第7目:終わってみては
当初は圧倒的大多数で襲い掛かってきた飛石悪魔も、トレジャーハンター集団の戦闘要員に屠られ、劣勢へと追い遣られている。
そんな中、ボク等のリーダーであるキリエは、闘神の如き戦いぶりで、敵勢の抹殺に没頭していた。
「オラオラオラオラオラオラァッ!」
壮絶な雄叫びを伴い振るわれる長刀。
常人の目には映らぬ程の剣速に至り、刃先の有効範囲内に存在する魔物の体を両断していく。
大上段からの斬り落とし、刃を振るっての薙ぎ斬り、返す刃が半弧を描き、大外回りに回転斬る。
陽光を弾いて光を生み、それを瞬きの内に感じる頃には、剣が対象を斬り裂いていた。驚愕に値する連撃は七度に及び、近付く者から死地への旅路を言い渡される。捉える前に斬られた事に気付くものが大半で、よしんば軌道を得心しても、巨刃との接吻を防ぎきれるものはいない。それが豪速、剛斬、轟力の剣戟だった。
キリエが使う長大な刀は、超古代文明が遺した高硬度比重金属を加工した刃を持ち、レーザー兵器に匹敵する絶対的斬れ味を誇っている。
その刃は触れるものを容易く断ち、決して斬れ味が落ちる事はない。
「オレの首が欲しけりゃ掛かってこいやァ! 纏めて相手してやらァッ!」
甲板上を猛然と駆け、身の丈以上ある巨刀を軽々と振るう。
刃が走った後、魔物は両断され、吹き飛び、投げ捨てられ、次々と骸の海に沈んでいった。
一刀が猛風を共に付け、盛大に薙ぎ払われる。キリエに迫っていた魔物は、一撃で体を上下二段に分断された。
二刀がその風ごとに裂き、手の内で車輪を描く。回転する刃は、前後方から来た敵を正面から二分した。
三刀が外敵を押し退け、刃の棟で隣敵を弾き飛ばす。それだけでも骨格諸共臓器は圧壊し、対象が生きる事を止めた。
四刀が叩き落し、鋭刃の落下線上に在る敵を斬り裂く。刃そのものの重量と、それを振るうキリエの力と、落下速度からなる斬落に巻き込まれたものは絶命した。
五刀が突き放せば、圧倒的衝撃を受けて魔物は遥かな後方へ舞い飛び、二度と戻ってくる事はない。その体は大砲の直撃を受けたかのように大穴を穿った。
六刀が引き下がり、後背を狙う敵の体に切っ先を突き込む。迅速にして瞬速の突き刺しに、抗えぬものが屍骸を晒した。
七刀が吹き払い、大円を宙空に佩く。再度近付くものが全滅の憂き目に遭い、集う敵体を終わらせた。
「一度振るえば、七度斬る。それがオレの七支流ッ!」
言って刃を鋭く振るい、刀身に付着した魔物の欠片を吹き払う。
戦闘の開始から30分弱、各々の活躍が大きく響き、飛石悪魔の群勢は粗方が駆逐された。既に残っているのは数十匹ばかりで、残存戦力も空中待機のまま降りてこない。
流石にこれだけ負かされれば、連中も玉砕必至の戦闘を続行する気にはなれないようだ。正しい選択をした彼等は逃がしてやろう、と言いたいところだけど、それはボク等の流儀に反する。
ボク等のモットーは『売られた喧嘩は買って勝つ。戦るなら徹底的に根元まで』だ。直訳するなら「連帯責任皆倒し」って訳さ。
「はーい、フェザーカノンのエネルギー充填が完了しましたー。何時でも何処でもドコヘでも、産地直送発射オーライでーす」
戦闘中、甲板の上で踊り回り、皆を鼓舞(?)し続けたカーナが挙手と共に報告する。
その宣言を受けたキリエは、ニヤリという擬音が聞こえてきそうなほど悪辣な笑みを浮かべ、長刀の切っ先を虚空に群れる飛石悪魔へと向けた。
「よォし、全力斉射だ。撃ェェーィッ!」
「合点だー!」
けたたましいキリエの号令と共に、戦艦後方に備え付けられている三連装砲門が起き上がる。
その狙いは上空の残敵に定められ、巨砲の内部に膨大なエネルギーが集束し始めた。
正味1秒未満。
その僅かな時間内に充分すぎる出力が抱え込まれ、三砲の最終安全装置が速やかに解除される。
直後、深淵の砲口から眩い閃光が放たれ、大気を震わせながら遠空へと白の階段を作り上げた。美しい景観が皆の瞳と心を捕らえる中、規格外の多重レーザーに貫かれた魔物達は瞬時にして掻き消える。
