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第2目:天眼

「ねぇねぇ、マスター」

カーナは上体をやや前屈みにしながら、キリエへと問い掛けた。

 カーナがキリエを呼ぶ時に使うマスターという言葉は、そのまま支配者・主を意味している。カーナことこの艦は、元々何処かの遺跡に埋まっていたらしい。それをキリエが見つけ出して起動させたんだ。

 その折、カーナはキリエを新たな船主、つまり自分の所有者であると認識して、それ以来キリエに従っているのさ。

 思考する艦と言えど独断で動くのではなく、誰かの命令に従うよう造られてるみたいだね。下手に暴走されたりしない為の処置って訳さ。

「んだ?」

「このまま、ずーーーーっと真っ直ぐ進むんですかぁ?」

「おうよ。この先にオアシスの街がある。其処で補給を済ませて、今度はシュヴァルトライテ跡地へ向かうんだ」

 シュヴァルトライテ、それはエーデスラントに現存する六大国の一つだった国だ。

 砂漠の中にある技術都市で、地下に眠る豊富な埋没資源と古代遺物の発掘及び研究調査で栄えていたのさ。

 しかし数年前、同じ六大国の一つであるグロバリナ帝国の襲撃を受け、一夜にして滅び去ってしまった。

 そんなシュヴァルトライテ跡には、今でも古代遺物が幾つか埋もれてるって噂なんだよ。それを掘り返して、商人や国へ高値で売りつけようって魂胆なのさ。特に兵器関係は面白いぐらい値段が吊り上るから、一攫千金も夢じゃない。

 ボク等はそうして遺跡を荒し、手に入れた遺産を売り払って生計を立てているのさ。俗に言うトレジャーハンター集団というやつだ。

「んー、でもこのまま進むと、飛石悪魔ガーゴイルの群に突っ込んじゃいますよー?」

「何だとぉ!」

 カーナの予期せぬ言葉に、キリエは両目を見開いた。ボクも思わずカーナを見る。

「敵勢体の総数は凡そ300体。こちらへ向かって真っ直ぐ進んできていまーす。このままの速度なら、後10分程で接触すると思われまーす」

 相変わらず能天気な調子で行われるカーナの報告。300とは随分な数だ。恐らく群で餌場を求め移動しているんだろう。

 飛石悪魔ガーゴイルとは、その名が示す通り岩に似た体組織によって構成される魔物だ。体は堅固だけど背中に有る羽で自在に宙を舞い、手足から伸びる鋭い鉤爪で獲物を襲う。熱反応と動きで標的を判別し、襲った獲物の生死を問わず捕食する獰猛な肉食獣だ。

 奴等の生態で最も特殊なのは、生命活動の維持に水分を殆ど必要としない事だね。そのお陰で極度に乾燥した砂漠地帯でも生きる事が出来る。おまけに砂漠のような過酷な環境で猛威を振るう飛石悪魔には、天敵と呼べるものが存在しない。それだから砂漠で大量に発生するケースは珍しくないのさ。

 砂漠では最もポピュラーな、しかし決して油断出来ない害獣、それが飛石悪魔なんだ。

「馬鹿野朗! 何でそれを先に言わなかった!」

 キリエは大口を開け、凄まじい剣幕でカーナを怒鳴りつけた。

「だってぇ〜、マスター聞かなかったんですもん」

「そういう状況報告は最優先でヤレっつってんだろ! この大馬鹿が!」

 キリエはこめかみに血管を浮き上がらせながら、張り倒さん勢いでカーナへと怒声を叩きつける。キリエの憤慨ぶりに圧倒されたカーナは、すっかり萎縮してしまっているよ。

「ふぇ〜ん、マスターに怒られちゃいました〜。カーナちゃん、しゅ〜ん」

 肩を落として、耳を垂れ、両目に涙を溜めて俯いている。

 見るからに意気消沈という様子だ。ボクが怒っても、多分ここまではならないだろう。主と認めるキリエの言葉だから、ショックも大きいんだろうさ。

「ヘコんでる場合じゃねぇぞ! 野朗共にこの事を伝えろ、大至急だ! それと一緒に全艦砲も上げとけ。化け物共を迎え撃つ!」

 けれどキリエはそんなカーナに構う事無く、強い口調で命令を下した。

 まぁ、この人に他人の状態を構うという、殊勝な対応を期待する方が間違ってるけどね。ボク等は皆その事を知ってるけど、はたして頭の軽いカーナはどうかな。

 キリエに罵倒されたのがショックで、臍を曲げられたら大事さ。なにせカーナはこの艦自身。運航から各種機能維持まで全て彼女が行ってるんだから。

「合点だー!」

 かと思えばボクの心配など吹き飛ばすが如く、カーナは即座に顔を上げ、元通りの表情で了承の声を出した。

 見事と言う外にない切り替えの早さ。

 成る程、嫌な事も一秒以内に忘れてしまう得な性格をしてる訳だね。

「緊急事態、緊急事態、エマージェンシーでーす!」

 カーナは叫びながら現れた時と同様に、前触れもなく消えてしまった。

 その直後、艦の上面や側面、随所に設けられていた砲塔が次々と起き上がり、漆黒に光る狙い口を南の空へと定め始める。

 こういう光景を一日に一度は見ないと、カーナが艦の頭脳である事実を忘れてしまうよ。その気になれば街一つ壊滅させる事も不可能じゃないかも知れない戦闘力を秘めてるだろうに、ホント不思議なもんだ。

