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忘れたいものと忘れたくないもの(1)

騎士団長との話を終えたロイは、彼を呼び止めた受付担当から話を聞きながら移動を始めた。

騎士団長はまた来るだろうし、そもそも客ではないのだから見送る義理もない。

それにこの後の予約は少々長丁場になる。

そのため後ろに予約は入れていないが、ロイからすればそんな予約の前に少しでも体力や精神力を削られたことが非常に不愉快だった。

受付の話を聞くと、彼らは全員揃ってすでに控室で待機しているという。

そして隣の個室もきちんと押さえてあり、いつでも使用できる状態だという。

ロイは念のため個室が空室であることを確認すると、予約者の待機している控室のドアを叩いた。



個室には男性と女性、それからそれぞれの付き添いの男女が一組ずつ、男性のグループと女性のグループに分かれて座っていた。

返事を受けてドアを開けたロイは、六人の視線を一身に浴びる。

今日は男性と女性、二人の記憶を預かることになっていた。

高額な支払いになるにも関わらず、珍しくこの二人は記憶を抜き取るところからロイに依頼してきているのだ。


「お待たせいたしました。この記憶管理ギルドの管理者をしております、ロイと申します」


挨拶を済ませるとすぐに着席してロイは話し始めた。


「早速ではありますが、まずはお話を伺います。それから個人とお話をしながら記憶のどの部分を預かるのかを確認、記憶をお預かりいたします。その後、お預かりした方からお帰りいただきますが、控室から当人の付き添いの方に、部屋までお迎えに来ていただいた後、控室には立ち入らずお帰りいただきます。ご本人同士はもちろんのこと、関係者を合わせれば、記憶が引き戻されかねませんので……」

「わかりました」

「ですから、こちらのお二人が恋仲なのであれば、今生の別れと思っていただきたい」


離れて座っている男性と女性を一瞥してロイがそう告げると、女性が目を伏せたまま言った。


「もう、昨日のうちに別れの覚悟はできております」

「そうでしたか」


その言葉に彼は彼女の方に目を向けた。

そして、彼女の言葉に同意するように黙ってうなずく。

その間、彼らの付き添いとして同席している四人はその様子を黙って見守っていた。


「ではまず、今回、こちらをご利用になる経緯をご説明いただくことになるのですが、お二人は付き添いの方が同席されていて問題ありませんか?」

「はい。私たちの両親ですから……」

「わかりました」



事情の説明は主に二人の両親によって行われた。

ロイはその内容が違法ではないか、本人の意思にそぐわないものではないかと探りながら慎重に聞いていく。


「この度、双方に良い縁談のお話がございまして……」


彼らの両親はまずそう切り出した。


「それはおめでとうございます」


とりあえずその言葉を受けてロイはお祝いの言葉を述べる。

それだけで今回、この二人が記憶を手放してその良い縁談を受けるのだろうと想像がついた。

だがそれが本人の意思なのかは分からない。

両親に押し切られてきていないか、無理強いをされていないかということを慎重に確認する必要がある。

幼い子供で判断が困難な場合や、その記憶のせいで日常生活にさし障っているというようなことがない限り、最後の判断は本人にゆだねられるのだ。

見ている限り二人はきちんと自分の意見を述べられそうだとロイは判断した。

両親の前では言えないかもしれないが、個室に移ってからの最終確認で彼らの口から話を聞けばいいだろう。

そう考えてロイは話の続きに耳を傾けた。



双方に良い話というのは本人たちにとってということではなく、双方の家にとってという話だった。

どちらも上位の家から是非にと打診を受けたらしい。

それを本人に伝えたところ、この二人が恋仲であることが分かった。

そのため彼らは話のあった家への返事を行う前に急遽、両家で話し合いの席を設けることにしたのだという。

家の立場としてはどちらも断ることのできない縁談だった。

お互い申し込みのあった相手の名前も伝えたりして、お互いの情報を共有したという。

そして両親たちは、彼ら二人には家のために諦めてもらわなければならないという結論に至った。

そして当人たちもそれに同意したのだという。

けれども彼らは恋人のことを忘れることはできないと言った。

すると今度は、恋人を忘れられないこと、その相手を思い続けることは、結婚する相手に不誠実ではないのかという話になったのだという。


「それで忘れられないのなら記憶を失くしてしまえばいいということになり、今回その依頼をこちらにされたのですね」

「はい。こちらの記憶管理ギルドは腕がよく、ほとんど違和感を残さずに記憶を抜いてくださるところだという話を聞いてまいりました。二人の仲を引き裂くことになるのですから、せめてこの先の結婚生活は幸せに送ってほしい、それがこの二人に私たちができるせめてもの償いだと思っております」


ちなみに彼らの両親たちは今回の件で初めて言葉を交わし、何度も話をするうちにすっかり意気投合したが、今後二人を会わせることはしないし、実はそれ自体が難しいのだという。


「二人とも、私たちの手元を離れて遠くに行ってしまうのです。ですからここに残る我々が再会することはあっても、彼らが道を歩いていて再会することは考えられません」


二人が送りだされる先はどちらも遠方で、方角も違うのだという。



意気投合し、仲良くなったこの四人は今後も情報交換と称してあったりするのだろうかとロイは心の中で思ったがそれを口にせず押しとどめた。

償いという言葉を使うくらい後ろめたいと思うのなら、そのような縁談は断ればいいとすら思うのだが、二人が納得しているというのなら言うことはない。

ロイはそのような家を持っていないのだ。

彼らには彼らの事情がある、それに口を挟む権利は自分にはないこともロイは分かっている。

おそらくは家を守るための政略結婚なのだろう。

この二人の家族構成などはあえて聞いていないが、恋仲を引き裂いてまで彼らを上位の家に入れなければならず、そこに理解を示しているというのなら、それは彼ら自身にとっても必要なことなのかもしれないのだ。

話を聞きながら当人たちを時々見ているが、驚いた様子も拒否する様子も見られない。

一通り話を聞き終えたロイは、立ち上がって契約書を取り出した。


「では、こちらにサインをお願いいたします。二つとも魔法契約となります。記憶を抜く際のことと、お預かりしてからのことが書かれており、内容は同じものです。記憶は個人ごとに管理しており、本人の意思表示が求められていますので、別々に契約をしなければなりません」


そう言ってロイは彼と彼女の前に一つずつ契約書とペンを置いた。

すつと二人はお互いに顔を見合わせたが、何も言わずに、すぐサインをしたのだった。

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