騎士団の下克上(4)
休みを使って当主に相談した翌日。
食堂にいると、待ち構えていたかのようにドレンが声をかけてきた。
「やあ、イザーク」
「ドレン様……」
「早速前向きに考えてくれたみたいで嬉しいよ」
ニコニコしながらそう言うと、確認することもなく、ドレンはイザークの正面に座った。
彼が手に持っているのは飲み物だけなので、食事をしに来たわけではなく、確実に自分と話すために寄ってきたことが分かる。
そしてドレンは考えてくれたと言ったのだから、おそらく渡したメモについて、自分が当主に相談しに行ったと確信しているのだろう。
そしておそらく裏も取っている。
その情報網にも驚かされるが、その力を持っていながら、なぜ騎士団長にしてやられ、国境警備においやられたのかが不思議だ。
もしかしたら、そうなってしまってからここに戻ってくるまでの間にこのような能力を身に付けたのかもしれないが、真偽は不明だ。
ただ、そう思わせるくらい、もともとドレンの能力は高かった。
イザークは思わず余計なことまで考えたが、今の彼の問いが改革の意思について問うものではないかというのは、イザークが感じただけで確信ではない。
ここは確信が得られるまでとぼけた方がいいだろう。
「何の話ですか?」
「メモのことだよ」
「なぜそう思われたのですか?」
メモなんてどさくさまぎれに置いてあっただけ。
下手をすれば気がつかずに捨てているかもしれないようなものだった。
結果的に気がついてしまったから相談することになったのだが、ドレンにはその経過を話していない。
そもそもメモを持ち帰ったかどうかなど、確認されていないのだ。
だからドレンの言うことは正しいが、それを素直に認めるのは少々躊躇われた。
そんなイザークの言い回しを聞いたドレンは、大きく息をついてから笑った。
「ああ、やっぱり君はできるね。っと、そうじゃなくて、こちらの情報網を舐めないでほしいなあ。昨日、君は実家に帰ったんだよね?」
向こうがはっきりとそう言ったため、嘘のないようイザークは慎重に回答する。
「確かにそうですが……」
「相談したんでしょう?」
「話はしました」
主語はないが、当主に相談したことまですでに織り込み済みの話のようだ。
これでは認めるしかないと、イザークが話をしたとだけ伝えると、ドレンはやっぱりにっこりと笑う。
「結果も出たんじゃない?」
イザークはこれも否定できない。
結果はすでに出ているし、それが家の方針となった。
だからここで変に繕って状況を引っ掻き回すわけにはいかない。
伝えるのならそれは家の方針となった自分の意思だけだ。
けれどそれをここで伝えるわけにはいかない。
周囲に気を付けるよう、父親から注意を受けたばかりだ。
「そうですね。ですがここでする話ではないでしょう」
「もちろん」
ドレンもそんなことは分かっていると、またメモを取りだした。
今度はトレイに置くのではなく、イザークの目の前に差し出している。
これを受け取らない訳にはいかないし、受け取ってそこに書かれている指示に従わない訳にもいかない。
何よりこの状況は目立つ。
早くメモを受け取ってここを去り、内容を確認すべきだろう。
「……わかりました」
そう言ってイザークはドレンからメモを受け取って懐にしまった。
「じゃあ、後程」
そう言いながらドレンが飲み物に口を付ける。
「失礼いたします」
それならばとイザークは部屋に戻るため立ち上がって、片付けを済ませると、その足で部屋に戻った。
「さて、次の準備をしなきゃなぁ」
彼の背を見送ったドレンは手元の飲み物を飲み干すと立ち上がって、次に向けて動き出すのだった。
イザークは部屋に戻ると早速渡されたメモを開いた。
内容は非常に簡潔なもので、前回とは異なり、誰に何をしてほしいのかすら書かれていない。
そこに示されていたのは場所と時間だけだった。
もちろん前回のメモに関しても、あの状況下で受け取らなければその詳細を慮るのは難しいし、他の人が目にしたところで、単なるいたずら書きとしてみなされただろう。
ただ、それより更に簡潔なことが、逆に話の要件の重さを物語っているように思えた。
表向き、ドレンは騎士代表、イザークは魔術師の代表として仲を取り持つ形となるはずだ。
そこで自分が前に出なければならないわけだが、当然大衆の前で握手すれば終わりとはいかないし、ドレンの敵にならないと約束して済む話ではなく、敵対することになる騎士団長たちの派閥を収める必要がある。
その時のトラブルにも備えなければならない。
懸念されるのは父親の指摘した自分やその周囲に対する攻撃だ。
当主は家族を気にかけていたが、自分は弱き魔術師も守らなければならない。
いくらドレンが魔術師を気にかけてくれて、騎士たちを抑えてくれていたとしても、魔術師自らが立ち向かう意思を見せなければ、守る価値のないものと判断されることも考えられる。
そしてそれを見た周囲の者たちが、魔術師を下に見るようになってしまえば、騎士団内部の編成変更は進むものの、魔術師の地位向上には繋がらない。
後ろで協力しても得るものがなくなってしまうのだ。
だから自分が矢面に立ち、魔術師の矜持を見せる。
過去ロイクールが見せてくれたものを、今度は自分が皆に与える。
それがロイクールの次、第二の英雄として引き受ける仕事だ。
だからそれなりの覚悟はしているが、ドレンの示すものが想像を超えるものでなければと願うばかりだ。
指定された時間近く、暗くなってからイザークはすっかり慣れた経路で寮の外に出た。
ロイクールとの訓練の際、人に出くわさないようにと何度も使った非常口だ。
今は人とすれ違うことに恐怖を覚えたりはしていないが、出かけることが知られたらどこに行くのかと聞かれてしまう可能性がある。
そこで答えることはできないし、しつこく聞かれて足を止める訳にもいかない。
それに時間に遅れてドレンを待たせることなどあってはならない。
だから最適な方法として、人と出くわすことのなかった経路を使ったのだ。
外に出てみると、意外と恐怖は感じなくなっていた。
訓練の時はロイクールがいないと不安だったが、今は自分を守る術を持ったからか、暗い外に一人で立っていても足がすくむようなことはない。
これもロイクールのおかげだ。
ドレンは無事に寮の外へと抜けると、そんなことを思い出しながら、ドレンに指定された場所へと一人で向かうのだった。




