第4目:まだまだ愉快な仲間達
「その耳障りな音を止めるザンス」
「あらぁ、ヨシアちゃんは御気に召さない? 今日はまた一段とイイ音だけど」
「知るか。止めないなら、その腕毎たたっ斬るザンスよ」
「あぁ〜ん、もぉ」
振り返ったヨシアに睨まれて、アキは鎌の回転を止める。
そのまま何食わぬ顔で大鎌を肩に掛け、ヨシアへとウィンクを投げた。
けれどそれが届く前に、ヨシアは正面へと向き直ってしまう。行き場を無くした熱視線は空に消え、アキは残念そうに肩をすくめた。
けれど今のアキは、普段の彼と大きく違う。そこにあるのは同性にモーションをかける変態の顔じゃない。血に塗れた戦いへの期待と高揚に濡れる、凄惨な殺戮者の顔だ。
アキの全身から溢れ出てくる妖気は、殺し合いへ陶酔した者のみが有す、血生臭い衝動の現われ。屍山血河を笑いながら踏み越えてきた、死と戦いを娯楽に出来る獰猛な野獣のそれさ。これこそがアキの持つもう一つの顔。殺戮に飢えた悪鬼としての。
但しそれはヨシアのような種族的本能じゃない。あくまで彼自身の嗜好、個人としての欲求だ。今までどんな人生を送ってきたかは知らないけど、相当に血を見てきたようだね。その集大成が、このアキなのさ。
「ウフフフ、楽しみよね。あの子達は一体どんな声で啼いて、どれ程に綺麗な血を見せてくれるのかしら。ナリが怪物でも、惨めに悶え苦しみながら死んでいく様を想像すると、堪らなく興奮するわよねぇ。オホホホホ」
邪悪な笑みを浮かべての微かな独白も、ボクの超聴覚ははっきりと捉えた。その偽りない欲望の声に全身の毛が逆立つ。
アキは口から舌を滑り出させ、徐に唇を舐め遣った。唾液に濡れた舌が下唇を撫でる度、塗られているルージュを拭い去り、赤い舌に血のような染みを作る。
完全にスイッチの入った今のアキには、本気で近付きたくないね。
しかしどうしてこうも個性的というか、変則的な連中ばかりが集まるかな。キリエが来る者拒まずって姿勢だからなのか、類は友を呼ぶというヤツなのか。
世界各地に点在する遺跡の多くは、トラップや守護者が数多く設置されていて確かに危険だ。そんな遺跡に潜ってお宝を手に入れようとするなら、当然それなりの実力は必要になる。勿論ボクのような頭脳労働専門の知性派もね。
危険に見合う見返りが期待出来るかと言えば確実性に欠けるし、必要な労力も並じゃない。そもそも遺跡を探す事自体、キリエみたいに艦でも持ってないと大変な仕事だよ。
そうなれば好き好んでトレジャーハンターになろうって連中が、偏屈な物好き共に偏るのも判らないでないけど。
この集団の面々がどういう経緯で此処に至ったのか。疑問に思うし、ちょっとは知りたいけど、そこはそれさ。人それぞれで人生色々、好奇心に駆られて人の過去を詮索するような真似は、幾らボクでもやらないよ。
気にはなるけど気にしない。それが仲間として最低限の礼儀ってヤツさ。
「んん? おわぁッ!」
この瞬間、ボクの体に異変が生じた。あまりに突然の事だったので、ボクは思わず驚きの声を上げてしまったよ。
天眼を開いている間、完全に無防備となったボクは予期せぬ浮遊感に襲われたのさ。全身を戦慄と驚愕が走り抜け、ボクは即座に天眼を閉じた。
「おおぉ! こ、これは……」
両目を開いて自分の状況を確認した時、ボクは再度驚きの声を上げていた。
ボクの目に入ってきたのは、1m程離れた位置にある甲板。ボクの前足後足は空を蹴り、安定性を欠いている。なんとボクは空中に浮いていたのさ。
