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54 策謀/エルフの求め

 「へー……?新しい支配者が、ねぇ」


 その男とも女とも言えぬ中性的な容貌。しかし、そのグラスを持つ手は妖艶であり耐性のない者はすぐにでも魅了されてしまうだろう。

 ソファに寛ぎながら目線の先にいる取引相手に応じるその人物は、まさにこの世界における魔王の一柱。そこらの魔人では到底足元すら見えぬほどの高みにいる者。


 「僕からすれば、本当に痛い話ではあるんだけどね」

 「それはご愁傷様。それより、そんなところにいないでこっちに来て一緒に飲まない?」


 窓の外に目を向けてそこから動かないその男に酒を進めるその、恐らくは女だと思われる魔王。

 

 「魔王が酌を?最近の魔王は随分と落ちたものだね?」

 「フフフッ、確かにあなたからすれば今の魔王はほとんどが目にも入らないものね」

 「最近は時代と共に質も流れ過ぎてるからね」


 そう言って男はテーブルに置いてあったグラスに目を向ける。


 「はいはい。それで、新しい支配者の話だけど?」

 「流石にあれは誤算だよ。まさかまた支配者が出るとは」


 男は「あれは予測できなかったよ」と表情で訴えている。

 

 「私みたいに魔王に仕立てるのも悪くないのでは?」

 「それはそれで今更だろう?計画は順調だったんだ。今更駒を増やしても使いどころが無いのさ」

 

 計画に少し支障が出たことで苦い顔をしている男。

 そんな風に言いながらグラスに注がれた液体を煽る。


 「ならさっさと始末してしまえばいいんじゃない?」

 「それが出来るなら苦労はしないんだけどねー。ほら、あそこはなんて言ったって精霊の森だからさ。あの木に危害を加えれば、いくら僕でも少し危ないかもしれない」

 「まあ、そうね。とはいえ、大精霊程度であれば私でも対処は可能じゃないかしら?」

 「君ならそうだろうね。でも、あれは正直力を測りかねるよ。人間との戦いはもはや一方的になってたしね」

 「生まれたばかりの木の癖に、まさかそこまで?樹霊にもなってないのでしょう?」

 「そうなんだよね。世界樹の再臨なんてほんと笑えないけど、その可能性が一番高いんだよ」

 「世界樹が……私は見たことが無いけれど、やはり古代の、それも創世記の頃となるととんでも無かったのよね?」

 「あれはねぇ、うん。多分この世の全てを以てしても倒せないよ」


 世界樹。それは遥か昔に存在した世界を支えるために神が姿を変えたもの。

 そして、世界樹になる前の神は、文字通り全能であった。

 男は一度だがその全能を見た。そして、その姿に心酔したのだ。


 「あれはいるだけで邪魔だからね」

 「つまり、今日ここに来たのは、その木を切り倒せってことで良いの?」

 「うん。凶悪な魔人やら何やらを使役する君なら、君が出ずとも手堅く勝利を得られるだろう?」

 「それはそうね。生まれたばかりの支配者に後れを取るほど魔王の名も安くは無いわ」


 そう言ってその場で不気味に笑い合う二人。

 ふと、男が口を開く。


 「そういえば、人間との戦いであの木は森の支配権まで主張したんだよ」

 「それは本当?」

 「ああ、本当さ。長らく人間たちから不可侵領域として知られていた森の南。つまりここまでも全ての権利をね」

 「そう。生まれたばかりの、それも樹霊にもなれないような低俗な木如きが、あろうことかこの森全域を、ねぇ……」

 「ま、それは僕からしてみればどうでもいい話ではあるんだけど、君は違うんだろう?」

 「ええ。後悔させながら殺してやるわ」

 「あー、怖い怖い。流石は世にも恐ろしい魔王様だ」

 

 そうふざけながら男は茶化す。

 だが、女はそんな茶化しなど気にならぬほどに怒りを覚えている。


 「私のこの場所までねぇ。だったら殺した後に根ごと引き抜いて、ここに植えてしまおうかしら?フフフッ、それがいいわね。所詮木の分際で支配者になるなんて、世界樹の生まれ変わりでも所詮は木だもの。精々愉しませてもらおうじゃない?」

