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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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騎士団の下克上(2)

メモを渡されたイザークは翌朝、馬車を走らせて実家に戻った。

幸い仕事が休みだったためだ。

そうして急いで戻るなり父親の執務室を訪ね、その部屋のドアをノックした。


「父さん、相談があります」

「帰ってくるなりどうした。急ぎの用事か?」


仕事を放り出してくるような息子ではないことは分かっている。

今日は休みなのだろうと判断し、当主が尋ねると、イザークはうなずいた。


「はい。急ぎ相談したほうが良いと判断しました。私だけの話ではなくなるかと思いますので」

「何だ。言ってみなさい」


少し青ざめた表情に見える息子を気遣い、話を聞くと了承した彼は、イザークに座るように言う。

イザークは、とりあえず言われた通り腰を下ろすと、口を開いた。


「話す前に、申し訳ないのですが人払いを」

「わかった」


よほどのことがあったのだろう。

そう察した彼は、仕事中であるにもかかわらず、迷うことなく人払いをした。



ほどなくして部屋から二人以外の気配がなくなったのを確認したイザークは、懐にしまっていたメモを取り出しながら言った。


「実はドレン様からこんなメモを渡されたのです」


そしてその紙を父親に渡すと、中身を確認してほしいと頼む。

メモの文章は非常に簡潔なものだが、内容は非常に重たい。

一緒に王宮騎士団と王宮魔術師団の関係を正しいあり方に戻さないか。

書かれているのはこれだけだが、食堂での会話の内容を考えると、行われるのは大がかりな改革だ。

話をされた時点で巻き込まれているのだが、事が動き出す前に、家としてどう考えるのかを確認し自分の立ち位置を明確にする必要がある。

動きだしてからの確認では遅いだろうし、どの立場を取るにせよ、一貴族としてこの流れに置いていかれるわけにはいかない。


「なるほど」


二つ折りのメモを開いて、その一文を見た当主はそうつぶやいた。


「彼は私に動いてほしいと言いますが、私が彼と動くことになれば、当然、私は彼の派閥に属することになります。当主の許可なく判断すべきではないと考えました」


そして一人で抱えるには重たかった。

こうして当主に共有できたことで少し落ち着いたイザークがそう言うと、彼は少し考えて尋ねた。


「そうか。ならば次期当主のお前は、この件をどう判断する」


私情ではなく次期当主として、父親の言葉にイザークは息を呑んだ。

答えるのが怖い。

けれどいずれは自分が判断を迫られ、実行までを成し遂げなければならないのだ。

これは将来のための練習、とはいえ、安易な判断はできない。

イザークは真摯にこの案件に向かうべく真剣に考え込んだ。


「どうなんだ」


黙りこんだイザークに当主は急かすように声をかける。

当主になれば重要案件に関してもゆっくり考える暇なく判断を迫られる場面は多い。

現時点では判断を仰ぎに来たことが間違いではないけれど、後々はイザークが判断を下すものの一つだ。



「私は……。私は、ドレン様と共に、今回の改革に参加するべきと判断いたします」


急かされたイザークは、躊躇する気持ちを断ち切るかのように言った。

当主はその答えを聞いて、さらに追及する。


「では聞こう、何故だ?」


理由もなく判断した訳ではないだろう。

当主が説明を求めると、イザークは一言目の発言で固めた意思と考えを、そのまま伝えることにした。


「現在、王宮魔術師と王宮騎士には大きな確執があります。ドレン様はそれを取り除くために動かれるのです。私が中から見る限り、魔術師はおそらく全員賛同、騎士団長達に反感を持つ騎士からも協力は得られると思います。そしてそれは、再度騎士団長にドレン様が排除される前になし得なければならない。ですから悩んで結論を先延ばしにするわけにはまいりません」


王宮魔術師の多くは爵位の違いはあれど貴族が多い。

それは貴族の方がそのような能力を発見されやすく、王宮に顔つなぎのできる者が近くにいるからである。

魔力が少しでもあって、それを小さな形でも操作できれば魔術師として認められてしまうくらい魔術師は貴重な存在だ。

そして家から一人、魔術師を輩出したというだけで周囲からもてはやされるくらいだ。


「ドレン様は魔術師に肩入れしていると聞くが、それをお前は自分の地位のために利用するつもりはないのか」


魔術師は全員加担したとしても、騎士は半分も味方にできればいい方だろう。

そうなれば今までとは違い、魔術師の方が権力が強くなる。

イザークはその魔術師の頭を持つのだから、この改革が成功すれば周囲から騎士たちに対する制裁を求める声も上がるだろう。

それを利用すれば騎士団の力を弱めることもできるし、ドレンであっても抑えることができるかもしれない。

お前はそれを求められたらどうするのかと問えば、イザークは謙虚な姿勢を見せた。


「ありません。それは私の力ではありませんから。それに、ドレン様は懸念点を理解した上で私と二人、並ぶことを提案されたのでしょう」



「では、加担したことで騎士と魔術師の関係は対等になると思うか?ドレン様は魔術師ではない、騎士なのだぞ?」


ドレンは高位貴族の権力者だ。

だからその地位が揺らぐ可能性は低い。

けれどイザークが彼を押さえることをしなければ、騎士たちが再び力を付けた時、ドレンが他の騎士に抑えられた時、魔術師は逆襲を受ける可能性もある。

その時、ドレンが寝返らないとも限らないし、再び力を失う可能性もある。

それは力や能力だけの話ではない。

社交や家にも影響を及ぼすし、何より魔術師の頭を持つイザークは、追い落とされた騎士の敵として標的となるのは間違いない。

そしてイザークがドレンに守られて擁立されているのなら、ドレンの動向によって、イザークも権力を失う可能性がある。

守られていられる立場ではなくなるのだ。


「わかっています。その懸念があるから、ドレン様は私を擁立したいとお考えなのです」


ドレンはおそらく自分が力を失っても、魔術師が自分たちだけでその立場を守れるようにしてほしいと考えている。

もしかしたら、自分が不遇の立場に立たされたときに助けてもらえるかもしれないという期待もしているかもしれないが、今までできなかった自分たちにそこまでの期待はしていないだろうとイザークは推測している。

それでも、騎士でありながら今まで魔術師を立ててきたドレンを、情に厚い魔術師たちが放っておくわけがない。

もしかしたらドレンは自分の戻るべき場所を確保しておきたいのではないか。

ドレンの真意は定かではないが、イザークは貴族として政を行う能力も期待された。

もしその力を発揮できたのなら、ドレンがはじき出されても社交界に引き戻すことができるだろう。

イザークは父親に答えを求めるかのように、自分の意見を吐きだしたのだった。

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