決着は一瞬でついた。
後には骨の一欠片、体臭の残香さえ残らない。完璧完全な非の打ちどころない消滅。
それがボク等と飛石悪魔群の戦闘終結を知らせる合図となった。
「さーて野朗共、勝利の余韻に浸ってる暇は無ぇぞ。ぶっちめた化け物共の死体を集めろ。街へ持って帰って換金するからな!」
長刀を振るって付着する鮮血を払いながら、キリエは一声を響かせる。
その声音が広がり行く事で、張り詰めていた空気が緩んだ。
先までの緊迫感が薄れ、戦闘体勢にあった各人は警戒を解き始めた。
ボクも随分疲れたよ。こんなに気合を入れて頑張ったのは何週間ぶりかな。取り合えず、皆に繋げていた思念の触手を切断するとしよう。でも天眼と超聴覚はもう少しだけ開いておこうか。戦闘後の皆の様子が知りたいからね。
艦で最も高い位置に居たラウル。彼は戦いが終わると同時に、艦橋の天蓋部で大の字に寝転がった。面倒臭がりな彼にしては異例の頑張りだったから、その反動であらゆる根気が消失してしまったみたいだ。
まぁ、それも変な思い込みと、おかしなテンションの為した業って訳さ。
「ぐは〜〜〜、もーアカン。ワイは動けん、てか動かんで。このまんま、此の世の終わりまで爆睡したる〜。必殺、キレーなねーちゃんの膝枕を脳内妄想!」
おぉ、珍しくラウルが糸目を開いた。それと共に至福の表情を浮かべている。
あれは彼の秘めたる特殊能力。女性に焦がれながらも相手にされない寂しい男が、他者には見えない自分だけのガールフレンドに慰めてもらう超絶奥義だ。疲れた心と体を不可視のアイドルで癒すつもりだね。
そうかと思えば、ラウルは再び細目に戻り、昏倒したかのように眠りへ落ちた。驚くべき早さ。
そして何て幸せそうな寝顔なんだろう。彼は今、現実のあらゆる苦しみから解放され、真の幸福に満たされているんだ。
君は頑張ったよ。最高さ。凄いぞラウル。英雄此処に現るという感じだね。君の妄想力には脱帽だ。思う限り、賛辞の言葉を君に送ろう。
だからボクには近付かないでくれよ、このダメ人間が。
勝手に現実逃避したダメ男は放っておいて、他の人を見てみよう。
甲板へ下り、翼を消滅させたアキは、何とも言えない満ち足りた表情だ。但し、倒した魔物の返り血を全身に浴び、大変な事になっている。
「ウフフ、たまにはオバカな畜生相手もイイものね。それに素敵な御土産も貰ったし。この色、艶、香り、濃厚な粘り気、あぁん、堪んないわ」
親指と中指を合わせて離し、糸を引いて垂れる血を眺め、臭いを嗅ぐ。
五感で魔獣の血を感じ、楽しみながら、アキはうっとり顔で熱い吐息を零した。
恐らく脳内では、殺し回った魔物の姿を思い浮かべているんだろう。
「貴様、わざと血を浴びたザンスね」
トリップ状態のアキへ、両手の二剣を鞘に納めつつヨシアが語りかける。
ヨシアが自分からアキへ声を掛けるのは珍しい。
「あらん、ヨシアちゃんじゃない。ウフフ、噴き上がる血飛沫を受けてあげるのは、死に逝くものへの礼儀じゃなくて?」
「そんな礼儀があるか。貴様のそれが臭うザンス、私の半径1km以内から早々に失せろ。でなければ貴様の首、そこいらの骸と共に転がしてやるザンス」
本気の殺気を孕んだ零下の視線がアキを射抜く。
ヨシアは殺ると言ったら殺る男だ。しかも今は戦闘直後で、黒夢族としての本能も治まっていないだろう。しかし戦いの高揚感に酔い痴れているのはアキも同じ。下手を打てば、これは二人の真剣勝負に発展してしまうかもしれないよ。
それは流石にマズイんじゃないかな。キリエも怒るだろうしね。
「あらあら、中々魅力的な提案じゃない。ウフフ、嬉しくなっちゃうわね」
戦闘の記憶を呼び起こしていたアキの顔が、別種の喜びに満ち始めた。
命を懸けた殺し合いを前にして期待に胸躍らせる、そんな顔だ。
そんなアキの変化を読み取って、ヨシアの目も細まる。自然な動作で僅かに腰を落とし、剣へ再度手を掛けた。