』
「そっか。リニィも出来る?」
「あ、はい!」
「僕も出来るから、流石に手伝った方が良いよね?」
リニィとレインもそう言って重症だったエルフたちに治療を施していく。
たちまちに傷は癒え、彼らの体力もすぐに回復していく。
そう。回復していく。まさに人外の領域。以前の私ならば神の御業にすら思えるようなその力も、もう今の私からしてみれば当たり前になっている。
それが今、なぜだかとても恐ろしい事に思えてきてしまう。
「治った、のか?」
「まさか、もう駄目だと思っていたのに?」
「凄い!?腹に穴が開いていたんだぞ!?」
「こ、これが森の精霊様!!」
「流石は精霊様だ!!」
「流石は神樹様の眷属様だ!!」
回復したエルフたちが口々にそんなことを話始める。
でも、今の私にはそんな言葉ですらきつかった。
いつの間にか、自分は人間をやめていたのだと思い知らされた気分だ。
以前から木であることは認めてた。木だし、出来ることもないし、そんな風に思っていた。
でも、心のどこかではまだ人間のままで、まだ自分は人間なのだと、そう思い込んでいた。
違かった。自分は既に心も体も人間ではなかった。
前世の記憶があって、知識があって、知能があって、話も出来て、欲もあって、体は前世とは似ても似つかないようなものだけど、やっぱり自分は人間だったのだと、心のどこかで無意識に考えていた。
気分が思い。
今、目の前の称賛すら、私を人間ではないのだと決めつけるものに聞こえる。
『ルア?』
「……うん。そうだよね。今はそんなことを考えてるば良いじゃないよね」
今うだうだ考えても始まらない。
まずは問題を片付けてから、そのあとから考えればいいのだ。
一先ず問題の除去が最優先だ。
「レント。これから私たちで魔物を掃除していく」
「そうですか。では私たちも!!」
「いや、それは駄目」
「な、なぜですか!?」
「正直に言って足手まといになると思う」
そうきっぱり言い切る。
だが、それが正しい。エルフでは足手まといだ。きっと私では守り切れなくて、今度はもしかしたら死人が出るかもしれない。
今まで人を殺したことなんて私は一度もない。
なんだかんだ以前のフェルナンド王国の一件でも死者は一人も出さなかった。
なぜか?怖いからだ。
人間であった時の理性が人を殺すことを止めているのだ。
そして、それは私のせいで死ぬのも許容しない。
「大丈夫。私たちがいれば何とかなるから」
なんとかなる。根拠はない。でも、そうなる未来しか見えない。
それがとても怖い。
だが、怖いからといって尻込みもしていられない。
やらなければ今日以上の被害が出る。
「その前に……」
リニィとレインを引き連れて、『森林支配』の力でこの周辺の魔物を炙り出す。
それを上空から一気に仕留めていくことにする。
「そ、それじゃあ私は右をやります!」
「じゃあ、僕は左かな?」
二人は両側に散会してそれぞれ魔物に向かって飛んでいく。
リニィは魔法で一気に仕留めていく。
レインは近距離に接近し、手刀を魔力で強化して次々と首を刎ねていく。
魔物の中にはそこそこエネルギー量の高い個体もいる。
こんなの、一体や二体ならまだしも、数十体も相手をするなど、エルフでは確実に無理だ。
そんな常識もまた、精霊である私たちには関係のない事だった。
『テティがやろっか?』
「いや、これは……」
『少しテティに貸してご覧?ほら、力を抜いて、テティに任せて』
身体の操作権をテティに返す。そして、テティは魔法とスキルを併用した技で地上の魔物を殲滅していく。
風の刃が降り注ぐ。
それに質量は無く、形もなく、色もなく、ただただ流れる風の動きを少し過剰に、過激に、テティの思い描く殺傷能力の高いあくまで自然の力として、魔物たちに降り注いでいく。
それは不可視であり、勿論気づくものなどいる筈もなかった。
まるで音もなく、ただ少し突風が舞っただけの様。その実辺りには大量の鮮血を伴って倒れる魔物達。
