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第1目:砂漠の艦

 凡庸な科学と魔法が共生する世界エーデスラント。

 有史以来、数多の国が争い合い、勃興と繁栄、衰退と滅亡を繰り返してきた世界。

 幾多の種が無数に息衝き、ある時は手を取り合い、またある時は憎み殺し合う世界。

 日に幾万の死と悲しみを生み出す、晴れる事無き戦乱の世界。

 才覚と力量と幾許かの運があれば、己が野望を叶え得る世界。

 夢敗れし夢想家と、それと同数の夢追い人が交差する世界。

 法も秩序も、力こそが全てを定める世界。




 灼熱の陽光が照り付ける熱砂の海。地平彼方まで続く広大な砂漠の只中を、一隻の戦艦が進んでいる。

 太陽の輝きを容易に跳ね返す重厚な装甲板に覆われた、全長200mに及ぶ漆黒の軍艦。起伏の有無を認めず均一化の施されたフォルムは潜水艦に似て、しかし剣の如き船首は紛う事無き船のそれ。

 碇を持たず、帆を張らず、風に逆らい砂を掻き分け、巨船は一路南進していた。

 行けども行けども砂ばかり。東西南北右左、360度見渡す限り砂、砂、砂。

 そんな代わり映えしない世界を、ボクは船首に程近い甲板の上から眺めている。そして此処には、ボクと同じように広大な砂丘を眺めている者がもう一人。

 その人はボクの隣に立って、正面から吹き付ける熱風に全身を晒している。

「がはははは! イィ風じゃねぇか! キリエ様と愉快な仲間達の船出にゃ絶好の日だぜ。お前もそう思うだろ、メウ」

 大口を開けて豪快に笑いながら、キリエはボクに目配せをしてきた。

 キリエ・マクウェガー、26歳。ボク等のリーダーにして、この艦のオーナーだ。

 身長176cm、赤い髪は短く切り揃えられ、瞳は黄金にも負けない金色。額に巻かれているのは、彼女のトレードマークである真紅のバンダナさ。

 上に着ているのは黒のタンクトップ、下は迷彩柄の長ズボン。露になった肩口からは、鋼線を何本も捩り合わせたような屈強の腕が覗いている。

 鍛え抜かれた体躯は洗練された野獣を連想させ、精悍な顔立ちは鉄を掘り込んだような如何にも猛者という印象だ。

 そんなキリエには、もう一つのトレードマークがある。今現在キリエが背負っている朱色の鞘さ。ただその長さが尋常じゃない。柄頭から鞘の先端まではキッカリ2mもある。生半可な奴じゃ、鞘から抜く事すら出来ないだろうね。

「がはははは! 空は快晴、気分は爽快。テンション上がってくるじゃねぇか、エェ!」

 いやはや、砂漠のド真ん中で汗一つ掻かず笑い続けられるなんて、流石は焔皇鬼族サラマンドラといった所さ。

 焔皇鬼族は火山性地帯に群棲する種族で、生まれながらに熱や暑さには強い耐性を持っているんだ。一年を通して噴火し続ける大火山帯に居を置く焔皇鬼族にとって、砂漠の暑さなんてどうという事もないんだろうね。

 魔力を使って自分の周囲に冷気のフィールドを作らなきゃ、5分と耐えられないボクにとっては羨ましい話なのさ。

 それに焔皇鬼族は丈夫な体を持つ為か、平均寿命が150歳程度なんだ。しかも老化速度が随分遅い。肉体の全盛期期間がそれだけ長いという訳さ。これは女性にとって羨ましい話だね。そしてボクも羨まし組だよ。

