第二の英雄の家族(1)
文通をしたいというのは本気だったようで、数日後、ミレニアからの手紙が早速ロイクールの元に届いた。
最初の手紙にはミレニアやイザークの家族のことが多く書かれていた。
これはおそらくミレニアの自己紹介のようなものだろう。
ロイクールの素性は何となくイザークから聞いているだろうし、ロイクールは平民の戦争孤児で、かの大魔術師の弟子という肩書を持っていることくらいしか語れることはない。
イザークと関わりを持った時点で身辺調査はされていると考えられるし、相手も自分のことをある程度知った上で交流を持とうと考えたはずだ。
地位は高くなくとも、後ろ暗いことがないのなら問題ない。
それに魔力が多く魔力操作に長けているのだから取り込んでおいた方が良い。
きっとそんな判断に違いない。
けれどロイクールは、その手紙をもらってもどう返事をしていいかわからない。
同じように家族の事を書きたくとも、書けることがないのだ。
なので自分の事は特に書かず、とりあえず言われていた通り、自分が王宮で働いている時に見たイザークの様子を記し、自分は仕事の都合であまり滞在していない事も併記して返すことにした。
そんな内容でも返事が来たことを快く思ってくれたのか、ミレニアは王宮内でどういう生活をしているのか、先日はこんなことがあったと、まるでお茶会での会話を切り取ったような内容を送ってくるようになった。
そしていつも、あなたは自分がこうして過ごしている間に何をしていたのかを教えてほしいと締めくくられている。
だからロイクールは彼女の言葉に甘えて、イザークについて書いても内容が足りない部分は、自分が監査のために出かけた街の様子、そこであった出来事などを少し書き添えるようになった。
そうして何度かのやり取りを経ていくうちに、ロイクールが手紙に休みに寮に戻ることを書くと、その日にわざわざ訪ねて来るようになった。
最初は気を利かせたイザークが、彼女の訪問に合わせて応接室を予約していた。
親しくもない人間と会うのに、個人の部屋というのは気疲れを助長するだろいという、彼の配慮だ。
しかし、頻度が増え、お互いの人となりがわかるようになってきたこともあり、会う場所はイザークの部屋や街中へと変わっていった。
やがて街中へは二人で出かけるようになり、いつしかミレニアとロイクールは互いを意識するようになった。
特にミレニアは、早いタイミングからロイクールに興味を持っていたこともあり、かなり積極的だった。
彼女がロイクールに貢いだり、直接的な言葉を投げかけきたりすることはないが、別れ際に、次に戻った時も必ず連絡してほしい、また会って話をしようと約束させられる。
だから気が付けばロイクールが王宮に戻っている間の、最低一日は、必ずミレニアと会う予定が入るようになっていた。
そんなミレニアに絆される形ではあったが、ロイクールも徐々に彼女に心を寄せるようになる。
しかし二人の身分差は大きい。
ロイクールはそれを理解していることもあり、自分の気持に気付いてもそれをあまり表に出すかとはしなかった。
それに彼女からすればロイクールは弟の恩人であり、平民でありながら、かの大魔術師最後の弟子という興味の対象にすぎない。
今は好意を寄せてくれているが、いつかよい縁談があればそちらにいくだろう。
仮にお互いを思い合うようになったとしても、いずれ彼女とは引き離されることになる。
それに本人同士はともかく、貴族という家がそれを許さないに違いない。
だから彼女のあからさまな好意を嬉しく思いながらも、本気になってはいけないのだと、自分を戒めていた。
そうしているうちに、監査の申請が落ち着いたのか、王宮に長く滞在する時間ができ、長期の休暇の取得が可能になった。
しかし休暇をもらってもする事がない。
もらった事も使った事もないので、与えられても使い方が分からないのだ。
王宮での契約書とインクへの魔法付与の仕事も、イザークが職場復帰してからは安定的に供給されるようになったので、ロイクールがいなくても回っているらしい。