本当に圧倒的だ。こんなものを日常的に見せられているのだ。自分もやればできてしまうのだ。
その事実が今になってとても怖く感じて来る。
『あ、でも、まだ一匹生き残りがいる』
そうテティが私に教えてくれる。
その言葉と同時にその魔物の鑑定を行う。
そりゃあテティでも即殺は出来ないわけだ。その魔物の強さは少し他の魔物達とは格が違った。いわばこの一帯のボスモンスターみたいなものだろう。
《種族‐火竜 推定脅威度Aランク相当》
Aランク相当。それはたった一体で街を、都市を壊滅させ得る力を持つ。
『万能者』で検索をしたところそう結果が出た。
人間国家における魔物の脅威度を表す指標であり、それは下からF~Sランクまで存在する。
もっとも、Sランクはそれこそ魔王などのおよそ人類では対処が困難とされるものを指定するものであり、そこまでの数はいない。
そして、そんなSランクに次ぐAランクの魔物。
弱いなんてことがあるわけない。
しかも今回の相手は竜だ。見た目はゲームで目にするワイバーンみたいな感じを受ける。
そして、なんと火竜なんて言う通り、体に炎を纏っている。
圧倒的強ボス感が漂っている。
こんなものを相手にするのだからそりゃあエルフたちも苦労するだろう。
逆にこんな化け物がいたのに死人がいないだけ凄い事だと思う。
『これもテティがやろうか?』
「いや、今回は私がやるよ」
私はテティの提案を突っぱねて自分自身が戦うことを選択する。
私に気が付いたのかその火竜は地面から飛び上がって来る。
翼がある。恐らく空中戦は得意なのだろう。
そのまま高温のブレス攻撃でもかけてくる気なのだろう。
「ま、受ける気なんて最初からないけど」
百パーセント能力の把握が終わっているわけじゃない。
寧ろ、分からないことだらけかもしれない。
でも、別に加減を間違えたところで、
「どうせ殺すんなら……肉塊も灰も同じだよね」
私の考え足らずで、今回はもう少しで死人が出るところだった。
私がいつまでも現状をしっかりと認めなかったから、あれだけの負傷者が出た。
だからこそ、もう、ここでいつもと同じく甘い気持ちは私自身が許さない。
今回は、明確な殺意を以て、目の前の火竜を……
濃密な霊気が辺りに充満する。
「グギュル?」
火竜は私の方を少し焦ったように見ると、そのままブレスで攻撃してくる。
そのブレスは超高温。直撃したら蒸発していたかもしれない。そう思わせるほどに圧倒的な熱量を秘めていた。当たっていれば、きっとテティといえども重傷を負っていたかもしれない。
当たっていれば、の話だが。
「能力は……やっぱり目立った変化はないよね?」
ブレスによる爆発で生じた煙はやがて晴れ、そこには無傷の私がいる。
何も驚くことは無い。ただスキルを使ってブレスを防いだだけ。
私のスキルと称号のおかげで強度はさらに高くなった樹木たちが私への攻撃を防いだのだ。
今回は少し頭に血が上っていた。
でも、それは行ってしまえば逆恨み。逆切れも良いところだろう。
私の至らなさが生んだ結果を押し付けられた火竜に少し同情してしまう。
「それでも、やっぱり、ここにいたのが悪いよね?」
そんな些細な一言と共に、火竜の体を鋭い樹木の枝や根などが全方位から串刺しにしていく。
これがいわば蜂の巣状態だ。火竜の体のあちこちに太い穴が開いている。
私の無造作に振るった腕が、三秒もしないうちにAランクの魔物である火竜の命を一方的に奪っていく。
単なる八つ当たり。ただの理不尽な暴力。そこにいただけ、という理由で未遂でありながらも有無も言わさずに殺される。
後になって思い返してみると、やっぱり、これはかなり可愛そうな事をしてしまったらしい。
まあ、これでエルフたちの安全は保障されたんだし、尊い犠牲だったって事だよね!
これ書かないと評価は要らないと思われるらしいので。
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