 「まあ、君がやる気なら良いんだけど。これだけは言っておくよ。ただの木だと、舐めて掛かるのはやめた方が良い。確実にしてくれないと困るからね」


 そして、そんな高笑いをする魔王を見ながら、男はまた神妙な顔で窓の外を眺めるのだった。






 ――――――


 魔物とは?……まあ、人類の敵であり、通常の動物が魔素を浴びることで変質したものらしい。

 なぜ曖昧かって?そんなの私が元から知っているわけないからだ。

 この森にも、珍しくて地球では見たことのない動物がいるが、そう言った動物たちが魔素の影響を受けて変異したのが魔物になるそうだ。

 とはいっても、ほとんど最近はそんなことは無く、今は普通に魔物どうしが交配することで普通に繁殖しているらしい。おかげで見渡す限り魔物だらけ……ではないが、少なくとも魔物の比率が高いのだとか。

 それもその筈。なんと言ったってこの世界には魔素も魔法もあるのだ。魔物よりも猫が多い、なんて夢の無い事は無いだろう。


 それに、魔物と言っても誰もが考えるような凶悪で残忍なものではなく、普段は通常の動物たちとあまり変わらないようだ。言ってしまえばただ力があり得ないくらい強い動物、みたいな感じだ。虎が恐竜並みの力を持っているというぐらいの事だ。

 そこまで驚くようなことでもない。


 だが、何事にも例外は存在する。

 前世の様に、元々気性が荒い魔物は普通にいる。

 そして、そんな魔物は決まって強いというのが鉄板だ。

  

 「それで私たちに助けて欲しいと?」

 「はい。我々では濃密な魔素を受けて変質した魔物を討伐することがどうしても難しいのです。今までは何とか地形を生かして戦ってきましたが、この前の人間の襲撃で村の周囲は壊滅し、今の我々ではどうにもならないのです」

 

 そうエルフの村の衛兵隊長であるレントが私に頭を下げる。

 木に頭を下げる行為。前世なら気が狂った変人だとでも思われるのだろうがここは生憎と異世界。そして私は神樹(仮)なわけなので問題はない。


 それよりも問題なのはレントの話だ。

 なんでも以前から増えていた魔物に最近は手が付けられなくなっているのだとか。

 地形を生かした戦いも今は出来ない。

 エルフにも魔法を使えるものが多いため魔法で戦えば?とは思ったが、どうやら魔法には詠唱が必要でとても戦闘時に、それも動きの速い魔物とは相性が悪いらしい。

 もちろん、魔法使いでも魔物とは戦えるし、歴戦の魔法使いならば詠唱を短くしたり並行詠唱などの高度な技術を駆使して戦えるのだろう。

 だが、どうやらそう言った者たちは皆すぐにこの村を出て行ってしまうらしい。

 閉じられたコミュニティというのは田舎の若者からするととても窮屈に感じられるのだろう。

 まあ、だからと言って都会がとてもいいとは限らない。 

 右も左も人だらけの為に常に気を遣わなければいけない。人が多いため集団心理が働きやすいのも欠点と言えば欠点だ。

 私から言わせてみれば田舎が嫌だから、という理由で都会に出るものは結構序盤で挫折することになるだろう。

 