しかしボクには浮遊魔法を使った記憶がない。つまり現状は第三者による何らかの力が作用した結果、ボクの意思とは無関係な所で引き起こされているという事。
混乱する頭を振りながらボクは状況確認の為、首を巡らせてみた。
すると、ボクの背後に佇む人物と偶然にも目が合ったじゃないか。
それはボクの見知った顔。乗船者の一人、ユウキだった。彼女がボクの首根っこを掴み、ボクを自分の目線の高さまで持ち上げていたのさ。
「……何してるの?」
「持ってる」
「何で?」
「手で」
無表情に抑揚ない言葉を繰り出すユウキとの会話は、そこで終了した。
ボクはそれ以上何も言う事が出来ず、ユウキもまた何も言わない。互いの間に沈黙が生まれると、彼女はボクを持ち上げたまま歩き始めた。
おぉ、世界が揺れる。なんて不安定な状況なんだ。せめて両手で持ってくれ。
そんな心の叫びを彼女が理解する事などある筈もなく、ボクはユウキの進むまま振り子のような空中遊泳を続けたのさ。
ユウキ・ナルザーブ、身長167cm、年齢22歳。
腰にまで届く艶やかな紫髪と、青く輝く瞳、南国育ちを思わせる褐色の肌が印象的だ。
顔貌は極めて美麗。鼻梁は真っ直ぐに通り、均整の取れた眉目は甚だ麗しい。天与の美貌というものがあるなら、正に彼女の事だろうね。
美しいボディラインを誇る女性的な身体は、雌のボクですら見惚れてしまう程だ。しかもその身に纏っているのは、服と呼ぶのも憚られる胸と腰下を隠すばかりの、淡い桃色をした薄布だよ。踊り子が身に着ける物と大差ない、肌の露出が激しい衣装さ。
扇情的というか挑発的というか、年頃の殿方には目に毒な格好だと思う。
しかしこの布、見た目を裏切る魔法的防御力を秘めている。魔力を宿す特別な繊維を、一本一本特殊な織り方で組み上げた一品。それがユウキの纏う特別製の衣さ。生半可な魔法じゃ、ユウキに毛ほどの傷もつけられないよ。
そんなユウキは人魚族だ。
見た感じでは全然人魚っぽくないけど、それは彼女達人魚族が具える強大な魔力の為せる業さ。人魚族は生まれながらに強い魔力を持っていて、その魔力で変身魔法を使い、魚類の尾を二本の脚に変えているんだよ。
美しい種族である人魚族は好事家や商人が高値で取引する為、ハンター達に乱獲されてしまい殆ど絶滅状態にある。だから生き残る為に姿を変え、欲の皮の突っ張った連中を欺くのさ。中々波乱万丈な種族だ。
ちなみにこの中でユウキが人魚族だと知っているのは、ボクとキリエと船医のトーコ、そしてユウキを此処に連れてきたサキだけだ。
噂をすれば何とやら、ボクとユウキの前に雨美が姿を現した。正確にはユウキがボクを連れてサキの前に歩いてきたんだけど。
サキは前に立ったユウキと、その手に抓まれているボクを不思議そうに眺めている。
そんな目で見られてもボクには説明出来ないし、ボクの方が説明して欲しいぐらいさ。
きっとボクとサキは今、同じような顔をしているんだろうね。
その時だ。ユウキは何を思ったか、ボクをサキの頭の上に置いた。そのままボクの首根を放す。解放されたボクは、サキの頭に四肢を広げてへたり込んだ。
「危ないから」
ユウキは目をパチクリさせるボクにそれだけ言い、踵を返して他所へと歩いて行く。
その後姿を見送りながら、ボクはユウキの意図を探った。
「ユウキは『此処は戦場になって危険だから、僕の頭の上に避難した方がいい』そう言ったんだと思うよ」
「成る程」