「なんだなんだメウよぉ、その時化た面は」

「生憎とボクは暑さに弱いのさ。北国育ちだからね」

「がはははは! そうだったな。まぁ何なら、オレがその暑苦しい毛を剃ってやろうか?」

 キリエが笑顔で恐ろしい事を口走る。一瞬で、ボクの全身に寒気が走ったよ。

「冗談じゃないのさ。この美しい毛艶が目に入らないのかい? これを失うなんて考えられないね。ああ、在り得ないとも」

「そんなムキになる事ねぇだろ。ちょっとした散髪じゃねぇか」

「断じてあるさ! これは毎日ボクが丹精込めて毛繕いしてるんだよ。それを何も知らない部外者に奪い荒されるなんて、想像しただに恐ろしい!」

「わーった、わーった。そんなに言うなら手出ししねぇよ」

 必死の訴えが通じたのか、キリエは肩をすくめて砂漠へと向き直った。やれやれ、これで一安心さ。

「だが、気が向いたら何時でも言えよな。オレが格好良く仕上げてやるぜ」

 得意気な笑みを浮かべて、キリエは白い歯を覗かせた。

 ボクの言った事を判ってないらしいね。取り合えずボクは言いたい、人の話の本質を汲み取ってくれ。

「ああ、そうだね。と、返事だけしておくよ。一生気が向く事は無いけどね」

 ボクは辟易気味な視線を返して、雄大な砂漠へと視線を戻した。

 流れ行く景色は同じものの繰り返しだけど、肌に当たる風は心地良いのさ。船内は冷房完備で過ごし易いけれども、ボクはこの自然の風が好きなんだ。

 全身で受ける風には何とも言えない快感がある。嬉しいから髭もピンと立ってるよ。

 風を受ける楽しさはキリエも同じらしい。嬉しそうな、て言うよりは、不敵な笑みを浮かべてるけど。まぁ、これがキリエなりの嬉しさ表現なのさ。だと思うよ、多分。


「本当に、いい風だね」

「だろ。こうしてる時が、船持ってて良かったと思う瞬間だぜ」

「随分と安い満足の仕方だね。ま、キリエらしいけど」

「がははははは! 安いときたか!」

「はーい! カーナちゃんもそう思いまーす!」

 唐突に、ボク達の会話へ第三者が割り込んできた。しかも、一瞬前まで誰も居なかったボク等の後ろに一人の少女が佇んでいる。

 しかしボクもキリエも驚かない。いや、ボク等だけじゃなく、この艦に乗っている面子は誰も驚かないさ。それは何故か。

 答えは簡単、彼女がカーナ・ヴェルフェルディアだからだ。

「だけど、何の事か判りませーん」

 無邪気さ全開満面笑顔で、とぼけた事を言っている。

 うーむ、流石はカーナ。

 カーナの瞳は澄んだ黒、髪は黄金色。赤いリボンでポニーテールに結わっているよ。

 外見的な年齢は14歳前後。身長は140cm、その小柄な体に着ているのは紺色のメイド服。年齢相応の発育途上な体形と、あどけなさが満ちる可愛らしい顔。その頭にはフサフサの獣耳まで生えている。

 カーナを形作る主要な要素は複雑に絡みあって、ある種の成分を作り出しているんだ。その手のマニアの激情を刺激して止まい雰囲気かおりをね。

 そんなカーナだけど、見た目通りポワポワした性格をしてる。始めて訪れた街で、浮かれて走り出したまま迷子になって、泣きながら巡回警備員さんに連れて来てもらうタイプだ。見るからな不審者に会っても、飴あげると言われたら素直について行くタイプだ。

 純真無垢な天然系と言うやつか。しかしカーナを侮るなかれ。彼女はこう見えても、ボク等の中では一番の高齢なのさ。現在の年齢は確か、15538歳だった筈だよ。

 何せカーナはボク等の乗っているこの艦、超古代文明期の遺産の一つ『聖堂船アーク』と呼ばれる思考する地上戦艦インテリジェンスシップ、その中枢を担う心臓部にして頭脳なのだから。

 此処に居るカーナは映像、思考する艦がボク等とのコミュニケーションを図る為に投影しているインターフェイスなのさ。本体は船の中心部に備え付けられている自己推論型理論機構搭載アシンクロニアス・ニューロコンピューターだ。

 同機関は有機高分子素子によって、膨大な情報の三次元処理を行う事が出来るらしい。まぁ、ロストテクノロジーのメカニズムはボクの専門外だけど。

 そんなボクにも判る事がある。カーナ、いや、この艦は超古代文明の栄えた時代から現代までを生き延び、膨大な叡智を備えているという事さ。ただ、流石にあっちこっちガタがきてて、カーナ自身あんな風になっちゃってるけど。

「あー、猫さんだー! にゃんにゃん、ネコさん」

 人懐っこい笑顔を浮かべて、カーナがボクの顔を覗き込む。

「カーナちゃんとお揃いですねー。ほらほら、耳ミミ」

 嬉しそうに耳がピコピコ動いてるけど、ボクと君は全然種族が違うから。お揃いかもしれないけど、根本的に違うから。

「猫さん、ネコさん、にゃんにゃんにゃん」

「そうだよ猫知族ルディオだよ。それが何か?」

「わーい、ネコさんとお喋りしちゃいましたー」

「二時間前にも同じ会話をした気が……」

 カーナは全知なる古代文明の結晶。そしてこの艦その物。秘めたる力はどれ程のものか、ボクにも計り知れない。

 なのに今の彼女を見ていると、とてもそうは思えない。そもそも、思えって言う方が無理だろうね。ボク自身、もう信じられないんだから。

 ボクの胸中で起こる葛藤などお構いなく、カーナは一人嬉しそうに笑っている。この子はきっと、只其処に居るだけで幸せ一杯なんだ。頭の中は年中無休で春だから。

 そんな、ある種荒んだ思考がボクの中に広がり始めていた時、カーナは笑顔のまま右手でひさしを作り、それを額に当てて彼方へと視線を向けた。

 それはボク達の見ている方角で、ずっと先まで砂漠が続くばかり。

さほど長くない連載です。1イベント分程度かと。

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