騎士団の下克上(6)
ドレンに答えを促された魔術師長は静かな声で答えた。
「わかりました。私は……不干渉を貫くつもりだ」
「魔術師長?」
予想外の答えにイザークも彼の方に歩み寄った。
本気で言っているのかと再度確認しようとすると、魔術師長が先に言う。
「どちらにもつかぬ、中立の立場でおるつもりだ」
「なぜ……」
そんなことをすれば、どう決着がついても立場が悪くなる。
イザークたちが一番懸念していたことが起こるはずだ。
魔術師長も貴族なのだから、そんなことは容易に想像がつくはずなのに、あえてその選択をした理由が分からない。
思わぬ回答に頭が追い付かずイザークは目を泳がせると、魔術師長はイザークをじっと見て言った。
「未来の魔術師団をイザーク、そなたに託すつもりだからだ」
「そう。つまりこの先、君の判断が、魔術師団としての総意になるってことだね」
ドレン初めから彼の意思を聞いていたのだろう。
魔術師長が自らその話を伝えたその後で付け加える。
頭が整理が追い付き、どうにか冷静さを取り戻したイザークは、ドレンの言葉を聞いてため息をついた。
「それは私の判断に皆が同意したらの話でしょう」
そもそも一時期とはいえ引きこもりになってしまった人間に、人はついてきてくれるのか。
自分が魔術師長の後継者となる可能性が高いことは周囲も自分も知っている。
けれどそれと、改革に同意してもらえるかは別問題だ。
団が一丸となるべきなのは間違いないが、さすがに自分が彼らに強制することはできない。
こればかりは個々の判断にゆだねるべきものである。
だから自分の意見を魔術師団の総意などと決めつけられては迷惑だ。
「そうだね」
ドレンはその通りだとすぐさまイザークの意見を肯定する。
ドレンは自分を試しているのかもしれない。
イザークはそう思いながら、魔術師長のことが気になり、ついそちらに目をやった。
「それで魔術師長は……」
魔術師長はどうするつもりなのか。
イザークは彼がどうしたいのかを確認したいと言いかけたところで、彼は自ら、考えを話し始めた。
「今回の件がうまく運べば、実権はイザークになろう。失敗すれば私が引き取る。どちらにもつかぬ私は、どうなろうとも以降はお飾りの魔術師長となるな」
成功しても失敗しても、負の部分は自分が背負う。
それが自分にできるせめてもの償いだ。
戦争から長い時を経たにも関わらず、過去の栄光の恩恵を受けすぎた。
それは騎士団長だけではなく、自分も同じ。
しかも未来の魔術師たちを率いる若者を、庇いきれず引きこもりにしてしまった。
そして傷を負ったのは彼だけではなく、他の魔術師も同じだ。
彼ほどではなくとも、様々なトラウマを植え付けられている。
それが今、ドレンの改革によって取り払われようとしているのだ。
自分の地位という代償で、彼らがトラウマから開放され、本来の力を発揮できるようになるのから、安いくらいだろう。
そして彼らが未来を背負う準備を整えられたのなら、その時自分は蟄居すればいい。
それが同士として戦った彼に対する自分なりの誠意のつもりだ。
騎士団長に少し遅れることになるが、自分も彼と同じ道を歩み、そうして表舞台から姿を消す。
これが魔術師長の描いたシナリオだった。
「という感じなんだけど、どうかな?」
やはりドレンは魔術師長と話を付けていたのだろう。
初めて聞くには重たい話の後であるにもかかわらず、ドレンは軽い感じでイザークに判断を求めてきた。
もちろん、もともとここで話すことは決まっている。
だから呼び出しに応じたのだ。
それに今回伝えるのは家の総意のため、ここでよほどの話を聞かされない限りは意見を覆すことなどできない。
ただ、この言葉は口にしてしまえばもう引き返すことができなくなる。
だから慎重にならざるを得なかったのだ。
けれど魔術師長はイザークとドレンに自分が事実上引退することを宣言した。
そこまでされて、のらりくらりと確信をごまかし続けることはできない。
ドレンは意を決して、ついにその言葉を口にした。
「私は今回の改革に参加するつもりです」
