騎士団の下克上(1)
ロイクールが外を飛び回る多忙な日々を送っていたある日。
一人で食堂にいたイザークにドレンが声をかけてきた。
「ロイクールさんなら、今日は視察ですよ」
彼の興味は魔術師として有能なロイクールにしかない。
そう思ったイザークは彼に聞かれる前にそう言った。
けれどそれを聞いたドレンは笑って首を横に振る。
「知ってる。今日は君に用があってきたんだよ。一緒していい?」
「はい……」
気が進もうが進まなかろうが彼が近くに座るのは変わらない。
イザークは小さく返事をしてから彼のために自分の食器を寄せて場所を空ける。
すると機嫌が好さそうにドレンはその場所を陣取った。
「最近どう?少しは魔術師の風当たり、マシになった?」
マシかどうかは分からない。
表に出なくなっただけで魔術師に対する騎士の扱いは相変わらずだ。
けれど変わった点がない訳ではない。
「……そうですね、私の周囲に関しては」
イザークの周りは変化があった。
そして自分の周囲で嫌がらせも見かけなくなった。
しかし魔術師の空気が明るくなった訳ではない所を見ると、見えない所で陰湿な嫌がらせは続いているに違いないし、発見されにくい分、魔術師が助けを求めにくい立場になってしまったかもしれない。
そう含んで答えると、ドレンは少し考えた様子で言った。
「まあ、君は威力間違えたら殺されちゃう攻撃魔法放てる人だって認識されたみたいだもんねぇ」
「おかげさまで……」
今までイザークが本気を出した時の攻撃魔法を目の当たりにしたことのある人物など数えるほどしかいないので、ドレンを含め、その威力を知らないだけだ。
確かに模擬戦で騎士から攻撃魔法で一本取ったけれど、訓練場での一撃なんて別にたいしたものではない。
ただ見たことがないものだからこそ、逆に畏怖を覚えているのか、あれを境に騎士が距離を詰めてくることはない。
ちなみに今も防御魔法は掛けているから、不用意に近付いてきたとしても吹っ飛ぶだけだ。
前みたいに椅子や机のような無害なものまでふっ飛ばさなくなったのが、かなりの進歩なのは間違いない。
とにかく真相がどうであれ、自分に害意を向けるものが極端に減ったのは喜ばしいことだろう。
「そういえばさ、魔術師たちには第二の英雄って呼ばれてるんだってね。第一の英雄ってやっぱりロイクールなの?」
第二がいるなら初代もいるだろうとドレンが尋ねると、イザークはうなずいた。
「はい。彼が風穴を開けてくれて、今の私がいますから……」
第一とか初代ではなく、イザークからすれば英雄はただ一人。
引きこもりだった自分を部屋から出られるようにし、魔力操作の精度を高めてくれて、自信をつけさせてくれた彼だけ。
本物の英雄はロイクールだと考えている。
イザークがそう主張すると、ドレンはその意見に賛同しながらも、それとなく次の質問を言葉に乗せてくる。
「なるほどねぇ。でも彼は魔術師長を目指してなさそうだよね」
「そうですね。権力に執着はないようです」
ドレンの質問にその通りだとイザークが答えると、それを待っていたと言わんばかりに食いついてきた。
「だよね。で、そこは君が穴埋めするの?確かに平民の彼より、貴族の君の方が適任だよね。皆がそう思ってる」
「そのようですね」
「じゃあ、やっぱり、騎士代表、魔術師代表として仲良くしたいなあ」
そう言って握手を求めてきたドレンに、イザークは手を出す代わりに首を振ることで答えた。
「魔術師代表は師長がいますので、私では……」
イザークがそう言っても、ドレンは手を引っ込めない。
「それでいいの?魔術師長は悪い人じゃないけどさ、いずれ引退しちゃうだろうし、君は後継者だよね、イザーク」
急に君という呼び名から、明確に自分を名指ししたドレンを見て、イザークは何かしら答えなければならないと判断した。
しかし今まで答えてきたことも真実に違いない。
「……それは決まった話ではありません」
今までの答えと違えることはないようそう言うと、ドレンはイザークをじっと見据えた。
「でも、いずれそうなると思ってるんだよね。なってほしいし。ロイクールは能力はあるけど権力はないし、与えても使いこなせないと思うんだ。それに腹芸や政は貴族の仕事だよね。役職に就くのは誰もが認める二つの能力を持っている君が適任だ」
イザークならロイクールができない政をこなせる。
それにコントロールが不安定とはいえ、ロイクールに劣らない魔力量を持ち、他の魔術師より多種の魔法を使うことができる。
両方をバランスよくできる人間が、この先、魔術師として上に立つべきだとドレンは言う。
「褒め言葉として受け取っておきます」
自分たちの能力が低かったり、怖気づいていた結果対応できなかったりしただけで、魔術師長が騎士たちからかばってくれなかった訳ではない。
その役割を怖気づいていた側の自分がやれるかといえば、今まではできる気がしないかった。
ロイクールと訓練をして模擬戦に勝利して以降、少しは自分でも彼らの力になれるかもしれないと思わなくもなかったが、だからと言って自分が魔術師長になろうとは自らは考えていなかった。
何より別に魔術師長に不満はないのだ。
確かに後継者と目されているのは間違いないが、これからも魔術師長が長くその座にあってくれたら自分は苦労せずに済むだろうと思っている。
「そうそう。それそれ。俺はその能力を羨ましいとすら思ってるのに、それを認めないとこがいいんだよね。っていうか、少しやる気出してくれたら嬉しいなぁ……。あ、今日はここまでにしておくよ。またよろしく!」
これはあくまで予告だと、そう言い残してドレンは立ち上がるとどこかへ去っていった。
食器を乗せたトレイも持って行ったが、彼はその中身をほとんど口にしていない。
本当にイザークと不自然ではない状態で会話をするためにトレイという小道具を使ったのだろう。
彼がいなくなったのでやっと落ち着いて食事ができると、イザークがパンを手に取ると、そこになかったはずの紙が置かれていた。
持ち上げてしまったから分からないが、紙はパンとの間に差し込んであったのだろう。
嫌な予感しかしないが絶対に気付くよう置かれたその紙を開かない訳にはいかない。
イザークは諦めてその手紙を広げて人に見られないように確認すると、そっと懐にしまって食事を済ませるのだった。




