第5目:戦闘戦斗
カーナが威勢よく返事をした直後、上方へ向けられていた砲塔が、一斉に砲弾を吐き出し始めた。
巨大な砲より撃ち出された人一人分程もある鋼弾は、重力に逆らいながら宙へ昇り、進行経路上に存在していた飛石悪魔を叩き壊して爆発する。
砲弾の破壊は空中に爆炎と衝撃波を広げ、これに巻き込まれた飛石悪魔を粉微塵に消し飛ばした。そしてそれがボク等と空飛ぶ異形群の、戦闘開始を告げる合図となった。
ボクも天眼と超聴覚を全開にして、情報収集を開始する。敵の総数はカーナの報告通り300体近くいるようだ。どいつもこいつも同じような顔をした、典型的なステレオタイプ。
本当は魔物にも微妙な違いはあるんだろうけど、そんなのボクには判らないし。
天眼の中に映った最初の行動者は、以外にもラウルだった。普段はあんな調子だけど、やる時はやる男って訳だね。
ラウルはスコープに映る標的目掛け、射撃体勢にあったライフルのトリガーを引いた。
奥深い夜闇の底を思わせる銃口から放たれたのは、白銀の弾丸。同一方向に回転しながら立ちはだかる空気層を打ち破り、直進した先に居る石質魔獣の額を貫いた。
豆腐に箸を通すような容易さで魔獣の頭皮と頭蓋を破った弾丸は、零コンマ秒の間に怪物の脳を完膚無きまでに破壊して、後頭部を破裂させる。砕けた頭部の内側から一瞬の間に破片へ変じた脳細胞が、幾許かの脳漿と共に宙空へと撒き散らされた。
初撃の的とされた飛石悪魔は浮力を失い、一切の活動を止めて眼下の砂中へと落下していく。一方、獲物を敗った弾丸は尚も回転を止める事無く、更に第二の犠牲者へと無慈悲な襲撃を仕掛ける。
弾道が曲がった訳でも、特別な魔法を使った訳でもない。ただ弾は直進し、進む先に居た魔獣の腹部を抉って、内包した破壊エネルギーを発散させる。
接触から数えること正味一秒となく、弾丸は魔物の内臓器官を滅茶苦茶に破損させて、後背を食い破り抜け出ていった。後には去り行く弾丸を追うように、原形なくした臓物が青空に飛散するばかり。
ラウルが自分用に調整している愛用のライフルは、撃ち出す弾丸に驚異的な破壊力を付与し、一度や二度の攻撃完了では威力を損なう事がない。恐るべき暴力の化身となって爆進する必殺の鉛弾は、進行を阻もうとする如何なモノをも食い殺し、文字通りの風穴を穿っていく。これにラウルの射撃術が加わるから回避不能さ。
しかもこれに貫かれたものは、標準的な拳銃で撃ち抜かれたような易い弾痕で済む事など絶無。数度の破壊を経ながらも威力を殺さぬ魔弾に近しいそれは、標的を襲い食い破る際、恐ろしいまでの衝撃を発生させて激突対象を損壊させる。
もし直撃した場所が一般的生物の生身部分なら、構成細胞を瞬時に致死へ至らしめ、二度と再生出来ない幾万もの肉片に分解してしまうだろうね。
独特の表皮によって他生物より高い防御力を誇る飛石悪魔ですら、再起不能な絶死的ダメージを負うのだから。
ラウルの放った最初の一発は、その後も第三・第四の獲物を貫きながら着弾対象を悉く殺し続けた。そしてラウル自身は既に別所へ向けて数発の射撃を終えている。
「降りかかる火の粉は払わねばならぬ、ちゅうやっちゃ。怨むんやったら、ワイ等に出遭うた自分等の運の無さをうら怨みぃ」
数秒という極僅かな時間の内に、砕け、弾け、失墜していく魔物をスコープ越しに眺めつつ、ラウルはキャラに不釣合いな決め台詞を吐いた。
