31 フェルナンド王国
主人公は今回は出ません。
フェルナンド王国のアルベール国王は城の警備にあたっていた王室近衛兵の報告を受け、その顔を歪める。
「今、なんと言った?」
「お、恐れながら、先日捕獲しました幻霊が、経った今見回りをしていたところその姿を消しており、至急捜索部隊を編成しているところでございます」
早口になるその兵は額には冷や汗を浮かべ、アルベールの前に跪いている。
急な招集をかけられた大臣たちが急ぎ足でこの玉座の間へやって来る中、そのアルベールの怒気に満ちた表情に誰もが緊張を感じている。
「なるほど。ではそなたたち王室近衛兵は余の命が満足に遂行できなかったと?」
「そ、そんな事はございません!ど、どうか私共の話を!」
その必死の弁明をする兵を睥睨するアルベール。
幻霊、それは精霊、悪魔と並ぶ上位霊族の一つであり、成長すれば人間の軍など一体で葬り去るほどの力を秘めたまさに超常の存在。
今はまだ子供であるというその幻霊が、よりにもよってつい先ほど盗まれたのだ。
しかも、この王宮内から。
このフェルナンド王国は大陸の中では強大な力を有する大国であり、その栄華は今より約400年も遡った遥か昔から続いている。他国と戦争をしながらも着々とその国力を強めていき、今に至るわけだ。
そんな大国であるフェルナンドにまさかこんなに堂々と対立する相手が現れようとは誰も考えてはいなかった。
「余の城に忍び込み、あまつさえ余の道具を盗むか。して、盗んだ者の目星くらいは付けているのか?」
「そ、それが……」
そのまま俯く兵に対し、尚も圧力をかけ続ける。
「余に言えぬのか?何か隠しているな?申して見よ。発言次第では貴様の先程までの無礼をすべて許そう」
「し、しかし……」
尚もその兵は俯く。
しかし、流石にもう無理だと諦めたのかその口を開く。
「さ、先ほど王宮内の部屋を捜索している際、突然大きな物音がしたので、その部屋を開けてみれば、中はもぬけの殻となっており、そして大窓は開かれていたのです」
「ほう?その部屋はどこの……いいや、誰の部屋だったのだ?」
まるで王宮内に反逆者がいる、アルベールはそう言うように兵に尋ねる。
だが、アルベールは先ほどの報告から薄々は気が付いていた。
このフェルナンド王国内でも最強の者たちである王室近衛兵。
それらの目を欺き、そして彼らに見つかる前に王宮を出る。そんなことは不可能なのだ。
そして、この城から出る際も、正門以外には城全体を結界で覆っているために普通ならば正門以外からは出入りが出来ない。
宮廷魔法師たちがその英知の全てをつぎ込んで張り巡らせた結界は、そう生半可なものが通り抜けられるほど甘くはない。
だが、正門からその大罪人が現れたとの報告は無い。
この城を如何に知り尽くしたアルベールといえど、そこまで素早く脱出することは不可能だ。
この国を、城を、誰よりも知る存在。
「勇者、か?」
大臣たちがどよめき立つ。
玉座の間が騒然とする。
アルベールの言葉に誰もが耳を疑う。
この国に、実に数百年もの間忠誠を誓い、戦い続けた誇り高き人物。
しかし、アルベールは知っていた。
かの勇者がこの国に不満を抱いていたことを。
「ク、クク、クハハハハハハ!」
その部屋全体にアルベールの笑い声が響き渡る。
誰もがその笑いに驚愕する。
もしかすればこの国に反旗を翻したのはかの勇者かもしれないのだ。だというのに、アルベールが笑っていることが信じがたいのだ。
「愉快だ、これは、実に愉快だ!!」
本当に愉快そうに笑うアルベール。
「そうか、ようやくか!いつ貴様が余に叛意を顕わにするか考えていたが、そうか。クク、ククク」
その王を見て大臣たちは事の重大さに気づいてないように見える王に対し現状をしっかりと把握するように促す。
「お、王よ!そんな笑っている場合ではありませんぞ!」
「そうですぞ!勇者が反旗を翻したとなればこの国自体が危なく、」
「どうか懸命なご判断を。王らしくも、」
皆口々にそう王に忠言する。
が、そんな事はアルベールには既に分かり切っている事だ。
「余は至って平静だ。勇者が反旗を翻し、国家存亡の危機。そんなことは初めから分かっておる」
「で、であれば!」
「だからこそ愉快なのだ」
「は?」
この場の誰もが王に疑惑の目を向ける。
