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忘却魔法の管理人  作者: まくのゆうき


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第二の英雄の家族(4)

マナーはともかく、服装などは本当に良くわからなかったロイクールは、イザークに言われるがまま準備をし、彼が用意した馬車に二人で乗り込んだ。

市井の街中を走る辻馬車のようなものに乗った経験はあるが、貴族の用意する馬車に乗ることのなかったロイクールは、馬車の内装から驚かされることになった。


「随分と豪奢な馬車ですね。このような馬車に初めて乗りました」


ロイクールが思わずつぶやくと、イザークは笑みを浮かべながら答えた。


「そう言っていただければ何よりです。大切なお客様をお迎えするのですから、ご満足いただけなければ、こちらが至らなかったと反省しなければなりません」


馬車の中のイザークは、話し方も貴族に戻っている。

馬車の中には二人しかいないが、近くには馬車を引く御者もいるし、周囲に数人の警護がついている。

彼らに気さくな言葉遣いで話すところを聞かれるのは良くないと判断してのことだろう。

イザークは社交界にいるためそのような使い分けが器用にできるのかもしれない。


「あの、ミレニア様はいらっしゃるのですよね?」


馬車は二人を乗せて王宮を出発していた。

ミレニアを途中で乗せていくのかと思ったがその様子はない。

わざわざ訪ねて来て、父親との面会の橋渡しをした当人の姿がないのはどういうことなのか。

ロイクールがそう疑問を持って尋ねると、イザークはそれを察して答えた。


「姉は、一足先に家に戻りました。ロイクールさんを迎える準備をするのだと、張り切っていましたよ。実際に準備をしているのは母で、話をするのは父なんですけどね……。ですが、私達姉弟も同席しますから、そんなに緊張しないでください」


