第二の英雄の家族(3)
一方のロイクールは、イザークと別のことを考えていた。
ミレニアが早く自分と父親を引き合わせなければならないのは、自分が当主に連絡をしなかったのに彼女と会っているのだから、自分との面会を取り付けてくるようにと言われてしまったに違いないと思っていたのだ。
「やはり私がご当主へご挨拶に伺わないから、ミレニア様が何か言われてしまったのですよね。そうでしたらお詫びしなければならない」
もちろん、普段から遊び歩いているわけではない。
ロイクールが寮にいる度ミレニアに会えるのは、向こうが予定を合わせてくれているからなのだが、あちらからすればそんなことを説明したところで言い訳にしか聞こえないだろう。
「なるほど。父を怒らせているのではないかと心配されていたのですね。安心してください。それはありません。もしそうなら私のところにも父から催促の手紙が来ると思います。それがないですし、父もロイクールさんが忙しいことくらい理解しています。今やロイクールさんは新しい部門の監査、責任者の一人ですからね」
「監査は担当していますが、責任者では……」
確かに監査に回っているのは自分で、その評価で承認されるかどうか決まっている。
けれど責任者などという大げさなものではないし、未だに感覚で評価している部分があるのを、うまく方にはめてくれている人間は別にいる。
責任者と呼ばれているのは彼らであって自分ではない。
「いえ、肩書はなくても権限はあるはずです。実質の責任者はあなたですよ。それに皆がそうであってくれないと困るんです。今回のギルドに関して、少なくともあなたの意見が通らないことはあってはならない」
「そうなのですか?」
責任者という肩書を持っている人たちは貴族ばかりだ。
てっきり平民に権力を持たせたくないからそうしているのだと思っていたがそうではないらしい。
「新ギルドはかの大魔術師の意思を反映したものです。そして彼の意思を正しく受け継いでいるのはロイクールさんなので、そのロイクールさんの意見に耳を傾けないということはすなわち、大魔術師を敵に回すのと同義。少なくとも魔術師団はそう考えています。それにロイクールさんは我々魔術師たちの恩人ですから、何かあれば我々はロイクールさんに加勢するつもりでいます。例え騎士団を敵に回すことになったとしてもです」
それが魔術師の総意で、皆がロイクールに恩を感じていて、尊敬もしているとイザークは言った。
ロイクールの地位の低さなど、自分たちの持つ貴族位でカバーすればいい。
戦より頭脳戦の方が自分たちは役に立てる。
事務仕事を長く務めてきた魔術師だからこそできる事も多いはずだ。
イザークの口ぶりから、彼らが本当に何かあった場合、ロイクールに加勢するという意気込みが伝わってきた。
「ありがとうございます。ですが恩人と言われるほどの事はしていませんし、師匠に関しては、師匠の意見もあるでしょうし、私とは考えが違うかもしれません。なのでそこまでの責任は負えないですし、私個人の意見は伝えますが、必ず通してくださいというものでもないのです。それに異見があったら騎士と争うなんて、少々物騒な気がしますが……」
「ロイクールさんは、何と言いますか、謙虚と言いますか、驕らない方なのですね。それと、もちろん、相手が何かしてこない限りこちらから仕掛けることはしません。王宮に荒事が好きな魔術師はいないですからね」
荒事を得意とする魔術師が一人でもいたのなら、ロイクールが来る前に騎士団と戦っていただろうし、頭脳戦だけで戦えるのなら最初からあのような関係性にはなっていなかったはずだ。
それでもそうなってしまっていたのは、どうしても力がなければ抑えられないものがあったからに違いない。
何より能力があるのにやられっぱなしになっていたのは、彼らの人の良さが原因だ。
ロイクールが来たからといって急に気が大きくなって変わるものでもない。
だからイザークの言う通り、よほどのこと長い限り彼らが騎士と一戦交えるような事態にはならないだろう。
「そうですね。それから、師匠が大物だからといって、私が大物なわけではありません。たまたま師匠に見つけてもらった。こればかりは運がよかったとしか言えません。それに、もっと重たい責任を背負った人たちがたくさんいると、師匠には教えられてきました。あと、私は平民ですから、貴族の方と関わるようになった際の注意としても同じように……」
とにかく関わり方に注意する、魔法よりもこちらの方が大変だった。