もちろんあって困るものではないので、滞在中に手が空けばその作業を行っている。
ロイクールからすれば魔力をさほど消費するものでもなく、ただ、書類を書く手が疲れるくらいなので、暇つぶしにしか思っていないのだが、周囲はロイクールが作業したことで早く帰れると喜んでくれる。
本当はこれも仕事をしていると言うことになってしまうのだが、ロイクールはしばらく休みをそうして使っていた。
そんなある日、ロイクールの元にミレニアが訪ねてきた。
イザークは仕事で、ミレニアとも約束があった訳ではない。
そのため突然部屋に訪ねてきたミレニアにロイクールは驚かされた。
けれどとりあえず立ち話と言うわけにはいかない。
ロイクールは応接室の空きを確認し使用許可を取ると彼女をそちらに案内した。
「イザークから聞いたわ。ロイクール、あなた長期休暇が取れるのに、休みを取得したことにして働いているって。それは良いことではないわ」
ロイクールは現在、そこそこの立場にいる。
部下を持っているわけではないが、ロイクールが休まなければ休みにくいと感じる魔術師は少なからずいるはずだ。
だから休む時は休むべきだとミレニアは言った。
「わかっていますが、あまりにもやることがなくて……」
ロイクールが苦笑いを浮かべてそう言うと、ミレニアは小首を傾げた。
そして矢継ぎ早に質問する。
「本当にやることがないの?」
「はい」
「遊びに行きたいとか、買い物に行きたいとかは?」
「特にありません。日用品は仕事から戻る時に買って帰ってきてしまいますし……」
「じゃあ、行きたい場所とか……」
「実は国内ならほとんどの場所に行った事があると思います。特に国境付近は……。それに今の仕事も監査で遠出するので、移動時間はほとんど自由ですし、そこでしたいことは大抵できてしまいます」
ここまで答えるとミレニアは彼が本当に休みの使い道に困っていると納得したらしく、ようやく用件を切り出した。
「そう……。じゃあ、うちに来てくれないかしら?」
「ミレニア様のお宅にですか?」
「ええ。前にもお父様が直接あなたにお礼を言いたいと伝えたでしょう?それがまだだわ」
確かにミレニアが最初にお菓子を持って訪ねてきた際、そのような手紙を預かった。
そしてロイクールはその手紙に返事をしていない。
予定を立てようにも、こちらの予定がほとんど空いていなかったからだ。
確かに長期の休みを取得できる今なら、お伺いを立てて、相手に合わせて、その候補日に休みを取得することができるだろう。
だが休みにすべきこととしてすっかり失念していたのも事実で、ロイクールは少し気まずそうに言った。
「そうでしたね……」
けれどミレニアはそれを気にする様子もなく続ける。
「だから、私の休みに合わせて、あなたも休んでちょうだい。それでお父様に面会してもらいたいの」
「わかりました。ミレニア様のお休みが分かりましたら、それに合わせるようにいたします」
こちらから連絡をしなかったため業を煮やしたらしい。
そこにロイクールの休みの知らせが入ったのだろう。
これを逃したら面会の時間がいつ取れるのか分からない。
この話を聞いた彼らはそう考えたに違いない。
だからこうして逃がさぬよう、手紙ではなく、ミレニアが直接約束を取り付けに来たのだろう。
こうしてロイクールはミレニアに押し切られる形で彼女の休日、家へと半ば強制的に連れていかれることが決まった。
「急な仕事が入ったら仕方がないけれど、そうしてもらえると助かるわ」
ミレニアは約束を取り付けると、最後にそう言って、満足して帰っていった。
見送った方が良いだろうかとロイクールが立ち上がると、付き添いの女性がそれを止めたため、ロイクールは応接室の中から送り出す形になった。
前と同じように、ミレニアに一方的に言いたいことを告げられて去られたロイクールは、その時と同じように応接室を片付けると自分は部屋に戻った。
そしてとりあえずイザークにも話を通しておこうと、夕食の時間、食堂で彼を捕まえようと待ち構えることにしたのだった。




