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52 モフモフの毛並みには抗えない!

 私の方を見て小首をかしげている子狼。

 さっきからなぜか分からないがジッと私を見つめて動かない。

 つぶらな瞳を向けられてはいるが、私には何も出来ないので私もジッと見つめ返す。

 それにしても小さくて可愛い。あのふさふさの毛並みに顔を埋めたらさぞ気持ちがいい事だろう。

 

 この子狼だが、実は幻霊と呼ばれるものらしく、成長するとかなり強くなるらしい。

 セリアが森に来た日に一緒に抱えていたもので、セリアがいなくなった今は森で保護しているのだ。

 前世では実家で犬を飼っていたのでこういう生き物を見ると無性に抱き着きたくなってくる。でもそこは木だからグッと堪える。


 「私は木、私は木、私は木、私は木」

 「何言ってるのルア?」


 いつもならしないような少し危ない人を見るような表情でテティがそう聞いて来る。

 最近では出会った頃よりも感情らしい感情を表に出すようになったテティだが、流石にそんな目で見られると私だって傷つくのだ。


 「いや、目の前にあの子がいてさー。なでたりしたいけど、でも私は木だから出来ないし、だからこうやって我慢してるの」

 「なるほど。おかしくなったわけじゃなかった」


 どうやらおかしくなったと思われていたらしい。はっきりと口に出されるとまるで何かに突き刺されたような痛みを覚える。

 ま、まあ、このぐらいは大したことないかなー?私ってば二回も死んでるんだしね!

 ……でも、やっぱり心が抉られるようで今までとはまた違った感じでとても痛い。この苦しさは理屈じゃないのだ。


 「お、おかしいて!私だって傷つくんだよ?」


 もう心の中では号泣状態。何なら鼻水と絶叫もオマケしちゃうね!

 て、そんな事はどうでもいいのだ。問題は、私の目の前の子狼なのだから。


 「あの子、この前からずっとあんな様子なんだけど、どう思う?」

 「うーん……テティには分からない。話は?」

 「それがさ、スキル使ってみたんだけどさっぱり出来ないらしいんだよねー」


 話も出来なければ意思疎通も出来ない。そのうえあの場所から動くことがほとんどないため、私としてもなんの拷問!?と思ってしまう程だ。

 目の前にご馳走を置かれて待てをされている犬状態だ。しかも私の場合は良しと言われても何も出来ない絶望。

 それでいてあの子狼としては無自覚にあそこに座っているわけなのだからどうしようもない。

 きっと私がどれほど苦しんでいるのかも分からないのだろう。

 

 「くっ!私もついにここまでか……」


 ケモミミ愛好家(自称)の私からすればこんな状況は死よりも耐えがたき苦痛。

 もはやそれは以前行ったスキル再取得のための特訓よりも苦しいものだ。


 あの耳でモフモフしたい。あの毛に顔を埋めてモフモフしたい。一緒にじゃれ合ってわふわふしたい。とそんな欲望が私の中で渦巻いている。

 

 くっ!沈まれ、私の欲望よ!

 

 「それだったらいつもみたいにスキルを使えば?」

 「え?」

 

 テティのそんな何気ない一言でいっきに我に返る。

 あまりの苦痛にどうやら思考力まで低下していたらしい。いつもテティの感覚を共有してもらっているのに、今の今までそれに気が付かなかったのだ。

 でも、よく考えてみると他人の感覚を当たり前の様に貸してもらうっていうのはどうなのだろうか?

 

 「えっと、いつもやらせてもらってる私が言うのもなんだけど、テティは嫌じゃない?」

 「何が?」

 「普通他の人に自分の感覚を使わせるって嫌じゃないの?」

 「うーん?別にテティは嫌じゃないよ?少し変な感じはするけど、でもルアだから安心だし」


 ありがとうございまーす!!久しぶりにこんなに嬉しい言葉を貰ったかもしれない。

 テティに私だから安心なんて言われちゃったよー!やばい、もう死んでもいいかも!!


 「そっか、私ならいいのか、えへへぇ」

 

 思わず無い頬が緩んでしまう。

 とはいえ、相手が良いとしてもそれはそれ。しっかりと許可を取ることは大切だ。人の感覚を使うのだ。それは人のお金を使うよりも重大な事ではないだろうか?

