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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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第二の英雄の家族(5)

ミレニアを見送った男性三人の部屋は沈黙したが、その沈黙を破ったのは当主だった。


「何が起きているのか良くわからないという表情だが、質問はあるか?」


ロイクールはそう尋ねられたため、素直にうなずいた。


「あの、本日はミレニア様もお仕事がお休みと思っていたので驚いてしまいました。それより先ほどの認めるとは……?」


ロイクールの質問で一瞬当主の眉間にしわが寄った。

同時に隣で見ていたイザークは、手を額に当てている。

そしてイザークの反応から察したのか、当主は大きく息を吐いた。


「娘から何も聞いていないのか?」


当主の言葉にどう答えるか迷ったが、そもそも持っている情報が少ない。

だからロイクールは自分の考えを述べることにした。


「ミレニア様からは、長期休暇があるのなら、以前の手紙にあった通り面会の時間を取ってほしいと依頼されました。以前の当主様のご依頼を早く叶えるべきと、ミレニア様が私に助言を下さったものと思っておりました」

「……なるほどな」


ロイクールの言葉に理解を示した当主は、ちらっとその隣に同席している息子を見た。

見られた方のイザークは父親が何をしてほしいのか察して口を開く。


「私から説明しても?」

「かまわん」

「お願いします」


ロイクールが当主の許可を聞いた上で頭を下げると、イザークは苦笑いを浮かべながらロイクールに向き直った。



「姉さんはロイクールさんとの交際を認めてもらうために、早く引き合わせて実力を認めてもらいたかったのです。側で見ている私からすれば、まだその段階ではないとも思ったのですが、姉もそろそろ相手を宛がわれてしまう時期なので、そうなる前に話を進めたかったのだと思います」


いくら働いているとはいえミレニアは適齢期、そろそろ婚約者を正式に決めておくべき年齢だ。

そして貴族である以上、当主が決めた相手との婚姻は避けられない。

そもそも婚姻は家のために行うもの、それが貴族の考え方であるため、婚約の段階でよほどのことがなければ、そのまま婚姻関係になるのが常だ。

そうすることがお互いの家のメリットになることも多いためだ。

所詮婚姻も一族繁栄のための手段にすぎない。

家が維持できなければ、貴族として生きていけないのだから仕方がないのだ。

同時に、各上の家は格下の家から常に狙われている。

皆が上を狙っているのだから当然のことではあるが、そこであらぬ噂を立てられたり、足を引っ張られたりするようなことも当然ある。



けれど親公認の婚約者がいるならば、よほどの相手ではない限り手を出す者はいない。

ミレニアの家にはそれだけの地位がある。

だからこそミレニアは、そのようなものに巻き込まれる前に、ロイクールとの縁を結んでおきたいと願ったのだ。

ミレニアはそれだけ本気だったが、本人の気持ちなど聞いたこともないロイクールは首を傾げることしかできない。


「親の認める相手ならば安心だし、側に私がいれば余計な虫が寄り付かないと、そういうことでよろしいでしょうか?」


ミレニアは仕事を続けたいとか、自由でありたいとかそう願っているのだろう。

そしてロイクールが相手ならば、それを希望すれば間違いなく容認する。

何より、相手がいるというステータスがあれば余計な人間と関わらなくてよくなる。

きっとミレニアからすれば、都合のよい人間なのだろうと、ロイクールは考えたのだが、イザークは首を横に振った。


「別にロイクールさんを虫よけ代わりにするつもりはないです。少なくとも姉さんは、ロイクールさんとなら沿い遂げてもいいと思っているし、必要ならば今の仕事をずっと続けて生計を立てていく覚悟もしていると思います」