どうやらミレニアは一緒に行く側ではなく迎える側として待機しているようだ。

率先して迎えに来て案内役を買って出てくれるのかと思っていたがそうではないらしい。

この場において、ミレニアの堂々とした立ち振る舞いはロイクールに安心感を与えるものだったのだと気が付いた。

とりあえず御屋敷に行けば合流できるということなら問題ないだろう。

事情を聞いたロイクールは、少し複雑な気持ちを押さえて言った。


「わかりました。よろしくお願いいたします」


そんな会話をしていると程なく、馬車は大きなお屋敷の門をくぐっていったのだった。



馬車を降りると、そこにはミレニアの姿があった。


「お待ちしておりましたわ。どうぞこちらへ」


先に馬車を降りて立ち止まったロイクールの後ろから、イザークが声をかける。


「姉の後についていってください、おそらく応接室で父は待っていると思いますので」


イザークの方を見ていたロイクールが再び正面を見ると、ロイクールが歩きださないのを察したミレニアは、言葉にはしないものの目で早く来るようにと言っている。


「はい、失礼いたします……」


ロイクールはミレニアが心強い味方なのか敵なのか良くわからない気分になりながらも、中に一歩足を進めた。

それを見たミレニアは、ロイクールに背を向けて、黙って歩きだす。

ロイクールとイザークは、彼女の背を見ながら横に並んでついていくのだった。



「君がロイクールだね。呼び立ててすまない。まずは座ってくれ」


律儀にも当主は立ち上がってロイクールを迎えてくれた。

平民である自分に対して驕らない態度、イザークはこの人の背中を見て育ったに違いないと確信する。


「失礼します」


きっと自分が座らなければ当主は座らない。

そして隣にいるイザークも座らない。

そう判断したロイクールは、すぐ席についた。

当主が正面、イザークはロイクールの隣に座る。

そしてこの部屋まで案内をしてきたミレニアは、さすが王宮の侍女と言うべきか、お茶とお菓子を持ってきて自ら提供する。

しかし彼女は侍女ではないし、この話に参加する人間だ。

だから躊躇う事もなく自分のお茶を準備して、自分は父親である当主の隣に座った。



「うちは魔術師の家系だ。魔力量が多く、自在に使いこなせる優秀な人物と聞いている」


当主の第一声は、ロイクールに対する称賛の言葉だった。


「優秀かどうかは……」


緊張したロイクールがそこまで言葉を発したところで、ミレニアが微笑みながら言葉を挟んだ。


「ええ、お父様。彼の能力は、私と弟が保証するわ」


堂々とそう言い切ったミレニアの言葉を聞いたイザークも同じようにうなずいている。

ロイクールは想定していない状況に困惑することしかできない。

とりあえず三人の話が終わるまでは空気のようになっているのがいいだろう。

一方の当主は、ミレニアの方を見ながらため息をついている。


「そうか。お前はそこまで……」


ロイクールのことを慕っているのかと口にする前に、彼女は父親の言葉を遮った。

余計なことは言われることが分かって慌てたのだ。


「だから!……えっと、それに彼は今、新しくできる記憶管理ギルドというものの承認作業も任されているのよ。現地を確認する役割を担っているわ」


ミレニアの言葉に驚いたのはロイクールだった。

ミレニアからまさか記憶管理ギルドの話が出るとは思わなかったのだ。

お互い職務上の機密が多いので、一緒にいても仕事の話は雑談程度しかしない。

だから監査で色々な土地に足を運ぶという話はしているが、細かい内容はその土地の気候や料理、変わった風習などがあればそのようなことばかりだったはずだ。

もちろん、国から正式なギルド設立の話が出ているのだから、知っていることは不思議ではない。

それでも、こうして自分の仕事の事を彼女の声で聞くのは新鮮だ。


「ふむ。その新法については聞いている。そうか。管理ギルドの視察か……。それでどうだね、実際に見た感想は」


ミレニアの焦った様子に動じることもなく、当主はロイクールに話を振った。

本来、当主はロイクールと話をするつもりだったのだから当然だ。

それに業務の事なら答えやすい。

ロイクールは少し緊張を緩めて話し始めた。


「結局、どう扱っているかを報告して国に判断を委ねていますから、私の判断ではありませんが、私見を申し上げるなら、極端、といったところです。大切に扱われているところもあれば、抜き出したいと願った相手にとって不要なものだからと、粗雑な扱いをしているところとに分かれます」

「なるほどな」

「どちらの言い分も理解できるので、国が法に照らし合わせて判断していくことになりますが、後者はおそらく承認されないでしょう。管理方法が問題ならば指導して、再申請をしてもらう形になる見込みです」


当主は相槌を打ちながら話を聞いている。

そうして新ギルドの話、仕事の話とすっかり男性だけで盛り上がっていく。



それを横で聞きながら、業を煮やしたミレニアが、突然父親に声をかける形で間に割って入った。


「ねぇ、難しい話は良くわからないけれど、結局どうなの?」


ミレニアからの視線を受けた当主は、ため息をついてその問いに答えた。


「彼が優秀なことはよくわかった。認めよう」


当主の言葉を聞いたミレニアは、父親の手を握って言った。


「よかった!ありがとうお父様!これで私は安心して仕事に戻れるわ!」


そう言うなり今度は、握っていた手を離して勢いよく立ち上がった。

言葉通り、仕事に戻るつもりなのだろう。


「ミレニア様、本日はお仕事だったのですか?」


ミレニアの休みと当主の面会できる日を調整したと思っていたロイクールが思わず尋ねると、ミレニアはうなずいた。


「ええ。でも大事な話だもの。確認できなければ気が気じゃないわ。そんな訳で申し訳ないけれど私はここで席を外すわ。あとはイザーク、お願いね」

「わかりました」


イザークはミレニアが仕事に戻ることを知っていたのか、首を縦に振ってミレニアを見送った。

ロイクールは軽やかに部屋を出ていくミレニアを唖然としながら見送るしかできないのだった。

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