 ま、今はそんな事よりも魔物の話だ。

 最近は何と森の結界の外に強力な魔物が大量に発生しているのだとか。

 エルフたちの食事は基本的に魔物を狩っているのだが、最近では数が多すぎて逆に狩られそうで怖いらしい。

 聖の魔素によって生まれることが無かったはずの魔物たちも、今では生き生きと結界の向こう側で活動しているらしい。考えただけで漏らしそうだ。


 そして、悔しくはあるがエルフだけでは魔物を一匹刈るのも難しいため、こうして精霊の力を借りようと私の元へ来たのだろう。

 だが私も私でそんな危ない事に精霊たちを巻き込んで良いのだろうか?という疑念に駆られる。

 流石にこれまで通りの能天気な返答などしてはいけないのだ。

 まあ、とはいえこの世界の魔王に匹敵するのが精霊らしいし、勿論魔王は見たことが無いから分からないけど、それでもそこらの魔物より強いのは確かだろう。

 と言う訳で精霊を連れても問題ないはず、なのだが……


 そこで、私は重大な問題へと考えが至る。

 その問題というのが、


 「あ、私、そんな事頼めるような精霊、ほとんどいなかったや」


 エルフと一緒に魔物退治をしてくれるような仲間がいない。

 考えてみれば、私は精霊と言っても直接会ったことがあるのはテティにユフェリスとレリス。少し話した程度のリニィとアルナ。アルナに関しては話してすらいなかった気がする。

 

 精霊の発生数は呪いなどの影響もあったからかとても少なく、精霊ですら今の森には五柱しかいない。大精霊も確か三柱で、精霊王は言うまでもなくユフェリス一人なのだ。

 樹霊なども加えれば五十近くは行くかもしれないが、それでも百には届かない。

 それほどの小規模コミュニティの中ですら私は実質三柱としか会話をしていないのだ。

 

 と言う訳で、協力したいのは山々なのだが、ここはやはり先に一緒に行ってくれるものを集めるべきだろう。

 私も精霊たちの主(仮)になったのならせめて普通に会話くらいはしておかないといざという時に困ることになる。


 「あ、えっとレントさんだっけ?」


 私は今も目の前で跪いているそのエルフの衛兵体調に話しかける。

 そのレントはというと緊張で体ががちがちになっている。

 

 「あ、その協力したいのは山々なんだけど、」

 「あ、む、無理でしたか!?そ、それは大変難しいお願いをしてしまい申し訳ございませんでした!」

 

 私の言葉を聞くより先に必死に謝り始めるレント。

 うん。緊張でガチガチになってるんだよね!分かるよ?自分がミスしたって思いこむと悪くなかったとしても思わず咄嗟に本気で謝ってしまう。私もそれで良く周りから笑われていた。

 だから私はレントに優しく声をかける。そう、これは心から悪いと思っているからここまで謝っているのだ。私もそうだったから分かる。そのミスで首が飛びかねないと分かっているので余計に大げさになってしまうのだ。

 前世であれば会社的なクビで済んだが、この世界では自分よりも上の者への礼を失すると物理的に首が飛びかねないらしい。セリアと話している時に教えて貰った事だ。

 人間はやはりどんな世界でも変わらないようだ。


 「えっと、協力はするよ」

 「そうです。私が愚かでした!こともあろうに神樹様に願いを提言するなど……って、はい?」

 「だから、私も協力するよ。ただ、その、少しやらなければいけないことがあるから、それが終わった後になるんだけど」

 「……そ、そうでしたか。すみません。大変申し訳ございません!焦って思わず神樹様の言葉を妨げてしまうとは」


 そんな感じで今も自身を責めるレント。

 前世の私はここまではしなかった。よくよく考えて、結果として「私悪く無くね?」みたいな感じでいつも開き直ってその件はきれいさっぱり忘れてしまう。

 

 そんなわけで、魔物退治を手伝って欲しいと頼まれた私でしたが、なんとここに来て精霊たちとまともに話もしていなかったことに気が付いてしまった。


 今もハティとじゃれ合うテティを呼ぶ。


 「今から精霊たちの村に向かうんだけど、その今回もお願いできる?」

 「うん良いよ。でも今から?」

 「流石にそろそろ話くらいはしとかないとと思ってさ」


 村、というよりは集落と言った方が良い規模のその場所に行くことを決める。

 別に精霊たちもそこまで多くないので早ければすぐにでも魔物退治に迎えそうだ。

これ書かないと評価は要らないと思われるらしいので。

面白い、続きが気になる、などなど色々思われた方はページ下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして貰えるとありがたいです。

皆さんのその評価が執筆意欲に繋がりますのでどうかよろしくお願いします!

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