 金の切れ目が縁の切れ目というように、これもまた、感覚の切れ目が関係の切れ目になってもおかしくない。

 簡単な例を挙げるなら、仲の良くなってきた友達がいつの間にか自分が帰る前から自分の部屋に居座っているような感じだ。学校から帰って自室に向かうと、そこにはなぜか自分より先にくつろいでいる友人の姿が――みたいな感じだ。

 そんなの考えるまでもなくおかしいし、なんでいるんだよ!?ってなること間違いなしだ。

 どんなに仲が良かろうと、仮に家族であろうときちんと礼は守るべきなのだ。

 

 「それじゃあ、少しお邪魔してもよろしいでしょうか?」

 「そんな事聞かなくてもいいのに。まあいいよ」

 「よっし!ありがとう!」


 私は了承を得るや否やすぐにテティと感覚を繋ぐ。

 今回は互換全てを繋げてもらう。進化したからか情報量が増えようがなんの問題も無い。

 

 そして私はそのままその子狼の元まで飛んでいく。

  

 「クゥン?」

 

 私がそうしてゆっくりと近づいていくとこれまた首をかしげて私を誘惑するように甘く鳴く。

 これ誘ってますよね?完全に誘ってますよね?


 テティの体はその子狼よりも一回り程小さい。精霊の大きさは精々が人間の手の平サイズ。正確に言えばもう少し大きいのだが、それでも手の平にちょこんと乗れるだろうサイズなのでこれで間違ってないと思う。


 そして、ついに私はその子狼のモフモフな体にその顔を埋めて……


 「キャン!」

 

 次の瞬間その子狼が吠える。

 何!?と思ったものの、なぜかその場を駆けまわり始める。

 その表情は、以前飼っていた犬のものに似ているようで、どうやら遊んでもらいたいらしい。

 

 「遊んでみる?」  

 「キャンキャン!!」

 

 そうかー、遊びたいかー、でへへぇ。

 ならば!お望みどおり遊んで差し上げようではないか!


 それから私はその子狼と日が暮れるまで遊び通すのだった。

 幸いなことにここは森の中。遊び道具などもひとしきり自分で調達できるのだ。

 木の棒も危なくないように少しささくれなどを処理して投げて遊んだり、森をフル活用してかくれんぼをしてみたり、木に登ったり駆けまわったり、私の本体の前で寝そべってお昼寝してみたり。

 もはや前世では考えられないようなそんな有意義な時間を過ごしたのだった。

 

 「はぁー楽しかったー!!」

 「うん!テティも思ったより楽しめたよ!」


 テティも満足したようにそう呟く。

 私とテティは感覚共有中は半ば混ざり合ってる?ような感じなのでしっかりテティも楽しめたらしい。


 それにしても、今も私の前で寝そべっている子狼を見ているのだが、その寝姿からさえ少し気品を感じる。幻霊という事なのでそれはある意味で当たり前なのだが、思い出すのはあの毛の手触り。

 さらっとしながらそれでいていい感じにふわっとしているのだ。

 手を入れると中まで手が入っていくあの感じがまた堪らないのだ。


 「それにしてもこの子凄くルアに懐いてるね」

 「そうなんだよねー。私何か懐かれるような事したかな?」

 

 遊んでいて気が付いたのだが、どうやら私は相当懐かれていたらしい。

 いつもいつも私の目の前にいたのも考えるとテティではなく私に懐いているのだろう。

 だが、別に私には懐かれるようなことをした覚えはない。それどころかそんなことできる筈が無いのだ。何故って?木ですから! 


 でもまあ、怖がられたりするよりはマシだろう。

 セリアがいなくなってからはどうすればいいのか分からなくなっていたが、そのうち棲み処に帰してあげなければいけない。

 ならば嫌われるよりも懐かれてた方がずっといいだろう。


 「そう言えばこの子はルアに懐いてるけど、この後どうするか決めてるの?」

 

 テティがそんな事を聞いて来る。するとその子狼も目が覚めたのか眠そうに可愛い欠伸をしながらそこでまた私の方に向きなおる。行儀良く、まるでどこかのお金持ちの犬の様に綺麗にその場に座っている。


 「この後は、取り敢えずだけど様子を見ながらこの子の棲み処を探していこうかなぁ、とは思ってる。セリアが必死に抱えて連れ出してみたんだもん。ここで見捨てることは出来ないしね」