「……ふ、ふふふ、決まってしもうた。ワイちょっとカッコ良すぎへん? ヤバイでぇ、これはナイスやでぇ。下手したら世の女性陣ベタ惚れやん!」
何か知らないけどラウルはガッツポーズを取り、一人で盛り上がり始めている。
こうしてる間にも敵はどんどん押し寄せてるっていうのに、やっぱり暢気というか電波だ。
「ふ、ふふふ、ふははははは! エェ、エェでぇ! ワイは今、最高に男前やぁ!」
ラウルは胸の前で十字をきりながら、自画自賛の極致と言うべき咆哮を上げる。
その状態のまま細目にスコープを宛がい、新たな標的目掛けてライフルの引き金を引いた。
彼は彼なりにやる気出してるみたいだから、このまま放っておこう。
ボクはラウルから焦点を外し、飛石悪魔群へと移した。
戦艦側からの攻撃を受けた魔物達は、甲高い奇声を上げながら次々と滑空を開始する。彼等に逃走を図る様子は皆無。眼下で蠢く熱反応を捕食対象と認識し、直情的な攻撃行動に移っていった。
その動きを天眼に収めたまま、ボクは思念によって作られた不可視の糸を甲板に居る皆へと接続していく。この思念で出来た糸を介して、ボクの見聞きした情報を接続対象へとダイレクトに伝えるのさ。これがボクの思念共有だよ。
但しこれは誰にでも接続出来る訳じゃない。ボクとある程度関係のある、言うなれば心を開いてくれている相手にしか繋ぐことは出来ないんだ。
見ず知らずの相手にいきなり話し掛けられて、知人と同じような対応が出来ないように、ボクの思念も関係者以外には受け入れられない。
ボクが得る情報が皆へと伝わっていくと同時に、それぞれの動きが視覚的情報となってボクの中に流れ込んできた。
「殺る気満々、結構だわ。殺し合いってのは、醜く汚い程に愉しいものよ」
巧みな風読みと羽の動きで降下してくる異形団を前に、アキは残忍な笑みを浮かべて口の中で囁く。
アキの持つ闇色の瞳が爛と輝いた瞬間、その背から一対の翼が出現した。それはアキの瞳と同じ色合いの蝙蝠に似た翼。アキがそれを羽ばたかせると、彼の体は軽やかに浮き上がり、向かい来る飛石悪魔へと接近していく。
互いの距離が僅かな間を置いて零となった時、アキは手にする大鎌を薙いだ。風を切る鋭い音が響いた瞬間、最接近を遂げた飛石悪魔は胴体から左右へ分断される。
「足りないわ。もっと、もっと、もっとよ!」
視認難易な高速の一閃を受け絶命した魔物は、切断面から血と臓器を垂らし、醜悪な骸と化して落下していった。一方のアキは既に興味を別の魔物へと移し、双眸に映る数匹の魔獣へと肉薄を開始する。
自分達と同じように空を舞い急速に近付いてくるアキへ、鋭い鉤爪を光らせて飛石悪魔の一群が襲い掛かった。
「桃幻胎鏡命絶慌奇ぃ! 歌いなさい! 喉掻っ切って血潮に悶え、悪夢の海に喜びながら!」
アキは魔獣の素早い攻撃を流れるような動作でかわし、横を擦り抜け様に大鎌で両断していく。
不気味な光沢を放つ半月状の刃は、相手の体を易々と切り裂きながら生命の灯を吹き消し、速やかにして確実な死を与えた。
襲い来た飛石悪魔を瞬く間に屍へと変えたアキは、翼を一際大きく動かして、更に高く上昇する。空気抵抗を物ともせず舞い上がり、アキは上空で旋回していた集団の内へと躍り出た。
