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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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騎士団の下克上(7)

魔術師長が一定の距離まで離れたのを確認したドレンは、イザークに向き直った。

そして先ほどの話を引きずる事もなく本題に入る。


「それで計画なんだけどさ、まずは夜会でアピールでもしようかなって思ってるんだ。私が帰ってきてることは周知の事実なんだけど、皆、騎士団長とのことを知っているから、参加しても遠巻きにされていてね。当然、彼らは私と騎士団長の権力争いになることを見込んでいるはずで、安全な方に味方するため、様子伺いをしてるはずなんだ」


ドレンは中央から引き離されていたにもかかわらず、ずっと見ていたかのように的確に状況を捉えていた。

自分はあえて夜会の参加を見送って、両親や姉から様子を聞いていたが、彼はおそらく数回、自分で夜会に参加して、その空気から判断したものだろう。

だがそれは、ずっと夜会に参加して状況を追っていた家族の感想と変わらないもので、それを数回で掴んでしまうドレンの洞察力はさすがとしか言えない。

ドレンがどう動くのか。

確かに周囲はその動向を探っているのだ。


「そこで私との仲をアピールしたいと」


皆が様子を伺っている中、魔術師である自分が彼と行動を共にする。

それが何を意味するのか、敏い貴族ならすぐに気がつくことだろう。


「まあ、イザーク君個人というより、魔術師たちと、かなあ?まずはそれで日和見な奴らの腹を探りたい」

「なるほど」


確かに彼らの行動は日和見だ。

自分たちに利がないと判断すれば、すぐに意見を覆す。

己の信念を持って行動している訳ではない。

まずはそんな貴族が自分たちの邪魔にならないかどうかを確認しておきたいということだろう。

気にすべきは敵になる可能性がないかどうかだけではない。

一時的にこちらについたとしても、足を引っ張られる可能性だってあるのだ。


「あとさ、うまくやれば騎士の脳筋が絡んでくれると思うんだ。あっちが自ら恥を晒してくれたら助かるんだけどね」


夜会は社交の場だが、水面下ではしたたかな戦いもある。

けれど酒もある。

醜態をさらすまで飲むような者は滅多にいないが、それでも気を大きくした者が、距離を置かれているドレンやイザークを見て、何か仕掛けてこないとも言えない。

寮と同じように、自分たちを大きく見せようと寄ってくる可能性は充分ある。


「騎士自らに悪評を立ててもらおうと」

「そう。騎士団長は一筋縄ではいかないだろうけど、脳筋貴族は何とでも動かせるんじゃないかな。彼は無駄に発言力がある分、面倒なんでね。周りから崩れてもらおうってわけ」

「わかりました」


つまりドレンは自分に騎士から絡まれやすいポジションにいろと言っているのだ。

一応家族も夜会に参加することになっているが、その状況を作り出すためには会場でできる限り家族と距離を取る必要がある。

そのあたりは家族に前もって伝えておいた方がいいかもしれない。

イザークがそう考えていると、ドレンは急に話題を変えた。


「大きな夜会に君の力を見せつける機会があればうまく取りなせるんだけどなあ。何かない?」

「力……、目立つ魔法でも見せつければいいのですか?」

「そうだね。でも誰も傷つけてはいけないなあ」



ドレンの言葉を聞いてイザークはふと空を見上げた。

灯りの少ない訓練場の空には多くの星が瞬いていて、今日はいい天気だ。

雲もないし風もない。

空に障害になるものはなさそうだから、今ならまっすぐ打ちあがるだろう。

ロイクールとの訓練を思い出したイザークは、視線を空からドレンに戻した。


「ドレン様、一帯が濡れてもいいですか?」

「濡れる?水でも撒き散らすの?」


イザークが何か思いついたらしい。

濡れるというのだから水系統の魔法に間違いないだろうが、何をするつもりかまでは分からない。

ドレンが尋ねると、イザークはうなずいた。


「そんな感じですかね。お見せしますか?訓練場の使用許可があるなら、今ここでその魔法をお見せできますが……」

「見たい!ぜひ見せてよ!」


イザークがどうしますかと聞くまでもなく、ドレンはそれを見せてほしいと先に答えた。

実のところ大半の王宮魔術師の魔法は規模が小さい。

しかし彼とロイクールは別格だ。

騎士と魔術師の立場を逆転させるだけの力がありながら、攻撃力が高すぎるため模擬戦で使うことが許されなかった魔法の一端を、ここで目にすることができるかもしれない。

こんな機会は滅多にない。

ドレンは興奮して目を輝かせた。


「わかりました。屋根の下に入ってください」


ドレンの期待に少し引き気味に答えたイザークは、そう言うと訓練場の中央に立つのだった。



打ちあげる時にぶつからないように、そしてドレンを傷つけないために距離を取ろうとしたのだが、ドレンは移動したイザークについてきて、魔法が発動する様子を近くで観察しはじめた。

やりにくいが見せると言ってしまったし、やめるわけにはいかない。

イザークは気付かれないようため息をついて気を持ち直すと、早速水球を手の中に作り始めた。


「すごいな。もしかしてこれを打ち上げたりする?」


イザークの手の中でどんどんと大きくなっていく塊を、ドレンは珍しそうに見ながら尋ねた。

攻撃魔法の水球は小さいものを使うことが多い。

小さい方が短時間で作れるし消費する魔力量も少なくて済むからだ。

ただイザークの場合、小さいものでも飛ばす時の力が強すぎて、威力もかなりのものになってしまうため当たれば命の危険が伴う。

それなら目に見える大きさにして危険だと分かる方がいいし、落ちてきた時にその威力もなくなっていた方がいい。

そして何より、これだけ大きなものにすれば、全力で魔力を放出できるので、ストレス発散にもなるのだ。


「します。いきます!」

「へぇー」


そろそろ打ち上げようとイザークが声をかけるが、イザークは感嘆の声を上げるだけで、イザークから離れようとしない。


「感心してないで、打ちあげたら屋根の下に移動してください。あと、勢いのついている状態で当たると結構な怪我をしますので離れてもらえると……」

「そっか。わかったよ」


イザークの防御魔法にぶつかっただけで、模擬戦を挑んだ騎士が吹っ飛んだという話は何となく聞いている。

防御しただけでそれなら、攻撃魔法のこれにぶつかれば危険なのは間違いない。

ドレンは素直に返事をしてイザークから少し距離を取った。

それを確認したイザークは、魔法で作った水球の塊をまっすぐと空に打ち上げたのだった。



数分もしないうちに、水球は空で崩れ、その水は雨のように地面に降り始めた。


「あはははははははっ!すごい!すごいや!やっぱり魔法はいいなあ!」


轟音と共に降り出した雨を見たドレンは、訓練場の屋根の外へと飛び出して笑いながら空を見上げた。

そして全身で雨になった水魔法の中をはしゃぎながら駆けまわる。


「ドレン様、そんなことをしていたら濡れて風邪をひいてしまいます!」


イザークが思わず子どもを注意するようにドレンに言うと、ドレンは言い方など気にしないといった様子で、楽しそうに雨を全身で受け止めながら答える。


「かまやしないさ!久々に面白いものを見れて興奮してるよ!これは想像以上だ!」

「ありがとうございます」


魔力の強すぎる使い道のない魔法を、こんな形で喜んでもらえる日が来るとは思わなかった。

自分の攻撃魔法をこんなに楽しそうに受け止めてくれたドレンに、イザークは思わずお礼の言葉を口にしたのだった。

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