騎士団の下克上(3)
イザークの話を聞いた当主は、冷静を装いながらも内心どうしたものかと考えていた。
これは相談以前の問題だ。
想像以上に話は進行している。
一緒に改革をしようというメモをもらっただけではなく、会話でも何かあったのではないか。
その会話の中に息子がこの改革に賛同することにした決め手があるのだろう。
その話も聞いておく必要があるかもしれない。
そう感じた当主は詳細を知る必要があると判断し、イザークに尋ねた。
「そんな話までしたのか?」
当主の問いにイザークはため息をついてから答えた。
「寮の食堂で、魔術師長の後任はロイクールさんより私が適任と言われました。私なら政で貴族を押さえられるだろうと。言われたのはそれだけです。あとは先程お見せした紙をいつの間にか目につくところに置かれていて……」
気がついてしまったらそのまま食器と一緒に返してしまうことはできなかった。
そうしてしまえたら知らずに、関わらずに済んだかもしれないが、ドレンの場合、失敗したら別の手段を取ってくるように思われるので接触を避けるのは無理だっただろうとも思っている。
どうせ知るのなら早い方がいい。
その方がこちらも対策が取れるからだ。
「なるほどな。ドレン様はお前が騎士たちから暴力を受けていたことも知っているのだろうか」
騎士たちに恐怖を抱いていた人間、ようやくそれを克服したであろう息子を矢面に立たせるつもりなのかと当主は不満そうに言うが、イザークは苦笑いを浮かべるだけだった。
「はい、おそらくご存知かと思います。そしてドレン様はあの模擬戦も目にした訳ではないそうですが、戻ってきたあの日から、私への騎士の対応があからさまに違うのを見て、よほどすごいものを見せたと思っているようです。ですから攻撃対象になったくらいでは問題ないと考えているのではないかと」
今まで不利な戦いをさせられていた魔術師が、その条件下の模擬戦で騎士に勝ってしまったのだ。
しかも今まで勝てなかった魔術師が勝利しただけではなく、騎士から恐ろしいものを見るような目で見られているのだ。
それだけ畏怖される力があるのなら、騎士から攻撃対象になっても問題ないと判断されたのだろう。
そして仮に攻撃対象になっても、攻撃を受けない手段を講じているということも、きっと彼は知っているのだ。
引きこもっていたことも知っているかもしれないが、それは食堂を一人で利用している姿を見れば克服したと認識されるだろうし、それで騎士に勝ったのだから一回り大きくなったとすら思われているだろう。
「私がロイクールさんと一緒に食事をしていると、雑談に参加してきますし、もともとドレン様はお戻りになった時から、絡んでくる騎士たちを追い払ったりして魔術師の味方であることを周囲に見せつけています」
常にロイクールが気になっている様子を知っているから、ドレンの目当てはロイクールだと思っているが、そこには常に自分がいた。
途中まで話してその点に気がついたイザークが、当主にその事を伝えるべきと判断し話をうまく話をそちらに持っていく。
「貴族ではないロイクールさんはともかく、私がその場にいることも多いので、周囲には少なからず、私とドレン様に繋がりがあると見られている可能性はあります。いくらロイクールさん目当てでドレン様が同席していたとしても、ドレン様が来たからと私が毎回席を離れるわけにもいきませんでしたし、そうしてしまえば関係悪化を疑われてしまいますから……」
最初からどこまで考えられていたかは不明だ。
ただ、ドレンが魔術師を尊敬していて、憧れているというのはおそらく事実だ。
表面的には最初から今まで、魔法の話を聞きたいと言って近付いてきている点は一貫していて、このような話をされたのも今回が始めてなのだ。
「そもそも逃げ場なし、というわけだな」
「賛同しない選択はできなくありませんが、事が動いた時、魔術師内部から間違いなく大きな反発があるでしょう。そこで私の立ち位置がどうなるかは不透明ですね……」
ロイクールを尊敬の眼差しで見ている魔術師たちも、一人であそこまでになれるとは思っていない。
だからそれを成し遂げたイザークが第二の英雄などと呼ばれるようになったのだ。
けれど皆で力を合わせてやるというのなら、今の最低の待遇を改善するために戦うというだろう。