「そうなのですか?急な話で驚いているのもありますが、仮にそうだとしても、普通に考えて私がミレニア様に釣り合うとは到底思えません」


身分も階級も立場も違う。

今の話では、最悪ロイクールに何かあった場合、全て上にあるはずのミレニアが、ロイクールを養う覚悟があると言っているようなものだ。

自分の中にはほのかな思いしか抱かないようにしていたのに対し、ミレニアがそこまで考えていたのなら、随分と大きな違いだ。

そしてこの面会の意味と、ミレニアの思いの強さにロイクールは困惑することしかできない。

けれどロイクールの反応を見た当主は、問題ないと判断したのか、非常に前向きな言葉をかける。


「確かに貴族ではない者に娘を嫁がせるのは不安だ。だが君は実力で王宮魔術師となった者だろう。それだけで、貴族に負けない地位があるも同然だ」

「姉ではありませんが、彼の実力は私も保証します。その実力は、かの大魔術師の弟子だったからではなく、彼個人の能力の高さで間違いありません。今、王宮にかの大魔術師がいる訳ではありませんので、彼はその庇護下にはないのです。その辺りもお調べになっているでしょう?」

「ああ、お前の言う通りだ、イザーク」


ロイクールについて、秘密裏に調査していたことを本人の前であっさりと当主は認めた。

確かに彼は大魔術師から独立し、自身で働き生活をしている。

魔術師たちから尊敬される立場であるのも、魔術師長がその能力を買っているのも分かっている。

けれど当主が一番に考えたのはそうではない。

子どもたちが安全に過ごすことのできる未来だ。

彼の側でこのまま友好関係を築いていってくれたのなら、少なくともミレニアの身は安全だろう。

ミレニアは、少しの才があるものの、それをまだ使いこなせているわけではなく、魔術師になるに至らないが、イザークに関しては、すでに彼に身を守る術をある程度学んでいて、本人は謙遜しているが、おそらく本気で力を解放すれば充分身を守ることができる領域に達していると思われる。

それもあって、最近、魔術師長がイザークを、何かと教育目的と称して連れ回しているのを容認しているのだ。



そしてまた、戦争が起こらないとも限らない。

そこに思考が到達し、当主はため息をついて言った。


「この先、何が起こるかわからない。何か起きた時、身を守るのに必要となるのは地位や名誉じゃない。生き抜く力だ」


ロイクールが自分の持つ力を極限まで使って、家と亡骸となった家族を無意識とはいえ守り続けていたという話は、こうなる前から聞いていた。

そしてその周辺が国境近くで何度も戦火に焼かれたのも間違いはない。

にもかかわらず、彼と、その家と、中のものは無事だったのだ。

本人は食事を取らず衰弱していたというが、それでもこの奇跡を起こした少年は今も生きていて、その能力を大いに発揮して成長を遂げている。



念のためその土地を再調査をしたところ、周囲にあった集落は跡かたもなく、今ではそこにはたくましい雑草が伸びては焼けてできた草原と、その中に残された家が一つあるだけだという事も分かった。

そしてその家は今でも老朽化が進んでいないので、無意識にかけられた魔法はきっと永続的な効力を持つものなのだろう。

これを意識して使えるようになることが、どれだけすばらしいことなのか。

魔術師ならば、誰しもが尊敬できるものであることがわかる。

大魔術師の指導でその才能を開花させた彼が、娘と沿い遂げてくれるというのなら。

人柄にも問題はなさそうだし、地位や金を目当てに寄りつく輩に渡すよりよほどいい。

何より娘本人が彼を慕い、息子も彼を信頼できると言っているのだ。

彼以上の好条件を持つ相手は、今後現れないだろう。



「親を亡くしてもなお、その能力で家を守り、戦禍を生き抜いた君が、娘と共に歩んでくれるなら、それだけで娘の未来は明るいと考えている。その力で、どうか娘を守ってほしい」


貴族の当主、ミレニアの父親に頭を下げられたロイクールも慌てて頭を下げた。


「はい。お約束いたします。私が彼女を守り切ると。この身が果てるまで、彼女の側にいる限り」


こうして貴族である引きこもり魔術師の姉ミレニアと、戦争孤児の平民であるロイクールは異例の婚約を成立させた。

急なことではあったが、当主に認められたことで、ロイクールもようやくミレニアに歩み寄る決心ができたのだった。

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