騎士団の下克上(5)
「何で訓練場なんですか」
夜に抜け出すのも歩くのも慣れた場所ではあるが、まさか話し合いの場にこんなところを指定されるとは思っていなかった。
メモの通り、指定された時間に訓練場に行ったイザークは、すでにそこにいたドレンを前にため息交じりでそうつぶやいた。
するとそれを耳にしたドレンは、悪びれる様子もなく言う。
「君とロイクールが夜に寮を抜け出して特訓していたと聞いたんでね。こっそり抜け出して行き慣れた場所なら、見つからずに足を運びやすいんじゃないかと思ったんだ。それにまだ、魔術師長はこの時間を君たちの訓練用に押さえたままにしてるみたいだから、都合が良かったんだよ」
どうやらドレンは、イザークとロイクールが夜に訓練していたという情報をどこからともなく得ていたらしい。
だからあえてこの場所を選んだのだという。
当時、訓練のことを隠していたのは、あの時の自分が恐怖の対象である騎士に絡まれたりしないようにするためであり、訓練をしていることそのものを隠すつもりはなかった。
けれどあの時、イザークはロイクールに記憶を預けている状態だった。
だから状態で、特に騎士の誰かに出会ってしまった場合、不自然な行動を取る可能性があったのだ。
それに当初の訓練の目的は模擬戦に勝つことだったので、それはすでに達成されている。
何も後ろめたいことはないし、今ならば何を言われても問題ない。
「そうですか。今さら訓練していたことを隠すつもりはありませんが、あの時は魔術師長の監視がありました。ですからここを使うことが知られているのなら、彼もそろそろ来るのではないでしょうか」
ここに二人が足を運ぶと、遠くに魔術師長が姿を見せるのがいつものことだった。
もし今日もここにいることが知られているのなら様子を見にくるに違いない。
人に知られないよう会話をするため抜けだしてきたのに人が来てしまっては意味がないのではないか。
イザークがそう言うと、ドレンはふっと軽く笑った。
「魔術師長なら問題ないよ。彼は魔術師なんだから、当然味方でしょう?」
ドレンが試すようにそう言うと、イザークはため息をついた。
「それはどうでしょうか。騎士団長とは仮にも戦の双璧として共に戦った仲ですよ。あの戦争を戦い抜いた者たちは絆が深いと聞きますが」
魔術師長がもっと騎士団長をおさせてくれていたのなら、魔術師は今のような扱いを受けていなかったはずだ。
それを考えると、魔術師長が本当に魔術師たちの味方であるとは言い難い。
騎士たちは魔術師を模擬戦と称して自分たちのストレスのはけ口にし、力で抑えることでその能力の高さを誇示している。
騎士団長と対等の立場であるという魔術師長はそれも黙認してきたのだ。
彼は騎士団長に軽口を叩くくらいの権力は持っていても、頭が上がらないのではないかとも思える。
「そうだけど、そんな仲間の部下をあそこまで貶めて、自分の部下を増長させたわけだし、騎士団長は仲間意識なんて持てないほど耄碌してしまったんじゃかいかな?戦の功績だって、すでに過去のものだよね」
騎士団長や騎士たちは過去の栄光にすがる傾向がある。
今の能力は分からないが自分たちは戦争で戦った英雄だと自ら名乗るほどだ。
しかし戦争が終わってからすでに何年もの月日が流れていて、その間、ドレンのように国境警備を担当していた者を除けば、争いとは無縁の平和な生活を謳歌していただけだ。
たしかに騎士たちは今でも訓練と言う名の何かはしているし、市民から助けを求められればそこに赴くこともある。
だがそれも主に力仕事を助けるだけなのだから、命をかけるようなものではなく、平和なものだ。
彼らは市民から持ち上げられて気分良く帰ってくるだけだ。
そこに争いも危機意識もない。
「たしかに戦は終わりました。ですがもう起こらないとは言えない。常に有事に備える必要はあります」
国境に赴いたことはないが、彼らが今でも配置されているのは、いつ有事が起こるか分からないからだ。
その第一報を持ってくるのも食い止めるのも彼らの役目。
その時、平和ボケしている騎士たちはどう出るのか。
「そう。君の考えている通りだよ。じゃあその備え、今の騎士団長で万全かなあ?今のままで魔術師たちは騎士のために戦ったり、彼らに安心して背中を任せたりできるの?自分たちが盾にされそうとか思わない?」
「それは……」
「でしょう?」
確かにドレンの言うことはもっともだ。
現状、魔術師をいたぶる道具くらいにしか思っていない騎士たちだ。
自分たちに不利だと思ったら、魔術師を置いて真っ先に逃げ出すだろうし、彼の言う通り人間の盾として利用することを考えてもおかしくはない。
その時のことを考えると、魔術師を守るだけの防御魔法を発動できないか、彼らに前もって防御する術を与えておくことはできないか、そんなことが頭の中をよぎる。
「魔術師長もそうなんじゃないかなあ?自分も盾にされるとか思わないのかなあ。騎士団長と付き合いが長いから自分だけは大丈夫って考えているのかなあ。どうかなあ?」
ドレンは右に左に体を傾け、笑みを浮かべながら、イザークに疑問を投げつける。
確かに魔術師長は自分たちを庇うことも少ないが、騎士団長の味方になるような行動もしていない。
それは魔術師長の気持ちが騎士団長から離れてきているのが大きいということだろう。
けれどそれだけでは今回の件において、彼がどちらにつくかなど想像できない。
土壇場で意見を変える可能性だってある。
イザークが返事を保留していると、ドレンはため息をついた。
「魔術師長、来てますね?」
「ああ、もちろんだとも」
ドレンがそう言うと、イザークの後ろから返事が聞こえた。
陰から話を聞いていた魔術師長が姿を見せたのだ。
きっとドレンは最初から彼をここに呼んでいたのだろう。
「どういうことですか?」
二人で話すつもりで来ていたイザークからすれば寝耳に水だ。
問いただす勢いでイザークがドレンに近付こうとすると、ドレンはそれを避けて魔術師長の前に立った。
「先にあなたの話を聞かせてくれないかな。イザーク君が答えにくいだろうからさ」
結論はすでに出ている。
さらにそのための調整も水面下で進んでいる。
だからここでよほどのことがない限り決定を覆すつもりはない。
とはいえ、確かに魔術師長の意見は気になるところだ。
イザークが彼らの方を振り返ると、ドレンの問いに、魔術師長は首を縦に振るのだった。