突如とした捕食対象の出現に魔物達が歓喜の奇声を上げる中、アキは唇を凄惨な笑みの形へ歪め、魔物以上に嬉々とした、そして残忍な表情で鎌を回し始める。
「極旋逸風赤色乱舞! 死の羽音こそ、本当の美を教えてくれる芸術の母! 我が身に息衝く肉の一欠片まで、魂の輪舞を狂い踊るのよォォォ!」
アキの一声と共に大鎌は投げ放たれ、青空の中、高速回転したまま宙を舞った。
回転する刃は次々と魔物達を巻き込んで、その四肢をバラバラに刻み、砕き、引き千切って、無残に寸断しながら弧を描く。空中に血華と幾つもの惨屍体を残し、大鎌は意思があるかのようにアキの許へ戻ってきた。
耳を劈く鋭音を発す大鎌へ、アキは臆する事なく手を伸ばす。一切の軌道を読み切っているアキはこれを一度で掴み取り、空中に散乱した屍骸の破片を恍惚の表情で眺め見た。
「ウフフフ、素敵じゃないの。でもまだよ。まだ本当の美には遠いわ」
そんなアキの姿と同族の死臭に誘われ、更に飛石悪魔達が集まってくる。
その様子を嬉しそうに見詰め、アキは大鎌の刃へと左手を添えて、僅かな躊躇もなく掌を滑らせた。手の動きに合わせて鋭刃は皮膚と血管を裂き、鮮やかな赤血が傷口より流れ出る。
「オホホホ、さぁさ、お立会い。ここからがアタシの本領よ。滅多にお目に掛かれない吸血魔法を、とくと御賞味あれ」
そう言って笑うアキの妖気が急激に膨らみ、鋭さを増していく。
「『我が血の求めるは汝の血、其の身に流れる生命の雫、願い欲すは魂の値、探り喘いで我が手に掴む、得るがその先見遣るは死、全てのものは賛歌を浴びせ、地獄へ通じる道となれ』……さぁ、貴方達のちっぽけな命、アタシに心行くまで握らせるのよォ! 逃さず絡み、奪い取れ血濡れの獄縛鎖!」
襲い掛かってきた魔物の猛攻を避けながらアキが詠唱を終えると、掌の傷口から垂れていた血が突然渦を巻き始めた。
半瞬後、見えざる力によって動かされていた血が弾け飛び、掌に出来た傷口から赤黒い血色の鎖が何本も伸び出す。鎖の束は広範囲に拡散し、アキの周囲に居た飛石悪魔を貫き、或いは絡め取る。
「ウフフフ、苦しみなさい。悶えない。叫びなさい。アタシをもっと愉しませなさい!」
鎖に捕らえられ動きを封じられた魔物達は、次々と皮膚が水膨れのように膨らみ始めた。
それは数秒のうちに全身へと転化し、次の瞬間、全ての魔物が空気を入れすぎた風船のように弾け飛ぶ。
体に流れる血液が急激に沸騰し、血管内で異様な圧力を加えられた末の結果だった。
「なんて綺麗なの……きた。きた、きた、きた、きたきたきたキタキタキタァァ!」
一瞬の内に何十匹もの魔物が弾ける様を眺め見たアキは、会心の笑みを浮かべ、歓喜に打ち震える。
血液を媒介として特異な魔法『吸血魔法』を使う事が出来るのは夜猟族だけだ。
彼等は魔性の術や属質に高い親和性を持ち、詠唱を用いずイメージするだけで内在魔力を物質化させる能力を持つ。それと共に再生力にも優れ、肉体に負った傷は異常な速度で自己修復されるのさ。
その為か、彼等の多くは死から自分が遠く、客観的にしか死を感じられない。そんな彼等にとって命を懸けた殺し合いは死への恐怖を想起させる不吉な物ではなく、生の実感を与えてくれる幸福の呼び水、快楽の手段なんだ。
だからアキのような人も特別異常という訳じゃない。そういう認識が罷り通る種族なのさ。可能な限りお近付きにはなりたくない、っていうのが一般的意見だね。