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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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第二の英雄の家族(6)

「イザーク、お前も下がっていなさい。私は彼に少し話がある」


ロイクールは二人がいるから安心だと言って来てくれた。

それなのに用を済ませた姉は仕事に戻ることになってしまった。

だからせめて自分だけでもロイクールの側にいて、何かあればフォローする体制でいるつもりだったのだ。

それが今、父親によって拒否されてしまった。


「ですが……」


突然当主に自分の退席を要求されたイザークが、珍しく父親に意見しようと口を開いた。

けれどそれに動じるような当主ではない。

彼は無言でイザークを睨み、その言葉を抑制する。

そうして無言になった二人は少しの間、睨み合いを続けたが、結局はイザークが折れることになった。


「わかりました。ロイクールさん、私はそこから見えるテラスにいます。何かお困りのことがあったらいつでも呼んでください。本当に困ったら窓くらい割っても構いませんから」


イザークがため息交じりにそう言って立ち上がると、当主は座ったまま再び彼を睨んだ。


「そのようなことにはならん。確認があるだけだ」

「では失礼します」


後は立ち去るだけだとイザークは当主を一瞥し礼をすると、部屋を出ていった。

そしてすぐ、閉められた窓の外にあるテラスにその姿を現すと、ロイクールの方を見てうなずいた。



部屋を出るイザークを目で追って、その姿が見えなくなったところで、ロイクールはちらっと窓の方を見た。

何かあったらこれを割ってもいいなどと言っていたが、本当のいいのだろうか。

そんなことを考えていると、ほどなくイザークの姿が見えた。

きっとロイクールを安心させようと急いでテラスに移動してくれたのだろう。

彼がテラスの椅子に腰をおろしてうなずいたのを見たロイクールは、同じように返すと、目の前の当主に視線を戻した。


「あの、確認とは何でしょうか?ミレニア様に関わることで何か……」


イザークにも知られてはいけないようなことがあるのか。

そうでなければ彼を外に出したりはしないだろう。

けれど、弟であるイザークに教えられない内容を、初対面の自分に話すだろうか。

ロイクールが不思議に思っていると、当主はため息をついた。


「娘のことはいい。確認したいのは息子のことだ。君とイザークは何を契約した」


確かにこの話はイザークのまではできない。

内容を察したロイクールだが、それを安易に口に出す事もできない。

そのためとりあえず慎重に言葉を選んだ。


「何の話でしょう」


ロイクールが聞き返すと、彼は予想外の話を始めた。


「私は特殊な能力を持っている。魔法契約を交わした相手を判別できる能力だ。無効なものは見えぬが、君と息子の契約は有効とみえる」


この当主から、魔法契約というものがどのように見えているのかロイクールには分からない。

ただ、契約をしているというだけではなく、その相手も判別できているのだから、もしかしたら記憶の糸のように、契約が引き合うものが見えているのかもしれない。

ただ、契約内容までは彼にも判別できないようなので、記憶の糸のように触れることでその内容を確認したり、契約内容に干渉したりはできないと考えていいだろう。

もしそれが可能ならば、わざわざロイクールに尋ねたりはせず、自分の能力を明かすことなく、黙って確認すれば済む話だ。

そしてロイクールにはその能力がない。

多くの魔法を習得した自分だが、まだまだ知らない能力が存在しているのだなと思いながら、契約内容に触れないよう説明しなければと、ロイクールは慎重に話し始めた。


「そうでしたか。そのような能力もあるのですね……。確かに、ご子息と私で魔法契約を結びました。期限は一年。開始は彼が模擬戦参加を決めたあたり。私に話せるのはここまでです」


契約上、具体的な内容は話すことができない。

正しくはイザークが制約を受けている内容だが、そこまでしたものを自分から口にするわけにはいかない。

それにイザークが決めた内容とはいえ、こちらにかなり有利な条件で結ばれたものであることに違いないし、自分のためとはいえ、格下の相手が有利になる条件で魔法契約を結んだなどと、イザークも父親に知られたくはないだろう。



ロイクールの言った一年は間もなくだ。

いつ結ばれたものかも伝えたことで、当主はロイクールの言いたいことを正しく理解したらしい。


「つまり契約は程なく切れると」

「はい」

「そうか。ならば君を信じてそれまで待つとしよう。契約無効を確認した上で聞けばよいことだ」


細かい日程は分からないが、すぐに切れる契約なら問題はない。

もし内容が一生涯息子を縛るようなものだったら、契約解除を迫るつもりだったが、どうやらその必要はなさそうだ。

もし力づくでとなったら、息子も認める、かの大魔術師の弟子を相手に戦いを挑まなければならないところだった。

密かに当主がその事に安堵して表情を緩めると、律儀にもロイクールが頭を下げてきた。


「申し訳ありません。内容を話せないことが契約に含まれております、とだけお伝えしておきます」


この契約を結んだ段階でロイクールの地位は確立されていなかったし、そもそも忘却魔法は禁術に近いものだから扱いに気を付けるよう、師匠に言われていたものだった。

それに、あの件については騎士や魔術師から余計な詮索をされたくはなかった。

だから黙っていてほしいとお願いしたにすぎない。

イザークはそれならばと契約を自ら持ちかけてくれたし、ロイクールも彼に忘却魔法を使用したことは後悔していない。

このまま黙っていれば契約は切れるし、結果も良好、自分の今の立場なら忘却魔法のことが広まっても問題ない。

そう考えていた。

まさか魔術師である彼の親と面会することになるとは思わなかったし、契約期間が残っている間に深く追及されることになるなど想定外だった。

あと少し面会のタイミングが遅ければ、契約の事も知られずに済んだかもしれないが、もう手遅れだ。


「わかった。まあ、察しはつく。あれを部屋から出したのだからな。その原因となるものを一時的にでも失くせばよいこと。かの大魔術師の弟子ならばできよう。それに新法、新ギルドの立ち上げと監査役という立場も、その能力を知られてのことではないのか?」

「……」


当主の質問にロイクールは黙ることしかできない。

知られているかという質問の答えは持ち合わせていないし、まずその能力の指すものが忘却魔法であることは明確だが、その有無に触れずに話すことも難しいからだ。


「答えられぬのが答えになることもある。契約内容はよく考えたほうがいいぞ」

「肝に銘じます」


当主にそう指摘され、ロイクールは彼が全てを悟っているのだと理解した。

同時に、これ以上知られぬようにと繕うことを諦めたのだった。

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