つまりこの話が広がれば魔術師の大半はドレンにつくということが予想されるのだ。
そして自分がもし、ドレンと共に立ち上がらないと知ったら、彼らはどう考えるか。
結果、貴族の多い王宮内の大きな二派閥を敵に回すことになるだろう。
そうなればこの家の多少の爵位の高さなど役には立たない。
しかもその筆頭にいるのは高位貴族のドレンなのだ。
彼の地位に魅かれる者、不満の蓄積している魔術師たち、恐怖政治から脱したい騎士、おそらく王宮内最大の派閥として立ち上がることだろう。
これまでイザークがドレンと関わった話を一通り聞き終えた当主は尋ねた。
「今回の件を離す際、その場に立ち会いはいなかったのだな」
「近くに人はいなかったと思います」
その答えを聞いた当主はため息をついた。
周囲の環境を未確認のまま、話を進めたのは得策ではないと伝えるためだ。
「ドレン様がそのようなヘマはしないだろうから、いたとしたら、故意においた人物だろう」
「そうですね……」
イザークは寮の食堂で以外にも自分が警戒を少し怠っていたことに気がついた。
防御魔法があるから自分に危害を加える者がいないと気が抜けてしまったのかもしれないが、これはただの油断だ。
物理攻撃はなくとも、政治的、精神的な攻撃は受ける可能性があるのだから警戒し続けるべきだったのだ。
「聞かれていないとはいえ、二人で話しているところは目撃されているだろう。当然、現騎士団長に賛同する者もいるはずだ。お前は自分の身辺に気をつけなさい」
「わかりました」
父親から注意を受け、イザークは素直にそう答えた。
ドレンが動き始めたら、当然、周囲からは仲が良いとみなされているであろうロイクールやイザークは標的になりやすい。
ただ、ロイクールは現在も忙しく王宮内に留まっていることが少ない。
それに彼を敵に回そうという者が騎士団の中にいるとは考えにくい。
ロイクールは騎士たちより力で勝っている上、守るものがない。
もともと平民だから、それ以下の暮らしになることはないし、王宮を離れても元の暮らしに戻るだけで、貴族のように名誉を気にする必要もない。
そして彼には今のところ守るべき家族もいない。
だから人質を取られるようなこともないのだ。
将来的に自分と兄弟に、自分たちとは家族になるだろうが、まだそうではない。
ミレニアとの婚約も正式には成っているが公にはなっていないのだ。
そうなると次点にいる自分が一番の標的になる。
確かにロイクールに鍛えてもらって騎士を力で抑えることはできるようになった。
けれど自分には守るべき地位も家族もある。
どこで何を利用されるか分からない立場だ。
それでもこれは、いつかはやらねばならないことなのだ。
ならば味方の多い今がいいだろう。
「ではこの件、ミレニアにも伝える。お前はドレン様につく、それで違いないな」
「はい」
正直、最初にドレンからイザークが話を聞いた時点で、すでに外堀が埋められてしまっていることは明白で、それならばドレン側につくのが安全だということはすぐに察せられた。
しかしもし、イザークがそれを躊躇うのなら、その気がなく反対の道を行くつもりなら、それを切り開くために策を講じるつもりだったのだ。
けれどイザークは自分の考えでドレンにつくと言った。
それなら何も問題はない。
こちらは全力でイザークをサポートするだけだ。
そしてミレニアも別の場所とはいえ王宮内で勤めているのだから、警戒するように言わなければ危険な目に合うかもしれない。
それにミレニアには、知っていればうまく立ち回るだけの才覚がある。
もしかしたら自分の身を守るだけではなく、王宮内から援護するくらいの動きを見せるかもしれない。
迷わず返事をしたイザークを見て、その意志の固さが確認できたと当主はうなずいた。
「わかった。それで動きなさい」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
これで次にドレンから確認された時、迷いなく返事をすることができる。
イザークは自分の意見に賛同し、尊重してくれた父親に感謝の気持ちを伝えると、失礼しましたと言って部屋を出た。
「お前が改革の旗印になる覚悟を持てる日が来るとはな」
頭を下げて部屋を出ていくイザークを見送って、当主は一人そうつぶやくのだった。




