44 魔王の呪い
すみません、今回もセリアさん目線です。次話から主人公に戻ります。
体は既に限界に近い。長年酷使してきたこの体もただの人間の物。
先生の様に半霊となれば肉体の心配は無くなるが、そうした場合は半永久的に死ねなくなってしまう。
多くの人間は悠久を夢見る事だろう。
死期を心配することは無く、別れもない。そんな悠久の存在になることを多くの人が望んでいる。
確かに、皆が皆悠久の時を生きられるならそれは何よりもいい事かもしれない。
だが、世界はそこまで甘くはない。誰もが永遠の命を得るなど、あり得ない。
私は多くものを失った。多くの者を看取ってきた。多くの別れを経験した。
そんな私だから思う。
そんな私だからこそ分かる。
人の身に悠久は長すぎる。
今の世は、今の人間にはとても大きすぎる権能だ。
故に、私はチャンスを放棄する。
この身はやがて朽ち果てて、いずれ世界の糧となる。
それが私に与えられた罰。
いや、これは思えば運命だったのかもしれない。
400年、それほどの間精霊の加護を使い続けた。人の力ではなく、精霊の力を行使し続けたのだ。
肉体はとっくに限界だが、それ以上に魂にまでその影響は届いているだろう。
400年という長き時間を本来人は生きることは出来ない。それほどの時間を生きる前に、魂が限界に到達してしまうからだ。
ではなぜ私が生きているか。それは精霊の加護のおかげだろう。
この加護のおかげで私は魂の崩壊を今もギリギリで抑えることが出来ている。
だが、その抑制ももう限界。
もう崩壊を止めることの出来ない私は、もうすぐこの世から消えてなくなる。
完全なる消失を意味する。
私は消える。加護では既に抑えられないところまで来ている。
そして……
今も両手で剣を振るう。
魔法とスキル。この二つを併用しながら兵士たちを殺していく。
そう、殺すのだ。
あの日から何も変わらない。
結局私は、殺すことでしか約束を守れない人間だったんだ。
もう、そこには勇者なんて存在しない。
ただの醜い殺人鬼。血に飢えた魔獣。そんなところがお似合いだ。
切り殺す、すり潰し、焼き尽くす。
風を操り、浮かせ、落とす。
辺りに咲くのは血の花火。
風に乗って、後方のアルベールにまでもその惨状が伝わっていく。
目の前の兵士が、魔王を想定した軍が、たった一人の人間に圧倒されているのだから。
「ぐっふ、ごっへ」
だが、そんな時間もすぐに終わりに近づいていく。
勇者の力は加護の力。人間には遠すぎる万能の力。
それは血を焼き肉を焼き、臓物すら焼いてやがて魂までもを焼きにかかる。
まるで呪いの力と言わんばかりの、そんな悍ましい力。
本来とは違う使い方をしたが為の代用として、己の全てを削っていく。
「まさか、こんな体になってしまうなんて……考えてもみなかったなー」
それは今から約100年前。また一柱の魔王が生まれ、私はそれを討伐しに行った。
体はまだ限界ではなかった。それでも、魂は違う。人間の魂では数百年という長さに耐えられない。
劣化した魂はいずれ内部から崩れていく。本来はそうなる前に生は終わる。だが、それこそが加護の力。そして加護の力を以てしても、魂の劣化までもは防げなかった。
そして私は魔王の呪いを受けた。
私の崩れかかった魂は、本来なら防げたはずの呪法に掛かり、今もこの魂を蝕んでいる。
「その前に、私の全てが尽きる前に、お前を……アルベール!!」
吠える。今までで最も猛々しく、私は吠える。
今も私に殺されていく兵士たち、命乞いをし、自ら武器を捨てて投稿する者たち。この状況がどうなっているのか分かっていない者たち。
彼らの多くに罪はない。
この国の上層部が勝手に決めて、勝手に招集し、勝手に彼らを戦場へと駆り立てるのだ。
子供が生まれたばかりの者も、婚約を交わしたばかりの者も、休日は子供と遊ぶ約束をしていた父も、皆この国の兵士であるというだけで休みも何も関係なくここに連れてこられた。
拒否をすれば死罪になりかねないから。
すぐに終わるはずだから。
そうやって彼らは何も知らぬままここにやって来る。
そして、たった一人のなんでもない自分たちと同じ人間に為す術もなく殺されていくのだ。
それでも私は止まらない。
止まれば約束を果たせない。
勇者は止まらない。
この加護にかけて、友との約束にかけて……
「う、そ……?」
そして、私はその場に膝を折る。
直後、とてつもない眩暈と共に大量の吐血をする。
体が悲鳴をあげている。
これ以上は何も犠牲に出来ないのだ、と私の体が訴えている。
魔王の呪いで魔力を体内生成できなくなった。
呪いのおかげで、私は外部からも魔素を取り込み、魔力に変換することは出来なくなった。
魔素への干渉が出来なくなった。
あるのは元からあった膨大な魔力。
それも日に日に減っていく。使えば大きく減っていく。
今では貯蔵はもう尽きて、私の魔力はどこにもない。
人間は魔力が無くても生きてはいける。
それでも、やはり私が戦うには魔力が必要だ。
今まで、私は私の体を犠牲にしてきた。
この前、幻霊を抱えて逃げる時にも、私は魔力が無かった。
だから、私は犠牲にしたのだ。
自分の体を、魔力が通う神経の一つを。
「まさか、な、んで……?まだ、まだ、あるべ、えるは……」
指の神経を焼き切った。
一本ずつ、足りない時はもう一本。
そのうち腕全体の神経を焼き切った。
それでも足らずにもう片方、そのうち足、そして目に至るまで。
それを治癒魔法をかけて貰ってごまかした。言えない時はスクロールを使ってごまかした。
それで結局、血を焼いて、肉を焼いて、今はこうして臓物を焼く。
「そりゃあ、血だって吐くわね」
神経の焼き切れた体はもはや動かしてる感覚なんて何一つない。
ただ、長年……400年の間培ってきた技術が、体に染みついている技術だけは感覚が無くても尚私を勇者たらしめている。
「それでも、もう、限界……なの?」
その場にそっと倒れ伏す。
すぐさま兵士たちが取り囲んでくる。
この後の顛末は知っている。
このまま私は串刺しだ。
彼らの槍で、全方位から槍が突き出される。
私の体を切り裂いていく。深く、深く抉っていく。
それでも、多分、私は痛みも感じない。
だって、私の心も、とっくに焼き切れてしまっているのだから。
「ふん、やれ!勇者を、今こそ殺すのだ!!」
そんなアルベールの喚起に満ちた声だけが私の耳に届いて来る。
兵士たちの雄叫びも、金属音も何もかもが私の耳には届かなくて、
私は、その悲しい命令に、目端に涙を溜めてはただ最後の雫で地を濡らし……
『わーお!こりゃ酷いわ!?人間でもここまでするなんてね』
「でも間に合ったよ?」
『そうだねー。でも、もう少しでセリアさん串刺しだったけどね?』
一人の精霊と、二人の声が聞こえてくる。
そして、その一人は私にその陽気な声で告げる。
『そんなぼろぼろになって……よっし、テティ!雑草はさっさと刈り捨てようか……』
これ書かないと評価は要らないと思われるらしいので。
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