勇者がいなくなり、反旗を翻されて頭がおかしくなったのかと、誰もがそう考える。
「余は知っておった。あの勇者がいつかこの国を裏切る、と。それは既に考えておった事だ」
よりにもよってそれは以前より想定していたという王のその言葉に誰もが耳を疑う。
王は、必死にこの国のために戦ってきた勇者を始めから反逆の徒として見ていたのだ。
その目はあまりにも恐ろしく、その考えが全く読めないことに誰もが恐怖を覚える。
そんな中一人の男が声を上げる。
「王よ、では以前から考えていた通り?」
「ああ、ゲイルよ、そろそろ勇者の時代も終わりだとは思うだろう?」
「全くですな。あのような時代遅れの勇者など、そろそろ引退するべきだ」
「兵を集めよ」
そのアルベールの言葉に対し、ゲイルはニヤリと笑みを浮かべて聞き返す。
「どれほど用意いたしましょう?」
「そうだな。1万だ」
「かしこまりました。王室近衛兵総指揮官、ゲイル・バートスが必ずやそのご期待に応えて見せましょう」
ゲイルはそう一礼すると他の兵たちを引き連れてその場を後にする。
「では、ハインツ」
「ハハ!」
「全国で勇者を指名手配だ。そうだな、他の貿易国や、小国にも手配書を回しておけ」
「かしこまりました」
ハインツはこの国の財政と貿易担当の大臣であり、その手腕は目を見張るものがある。
彼に任せておけば間違いなく勇者は見つかるだろう。
「それでは、そろそろ時代遅れの勇者には退場して貰わねばなるまい」
この場にいる全てのこの国の重鎮たちに言い放つ。
「勇者が余に従わぬなら、その存在は脅威となる。故に、これより、勇者を国家反逆罪として罪にかけ、見つけ次第、処刑する」
その言葉に誰もが息を呑む。
勇者を捕まえ、殺す。
そんな事が出来るのか。
そう疑いながらもそう自信に満ち溢れた王を信じて各々が動き出す。
「ようやく貴様を消せるのだ。余が直々に貴様に引導を渡してやる。それまでは死ぬのではないぞ?」
自分以外がいなくなったその玉座の間でアルベールは一人で高々と愉快な笑い声をあげる。
「さあ、勇者の伝説の幕引きだ」
――――――
「早く、もっと、もっと!!」
夜闇の中を私は風の速さで駆けていく。
「大丈夫、あなたは安全なところに、あの森に。そうすれば私は……」
腕に抱えたその子狼を優しく、それでいて力強く抱いてさらに速度を上げる。
これは幻霊。精霊、悪魔と並ぶ上位霊族だ。
幻霊はほとんどの個体は気性が穏やかであり、こちら側から危害を加えない限りは基本は何もしては来ない。
だが、それもこんな住処から攫われてひどい扱いを受ければ別だ。
この子がもし、人間たちに憎しみしか抱かなくなった場合、人間たちはまた無駄な争いを始める。
この子も傷ついてしまう。
「私たち、人間が悪いのに、この子は……でも、あの森なら、あそこなら……!」
かつて、一度赴いては祝福を授かった場所。
人間では決して敵わない。敵対することすらおこがましい、まさしくあれらは神の使徒。
そこは楽園。
そこは森。
それは精霊。幻霊以上の存在であり、神の加護を受けし存在。
そこは精霊の棲み処。精霊の森。神の奇跡を纏う場所。世界の神秘を凝縮した世界の中心。
あの場所ならこの子は何も心配なく暮らしていける。
精霊たちは慈悲深い。
助けを求める者には遠慮なくその力を貸す。
だが、それと同時に森を汚す者、危害を加えるものには容赦はしない。
私は彼らの恐ろしさを知っている。
私は彼らの尊さを知っている。
私は彼らの優しさを知っている。
人間はどこまでいっても、
「もう、救えない」
このままだと、人間たちはまた同じことを繰り返すだけ。
私という勇者を使って。
「それはいけない。それは出来ない。私は、もう救えない」
もう、覚悟は決めた。
先生とも話を付けた。
人間は愚かだ。
私は人間の勇者にはもうなれない。
だから……
―――
ようやくたどり着いたそこは、酷く美しい場所だった。
以前来たときは見たことも無い、そんな一本の大きな木が立っていて、
「ああ、良かった。着いたんだ、森に」
そこで私から一気に力が抜けていき、その場に力尽きた私は倒れるのだった。
これ書かないと評価は要らないと思われるらしいので。
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