ボクが真意に辿り着くより先に、サキが答えを教えてくれた。
確かにそう言われれば合点がいく。そう言われればね。
「相変わらず主語も述語も省略しすぎてるのさ。これじゃ言いたい事がサッパリだよ」
「彼女は口下手だからね。だけど悪いようにはしない筈だよ」
サキは柔らかな笑みを浮かべてユウキのフォローをする。
彼女の保護者及び通訳まで兼任しているとは、流石だよ。
サキ・ウィナーツ、身長166cmの実年齢不詳。ぱっと見は18歳前後だけど。
髪は海のような蒼、瞳は炎に似た赤。線の細い華奢な体に、少女と見紛う繊細で清楚な容貌をした美少年さ。(美少年とか言ってて微妙に自分が恥ずかしいけど)
今着ているのは大きめのワイシャツに黒いジーンズだけど、これを女物の衣装に替えたら、彼が男だと誰にも判らないだろうね。ボクだって間違える自信があるよ。
サキを見て目を引くのは、その綺麗で可愛らしい顔と、お尻の辺りから生えているフッサフサの尻尾、そして全身の至る所に巻かれた包帯だ。
頭や首、腕、シャツの合間から覗く胸や、恐らくは脚部にも。そこら中に白い包帯が巻かれている。左眼も包帯に覆われて見えないからね。こんな状態で出歩いていいのかと心配になるけど、本人が大丈夫と言うんだから信じるとしよう。
サキは狼狂飢族。でも同種族は大昔に大きな戦争を起こして以後、世界中から危険視されて殆どが狩り尽くされてしまった。今じゃ物凄く数が少なくて、詳しい生態は殆ど判っていない。
この艦の中では一番謎多き人なのさ。
「それで、メウはどうするんだい?」
「お邪魔でなければこのままで。船内を除けば、此処が一番安全だからね」
「ああ、僕は構わないよ」
サキはボク(とユウキ)の勝手な申し出も快く了承してくれた。
何時も優しげな笑みを浮かべ、誰に対しても公平な態度を変える事の無いサキ。常に安定した精神状態を維持していて、会話しているとこちらの気持ちまで落ち着いてくる。
そんなサキの頭の上は、ボクも認めるセーフティゾーンだ。此処に居れば、余程の事がない限りボクが怪我をする事は無い。
尚、ボクは直接的な戦闘能力は持ってないけど、戦いの場には必ずと言っていいほど参加している。それもこれも天眼と超聴覚、そしてボクの第三能力『思念共有』が皆の役に立つからさ。
天眼と超聴覚によって得た情報を、ボクは思念共有で他者に伝達する事が出来る。これによって戦況を優位に導く事が可能なんだ。情報を制する者は世界を制すって訳さ。
熱気を含んだ砂風がサキのシャツと髪を靡かせる。向かい風によって勢い良く揺れる衣服を気にする風もなく、サキはもう間直に迫った飛石悪魔の群へ目を向けた。
いよいよだね。それじゃ、ぼちぼちボクも準備を始めようか。
我が愛すべき盗掘集団の戦闘要員が船上に姿を見せると、キリエの隣へ再びカーナが現れ出た。その表情は得意気で、飼い主に褒めてもらおうとする犬のよう。事実、頭から生えている二つの耳を忙しなく振ってるしね。
「マスター、皆さんを呼んできましたよー。ついでに艦砲の準備もオッケーでーす」
「おう、良くやったな」
「えへへ、マスターに褒められちゃいましたー。カーナちゃん、きゅるる〜ん」
キリエの声を聞くと、カーナは満面の笑顔を浮かべて、その場で一回転する。
さっきのしょ気返った姿とは大違いだ。
「オラ、浮かれてる場合じゃねぇぞ。射程距離に入り次第ブッ放してやれ!」
全身から喜びの芳香を溢れさせるカーナを制して、キリエが素早く命令を下す。
「合点だー!」