 

 セリアがフェルナンド王国から持ち出したこの子狼。ここで放置するのは簡単だが、私としてはこの子もきっと棲み処に還してあげることをセリアは願っているのじゃないかと思うのだ。

 生まれたばかりなのにすぐに棲み処から連れ去られて人間たちの道具にされる寸前だったのだ。

 ならば私たちは出来る限りこの子の為になることをしてあげるべきだろう。

 

 だが、そんな事を考えていると、今度は悲しそうな声を出す子狼。

 

 「クゥ―ン」

 「なんかこの子悲しそうだよ?」

 「うん。それは私にも分かるんだけど……そんなに早く帰りたいのかな?」


 考えても良く分からない。

 だがやはり故郷には帰りたいだろう。親だってきっと心配しているはずなのだから。

 すると何やらテティが子狼に近づいて、


 「たぶん帰りたいのとは違うと思う」

 「違うの?」

 「うん。どっちかと言えば帰りたくないんだと思うよ」

 

 帰りたくない?なんで?

 前世では日々家に帰りたいという切なる願いが仕事中の考えの約8割を占めていた私からすればそれは驚愕するようなものであった。ちなみに残りの2割は上司への不満やら社会への不満などだ。

 こう考えてみると不満しか感じていなかったのだから相当ヤバい状態だったと思う。


 「でも、帰らないとするとどうするの?」

 「それはこの森で暮らしていくんじゃないの?ルアに懐いてるし、きっとルアと一緒にいたいんじゃない?」

 「それは……無いとは言い切れない」


 そんな嬉しい事があればいいのだが、そんな事本当にあるのだろうか?


 「あなた私と一緒にいたいの?」


 そんなおいし――いや、嬉しい展開があるだろうか?と、考えるものの、それでもそうだったならば私としても願ったり叶ったりだ。

 正直この魅力に満ち溢れたこの子を手放すのはあまりにも寂しい。帰りたいというのなら返してやるのが良いだろうが、それでも私だって出来るなら一緒にいたいのだ。


 「あ、じゃあ一緒にいるなら一応名前無いと不便だよね?」

 

 さっきから子狼とか、この子って言ってたけど、名前が無いのはやっぱり不便だ。

 そう思いついたように私は名前を考える。

 テティがいるし、狼らしいし、それっぽいからこの名前で良いだろう。


 「それじゃあ、これからはしばらくハティって呼ぼうと思うけどどう?」

 

 私が子狼――ハティにそう問いかけた瞬間ハティが淡く光り出す。

 

 「あれ?私何かしちゃった?」

 「あれは、進化じゃない?」

 

 困惑する私にテティが答えてくれた。 

 進化?でも、名付けじゃ進化はしないんじゃ?


 《種族:幻狼の進化を確認しました》

 《種族:幻狼は種族:幻精狼へと進化しました》


 「へー、精霊の力を持つ幻霊なんているんだね?」

 「へ、へぇー……」


 テティが何やら感心しているが、私は進化の報告を受けて『鑑定』を行う。

 

 目の前の子狼――ハティは名前を付けた瞬間に淡く光り出し、体が中型犬サイズになる。

 そして、驚くことに魔素の量がかなりおかしい事になっていく。

 いや、さっきまでも幻霊だからか中々に多かったのだが、今ではその十倍ほど。テティには及ばないものの、テティと比較が出来るようになってしまった。


 そして、その銀色の輝くような毛並みが最後に一度はためいて、そして私の方を真っすぐとみつめてくる。


 「幻霊が名付けを拒否しないなんて、そんな事もあるんだね?」

 「え?名付けの拒否?」


 またもテティが感心したようにそんな事を言う。

 そして、私が慌てていると、やがて声が聞こえてくる。


 「ハティ……はい。とても気に入りました!ご主人様、いい名前をありがとうございます!」


 その声の主は私の目前。たった今名前を付けた子狼――ハティから発せられたもので……

 

 う、うそ?動物が、し、喋ってるぅー!?

 

これ書かないと評価は要らないと思われるらしいので。

面白い、続きが気になる、などなど色々思われた方はページ下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして貰えるとありがたいです。

皆さんのその評価が執筆意欲に繋がりますのでどうかよろしくお願いします!

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