イザークがそう言うと、待ってましたと言わんばかりにドレンが微笑んだ。
「そうだよね。そう言ってくれると思っていたよ」
彼が嬉しそうに握手を求めて手を出してきたが、イザークは手を差し出すことなく言った。
「早くから外堀は埋められていましたから、逃げ場はなかったように思います。私達のところに足繁く通っていたのも、このためでしょう?」
ロイクールに対しては憧れがあったかもしれない。
平民の天才魔術師で、かの大魔術師の弟子なのだから。
けれど自分に対してはきっと違う。
貴族として立ち回れる自分を利用しようと近付いてきたはずだ。
憂いの表情でイザークが握手の手を取ることもせずそう言うと、ドレンは少し子どものようにむくれて言い返す。
「それは心外だなあ。本当に仲良くしたいと思ってのことなのに」
ドレンは握手を諦め、出した手をひっこめながらも、視線をイザークから外すことはせず次の言葉を待った。
魔法に憧れているのも本当だし、魔術師を尊敬しているのも本当だ。
そしてイザークの言う通り、この日が来たら魔術師と手を取り合って改革を行うつもりであったことも間違っていない。
ただ最初からイザークに絞って接近したという訳ではなく、あくまで最初に近付いた相手が適任だっただけなのだ。
だからイザークにはそう思われても仕方がないと、ドレンは諦めるしかなかったのだ。
イザークも口ではそう言ったものの、ドレンの全ての好意が偽物であるとは捉えていなかった。
けれどまだ、そうして仲良く手を取り合うには早い。
その時を迎えるために、やるべきことがある。
まずは自分の決意を彼に伝えることが先決だ。
「ですが私も、今のタイミングを逃せば、魔術師たちが本来あるべき立場に戻ることができなくなると考えます。利害の一致です」
「それならいいんだ。不本意だけどなんて言われたら、相応の対処を考えなきゃならないところだったよ」
イザークはわざと棘のあるような言い方をしたが、ドレンからすればそれは些細なことだったらしい。
気に留める様子を見せることはしなかったが、変わらぬ軽い口調で恐ろしいことを口にしている。
「それで私は……、あなたの計画をお聞かせ願えますか」
思わずどうしましょうと聞きかけたが、何をすればいいのか指示を仰いでいるようではいけない。
ここからは騎士と魔術師が対等の関係を築くために必要な話し合いなのだ。
自分を魔術師の代表と彼が認めてくれているのなら、無駄にへりくだるのはよくないだろう。
イザークが言葉を変えると、ドレンはまた楽しそうにうなずいた。
「もちろんだよ。ああそうだ、魔術師長、この先は聞かない方がいいと思うな」
ドレンはイザークに返事をすると、魔術師長にそう言った。
「そうですな。あとは若いものにお任せいたしましょう」
自分が呼ばれたのはイザークの改革参加を後押しするためであることは分かっている。
ドレンからすればイザークより魔術師長の方が明らかにただの駒扱いなのだ。
そのドレンがイザークから自分の望む答えを得て満足したのだから、ここに残っても自分は邪魔でしかない。
それに話し合いに参加してもできることはない。
むしろ気になって余計なことを口にしてしまうだけだろう。
それはただの邪魔だ。
自分は何が起こっても、彼らに任せてただ黙って見守るだけ。
魔術師長が二人を眩しそうに見ながらそう言うと、ドレンはその言葉選びを気にしながらも、退
席するならどちらでもいいと彼を見送った。
「なんかお見合いみたいな言い方だなあ。まあいいけど。じゃあ、よろしく」
魔術師長は自分のできることは全てやりきったと、最後に明るい表情を見せた。
本当は複雑な気持ちかもしれない。
もしかしたら自分の考えを伝えたことで、ずっと抱えてきた責任から解放されることに安堵したかもしれない。
二人に魔術師長の心中を察することはできなかったが、魔術師長が今回の結果が出る前に、自分の進退にけじめをつけたことは間違いなかった。
ドレンは先頭で立場を明確にしている。
今度は自分の番だ。
イザークは魔術師長の背を見送りながら、その思いを受け継ぐ決意を新たにしたのだった。