旅の間、何度も師匠に注意を受け、仲介に入ってもらいながら覚えなければならなかったのだ。
しかしそのおかげで今がある。
そして無難に王宮内で生活できているのだ。
ロイクールの言いたいことが分かったのだろう。
皆まで言うなとその言葉をイザークは遮った。
「あまり良いことではないですが、確かに、権力の差というのはありますね。わかりました。それで本題ですが、私もロイクールさんと一緒に実家に行きます。もし姉から日程の連絡が来たら私にも共有してください。絶対に休みをとって見せます。微力ながら同行すればできる事もあるでしょうし」
「ありがとうございます。大変心強いです」
「これで憂いは晴れましたか?」
ロイクールがわざわざ待ち伏せまでしていたのだ。
この話で心労を軽くできたかどうか確認しようと、イザークが尋ねると、ロイクールはうなずいた。
「……はい。お二人にご迷惑をおかけしていなくて何よりです」
ロイクールは冷静になったとイザークに頭を下げる。
「迷惑は、こちらばかりがかけてしまっているように思います。姉には誤解されるような言い方をしないよう注意しておきますので」
そもそも姉が押しかけて来るなり変なことを言わなければ、ロイクールもこのような行動に出ることはなかったはずだ。
謝らなければならないのはこちらなのだというと、ロイクールはようやく頭を上げる。
「いえ、お気になさらないでください。ただ、お伺いするのにあたって、マナーなどはご相談させてもらえればと思います」
師匠と一緒に貴族の家に何度も訪問したことがある。
けれども、個人として訪問したことはない。
本人から話を聞いたことはないが、周囲の反応から彼らが高位な貴族であることはすぐにわかった。
自分だけで対応できるのか、その不安がない訳ではない。
念のため相談した方がいいとろいく¬るが申し出ると、イザークは苦笑いを浮かべた。
「ロイクールさん、マナーは気にしなくていいですよ。今の状態で充分にできています。少なくとも失礼にあたるようなことはしていないし、されていません。もしできていなければ、ここでは袋叩きになっていると思います。まぁ、ロイクールさんを相手に力で負かせる相手はいないと思いますけど……」
「そうですか。とりあえず失礼がないのであればよかった」
今のままで通用する。
同席するイザークがそう言うなら信じるしかない。
ロイクールは大きく息を吐いたのだった。
「そう言えばロイクールさんは、過去に貴族と面会することがあったんですか?」
「はい、師匠に同行して貴族のお宅に伺うことはありました。なので、師匠も色々教えてくれてはいたのですが、貴族の方々も師匠を前に私を注意することはできないでしょうから、何も言われたことはなかったのです」
あまりにも自然すぎて気に留めていなかったが、そもそもロイクールは平民だ。
その割に随分と貴族に対する話し方や所作ができている。
かの大魔術師が教えてくれたのだという話だが、実践経験がなければ、最初から違和感のない対応など無理なはずだ。
案の定、イザークが尋ねればロイクールは貴族との面会経験があるという。
けれどロイクールの懸念を聞けばそれももっともだ。
それならば理解してもらえなくても大丈夫だと伝えるしかない。
「確かに、かの大魔術師に来てほしいと頼んでおいて、その弟子のマナーをとやかくは言えませんね。ですが、彼の教育が行き届いていて、問題ないので、言う必要もなかったのではないかと思います。是非当日は緊張せずそのままで。いつも通りに話していただければ結構です。きっと父は、色々聞きたいのだと思うのです。彼の事もあなたの事も、姉や私の事も」
「ご期待に添えるか分かりませんが……」
貴族に合わせた話術など持ち合わせていない。
平民の世間話のような、ミレニアの手紙に書き記しているような、そんなことしか話せない。
まだまだ自分は師匠との経験に頼ってばかりなのだとロイクールは思い知った。
「あなたが来てくださった時点で期待には十分応えてもらっていますから安心してください」
しかし、師匠のいない貴族との面会の場を、イザークが用意してくれるというのなら、いつかは経験しなければならないものであるならば、ここは彼の言葉に甘えた方がいいだろう。
「わかりました。よろしくお願いいたします」
その数日後、今回の長期期間中にロイクールは彼らの父親と面会することが決まった。
有言実行するのはミレニアらしい。
とりあえずロイクールはイザークに色々確認をしながら当日に備えることにしたのだった。