 動いていく砲台を確認してから、キリエは再び正面を向いた。ボクも一緒になって空を見ると、艦の進行方向側へ何時の間にか黒い点が生じている。それは一瞬毎に大きさを増し、複数の動体が群れている塊なのだと判った。間違いない、飛石悪魔だ。

 キリエは増殖していく黒点を睨みながら、背中の鞘へと手を伸ばす。右手で柄を、左手に鞘尻を握り、両目を閉じて動きを止めた。

 精神集中だね。キリエの背負う剣は長いだけじゃなく出鱈目に重い。非力なボクじゃ到底持ち上げられない代物さ。それを抜いて使おうっていんだ、我武者羅に扱うのではなく、心の準備みたいなものが必要なのさ。

 それから2秒程、キリエは微動だにしなかった。しかし突如目を開き、左右の手を逆方向に思い切り引く。と、朱色の鞘内へ納められていた白刃を、一瞬の内に抜き放った。

 静かな、それでいて迅速な動作に導かれて現れたのは、緩やかに歪曲した反身の長刃。

 見る者を圧倒する長い刃は、降り注ぐ陽光を照り返して鈍く輝き、磨き上げられた刀身に周囲の景色とキリエの顔を映し込んでいる。

 キリエは朱色の鞘から左手を放して、それを柄に添えた。そのまま両手で握り込み、長刀を振るい始める。刃が動く度、流れ行く風が切れ、鋭い音が鳴った。

 何時見ても凄い迫力だ。とてつもない長刃を苦もなく振り回すキリエに驚くもさることながら、恐ろしい程に鋭い刃が動き回る様は、まるで白い魔物がのたくっている様で、言い知れぬ恐怖を感じる。

 軽快に刃を振るっていたキリエは、目線の高さで刀身を止めた。

 自身の顔面側方で水平に刃を構え、徐々に輪郭を現してくる異形の群へと、殺意の漲る視線を射込む。

「来いよ、化け物共。テメェ等の首は、このオレが狩り取ってやるぜェッ!」

 虚空へ向けてキリエが一喝。

 桁外れの肺活量から生み出された爆発的大声量が、艦の航行音さえ掻き消して砂漠に響いた。

 その音は羽ばたく異形群へ容易に届いたらしく、彼等の獰猛極まりない眼光が、一斉にキリエへと注ぎ込まれる。

 幾らか離れた遠方にあって尚判る敵意の眼差しに射抜かれながら、それでもキリエに臆する様子はない。それどころか両瞳をギラつかせながら、顔に不敵な笑みを浮かべているじゃないか。これは完全に戦闘モード、戦る気満々というやつだ。

 こうなったら、キリエはもう止まらないよ。敵か自分が死ぬまで暴れ続けるのさ。

 さて、カーナの情報が正確に伝わっているなら、そろそろ他の連中も動き始めた頃だろう。彼等が何処でどうしているのかを、ちょっと探ってみようか。


 ボク達猫知族ルディオは見た目こそ愛くるしい猫だけど、知力は全種族随一を自負していてね、記憶力や物事の理解力は何者よりも高いんだ。反面、魔力や戦闘力は微々たるものだけど。しかしそんな短所を補って余りある特殊能力が、ボク等には幾つか具わっている。

 その一つが『天眼』だ。普段は閉じているけれど、ボク達猫知族は額に第三の目、天眼を持っているのさ。

 この目は特別な眼で、一度開けば半径200メートル圏内のあらゆる事が手に取るように判るんだ。それが例え壁越しだろうが、地面の底だろうが、天眼の前では無いも同じ。

 ただ天眼を開いている間、ボク等は極めて無防備な状態で、何の行動も出来なくなる。そのうえ自覚症状がないまま、体力と精神力を底の抜けた水桶ばりに消耗していくのさ。そんなだから、猫知族が私生活で天眼を使う事は殆どないよ。

 しかしボクは違う。使える物は最大限に利用して、知り得る情報の悉くを自身の血肉とするべし、なんてのを旨としていてね。知的欲求・探究心を満たす為なら、多少の疲労も辞さない覚悟さ。

 そもそもこの能力は、神がボク等に『世界の全てを知る権利』を与えた証なんだと思っている。つまりこれを使って諸所諸々の事象を観測するのは、ボク等だけに許された特権であり、何人にもこれを侵害する権利はないと、ボクは声高に謳わせてもらうよ。

 エゴイストと呼ぶなら呼ぶがいい。ボクはそれを甘んじて受け入れよう。しかしボクの好奇心は止められないし、止まらないのさ。文句ならボク等にこんな能力を与えた神様にい言うんだね。まぁ、ボクは無信仰者なんだけど。

 と、いう訳で、皆がどうしているか早速調べるよ。

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